リオ五輪閉会式での演出 / 音楽監督業
──ここからは「百鬼夜行」以降の椎名さんの活動について駆け足で聞いていきます。そこでここしばらくの椎名さんの主な楽曲提供やプロデュースをまとめてみたんですが、椎名さん、引っ切り無しに働いていますねえ。
近年の主な楽曲提供やプロデュース
- 2015年2月
- SMAPのシングル「華麗なる逆襲 / ユーモアしちゃうよ」収録曲「華麗なる逆襲」。
- 2015年11月
- 柴咲コウのシングル「野性の同盟」の表題曲(テレビドラマ「科捜研の女 シーズン15」主題歌)。
- 2016年2月
- 林原めぐみのシングル「薄ら氷心中」収録曲「薄ら氷心中」(テレビアニメ「昭和元禄落語心中」主題歌)「我れは梔子」。
- 2016年3月
- かんぽ生命のテレビCMソング「人生は夢だらけ」。
- 2016年3月
- 資生堂「マシェリ」テレビCMソング「MA CHÉRIE」。
- 2016年8月
- リオデジャネイロオリンピック閉会式「フラッグハンドオーバーセレモニー」の演出 / 音楽監督を務める。
- 2016年9月
- リオデジャネイロパラリンピック閉会式「フラッグハンドオーバーセレモニー」の演出 / 音楽監督を務める。
- 2017年2月
- 林原めぐみのシングル「今際の死神」収録曲「今際の死神」(テレビアニメ「昭和元禄落語心中 -助六再び篇-」主題歌)「命の息吹き」。
- 2017年2月
- テレビドラマ「カルテット」で松たか子、満島ひかり、高橋一生、松田龍平によるドラマ限定ユニットDoughnuts Holeが歌う主題歌「おとなの掟」。
──特に2016年は作家業が精力的で、あとはなんと言ってもリオオリンピック / パラリンピックのFHO(閉会式のフラッグハンドオーバーセレモニー)ですね。これはどういった経緯でオファーが?
2015年の末にFHOのクリエイティブスーパーバイザーである佐々木宏さんから「手伝って」というお話があって。正直、私には五輪の開会式や閉会式を楽しみに待ったという体験がロンドン五輪(2012年)までなかったし、文化的な側面があること自体、あまり認識していなかった。ただ児玉監督がロサンゼルスオリンピック(1984年)のセレモニーに衝撃を受けてこの仕事を志し、いつかは演出に携わりたいとテレビで話しているのをずっと前に視聴していたので、まずは彼を推薦しました。私も佐々木さんの相談相手みたいな立場で参加することになって、ならばMIKIKOさんとか真鍋大度さんをお呼びしたいと頼んでから年を越した覚えがあります。
──じゃあ最初はキャスティングから入ったんだ?
そうですね。むしろ音楽監督としての仕事は16年の初夏ぐらいまで何もできていなかったんです。5、6月ぐらいまで、ずっとIOC(国際オリンピック委員会)と「これやっていいですか?」みたいなプロットの擦り合わせが続きました。「言わなきゃいいよ、当日やっちゃえば」みたいなノリが通用するお相手じゃないのです(笑)。だから音楽監督業なんて最後の最後にうわーって指示しただけ。ほとんど制作助手が動いてくれたんです。
──セレモニーでは椎名さんの楽曲も使用されていましたね。
オリンピックのほうは、私が希望したほかの作家の曲を、残念ながら土壇場で却下されたりして。時間も迫る中、自社著作ならば許可申請が短時間で済むという理由と、児玉監督の映像へのシンク度合いなどから、初めて「ちちんぷいぷい」がエントリーしてきました。そんなわけで、あんまり積極的な理由では用いていません。まあそのぶんパラリンピックのほうはある程度好きにやらせていただきましたが。
──オリンピック / パラリンピック共に閉会式で使用された「望遠鏡の外の景色」は野田秀樹さんが主宰するNODA・MAPの舞台「エッグ」への提供曲で。「エッグ」は東京オリンピックに戦争が絡んでくるという野田さんの批評軸が作用した舞台でした。そのためか、あの曲には椎名さんからのなんらかのメッセージが込められているのでは?という記事もネット上で見ました。
それはまったくなかったですね。野田さんが「エッグ」の脚本を書かれた意図はさておき、あの曲自体、そもそも野田さんからリクエストされた曲ではなかったですし。望遠鏡を用いるほど離れた視点から自国を描いたもので、「エッグ」においても、あの曲だけは物語の時間からはみ出している前提の情景描写なのです。芝居の大詰め、野田さんが現代の実在の、脚本 / 演出家・野田秀樹ご本人として舞台へ出て来られ、種明かしをされる特別な場面に、私はどうしても音楽が欲しかった。ヒロイン・深津絵里さんの最後のセリフに旋律を書いてさらにエンディングを作って「ぜひ使っていただきたい」とプレゼンしたものでした。戦中も今も通底しているこの国のムードとしてあれを作り、今回もただそれだけの用途で持って来たつもりです。MIKIKO先生から「『神様、仏様』のエンディングみたいなビートを」というリクエストがあったのに対し、それならと「望遠鏡の外の景色」を聴いていただいたら、即決という感じでした。
私たちはむしろケンカを売る役だった
──パラリンピック閉会式に使用されていたピチカート・ファイヴ「東京は夜の七時」については?
三角みづ紀さんという詩人の方が、全盲の檜山晃さんという方と詩の表現活動をされているのを知って、そのお二方の力を借りて歌を作るのはどうかというアイデアが出ました。檜山さんはお話がすごく面白くて、特に全盲のお友達同士のお待ち合わせのお話を伺ったとき、「枕草子」と「東京は夜の七時」が頭に浮かんだんです。それで檜山さんがタイムスリップできるという設定にした。デロリアンがなくても目が見えなくても、あらゆる感覚を駆使した檜山さんは時空をワープできて、ずっと待ちぼうけだった女の子を迎えに行けるというプロットにしたかったんです。オリンピックのほうでも渋谷の交差点の映像を用いましたし、パラリンピックでも東京の映像を使って、三角さんが書かれた詩の言葉を冒頭いくつかピックアップしながら、現代のリオの夜から23年前の東京の朝へ迎えに行くというストーリーを、原曲に対する23年越しの返詞として当てはめていきました。5分きっかりのフル尺も存在します。ぜひ聴いていただきたいです。
──なるほど。あの2つのセレモニーは、椎名さんや事変のファンはことさらに胸踊るものだったと思います。AyaBambiは「林檎博」にも出演していたし、児玉監督の映像や「東京は夜の七時」でボーカルをとった浮雲さん、楽曲を使用したH ZETT Mは言わずもがな。手旗の演出も事変ファンにはおなじみだったし、MIKIKOさんは「百鬼夜行」にも参加していた。あと、オリンピック閉会式のセレモニー冒頭で「君が代」が流れる中、日の丸の中心に集まってくるキャストたちのあの衣装って、椎名さんが「百鬼夜行」の1曲目「凡才肌」でかぶっていたヘッドアクセサリーと同じ折り紙の手法で作られていましたよね?
そうそう。「百鬼夜行」のときもオリンピックのときも中学の美術の授業を思い出しながらサンプルを折って。本番で使用されたものは衣裳チームがみんなでがんばって折りました。遠征による衣裳管理の難しさから発想した折り紙です。そういう細かい考察や作業もあれこれありましたが、オリンピックでもパラリンピックでも、私とMIKIKO先生は基本的なプロットの段階で一番闘ったと思います。「特にステージについては、日本人として今やれることをMIKIKO先生に全部やってほしい」と。私はともかく「ダサい要素が入らないように食い止めなきゃ! 先生のクリエーションを守らなきゃ!」というお母さんでした。リオのあと、一部で「椎名林檎が自民党にすり寄っている」とか「国家仕事して権力を欲している」などと言われていたそうですが、私たちはむしろケンカを売る役だった(笑)。私が欠席したリオ後の組織委員会の会合では「MIKIKO先生と椎名さんがすごく怖かった」とオンマイクで言われていたそうですから(笑)。
──でもたぶんお二人はいたって普段通りに、真剣に取り組んでいただけなんでしょ?
そうですよ。決して馴れ合いの仲良しチームではないし、かと言って誰かがヒステリーを起こしていたわけでもないし(笑)。仕事ですもの。
──それを聞くと、ああいった大舞台における女性の活躍はまだこれからなのでしょうか?
その話ね。周りが「女だてらにどうのこうの」「美人過ぎるどうのこうの」などと言えないほど確かな仕事をすれば、その時点で男女の別は超えますよね。MIKIKO先生も私も怖がられたのは女だからでしょうけれど、まあネタにして笑われるほどですから。絶望はしていません。
──あの見事な演出に、2020年の東京オリンピック・パラリンピックでも椎名さんたちの続投を期待する声が上がっていますが。
うーん……僭越ながら、リオより無粋なものは、もうできませんよね? その点だけ踏まえていただけたら、あとはどなたがなさっても、という感じかな。あれよりスベることが許されないぶん、そんなに心配していないというか「信じていますからね」という気持ちでしょうか。佐々木さんや児玉監督、MIKIKO先生や真鍋さんのような方々がいれば大丈夫なんじゃないでしょうか。
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帰ってきた宇多田ヒカル、かわいい!
- 椎名林檎
「椎名林檎と彼奴等がゆく 百鬼夜行2015」 - 2017年5月31日発売 / EMI RECORDS
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[Blu-ray2枚組]
7020円 / UPXH-20053~4 -
[DVD2枚組]
5940円 / UPBH-20186~7
- DISC 1 収録内容
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椎名林檎と彼奴等がゆく 百鬼夜行2015
- 凡才肌
- やさしい哲学
- いろはにほへと
- 尖った手□
- 労働者
- 走れゎナンバー
- 神様、仏様
- 現実に於て
- 現実を嗤う
- SG ~Superficial Gossip~
- 熱愛発覚中
- とりこし苦労
- 至上の人生
- ブラックアウト
- 迷彩
- 罪と罰
- 夢の途中
- Σ
- 警告
- マヤカシ優男
- 名うての泥棒猫
- 真夜中は純潔
- きらきら武士
- 御祭騒ぎ
- 長く短い祭
- 群青日和
- NIPPON
- 逆さに数えて
- 虚言症
- DISC 2 収録内容
-
椎名林檎と彼奴等による 陰翳礼讃2016
- 青春の瞬き
- 歌舞伎町の女王
- ちちんぷいぷい
- 密偵物語
- 殺し屋危機一髪
- カリソメ乙女
- 旬
- おいしい季節
- 女の子は誰でも
- ありあまる富
- 椎名林檎(シイナリンゴ)
- 1978年生まれ、福岡県出身。1998年5月にシングル「幸福論」でメジャーデビュー。1999年に発表した1stアルバム「無罪モラトリアム」が170万枚、2000年リリースの2ndアルバム「勝訴ストリップ」が250万枚を超えるセールスを記録し、トップアーティストとしての地位を確立する。2004~2012年に東京事変のメンバーとしても活躍したほか、2007年公開の映画「さくらん」では音楽監督を務めるなど多角的に活躍。2013年11月にデビュー15周年を記念してコラボレーションベストアルバム「浮き名」とライブベストアルバム「蜜月抄」を、2014年5月にはセルフカバーアルバム「逆輸入 ~港湾局~」を発表する。11月には椎名林檎名義では約5年半ぶりのオリジナルアルバム「日出処」を、2015年8月には15枚目のシングル「長く短い祭 / 神様、仏様」をリリース。10月からはソロ名義としては12年ぶりの全国ホールツアー「椎名林檎と彼奴等がゆく 百鬼夜行2015」を開催した。2016年8月にはリオデジャネイロオリンピック・パラリンピック閉会式のフラッグハンドオーバーセレモニーにて演出 / 音楽監督を担当。2017年1月からスタートしたTBS系ドラマ「カルテット」では、キャストの松たか子、満島ひかり、高橋一生、松田龍平が歌う主題歌「おとなの掟」を制作し大きな話題を集める。4月には椎名林檎とトータス松本名義の楽曲「目抜き通り」を発表。5月には全国ホールツアー「椎名林檎と彼奴等がゆく 百鬼夜行2015」の映像がBlu-rayおよびDVD化された。