オザケンはなんでも聞いてくれるいいお兄さん
──事変の楽曲や提供曲からは近年のキャリアを一望できますが、前回のソロツアーとの違いの1つに、アシッドジャズ、ラテン、ファンクといったブラックミュージックの色合いを前面に押し出したパートが加わっていますね。
なるほど。「唄ひ手冥利~其ノ壱~」(2002年リリースのカバーアルバム)を出したあとから、もっと自分のいろいろなルーツを隠さずにいきたいなと思って、少しずつ出してはきたつもりだったんですけどね。ただリリース当時はそういったものへのお客さんからの反発とどう向き合っていけばいいのかがわからなかったので。
──と言うと?
「シャンソンとかカンツォーネみたいな曲はイヤだ」とおっしゃるようなお客さんがいっぱいいらしたんですよ。当時のお客さんはアングロサクソンの音楽の影響下にある曲調をお求めだったんでしょうね。
──ああ、いわゆるオルタナティブロックであり……。
The Beatlesやデヴィッド・ボウイをはじめとするような。私、本来音楽的にはラテン人間でしょう? 困ってしまって。「三文ゴシップ」でようやくあらゆる素材を自然と包み隠さず形にできて抜け出せた気がしました。あのアルバムに入っている「色恋沙汰」も、そういえば銀座タッチというか資生堂タッチでしたね。だから30歳ぐらいまではずっと、最近の仕事につながるプレゼンなりリハーサルを繰り返していたような感じでした。
──そう思うとやはり「百鬼夜行」より以前に行われたアリーナツアー「林檎博'14 -年女の逆襲-」は、そうした積み重ねてきたリハーサルの集大成的なライブだったと思います(参照:椎名林檎たまアリで「逆襲」スタート、MCなしで27曲)。ラテンパートも、あのライブから具体化したものだったし。
そっか。そうですね。そう言えばアングロサクソンと有色人種のビートの考え方の違いみたいな話を、たまたま一昨日もオザケン(小沢健二)と夜中にして。
──小沢さんとはよく連絡を?
今の私にとって数少ないはけ口というか(笑)、なんでも聞いてくださる、いいお兄さんです。
──小沢さんとの親交って昔からありましたっけ?
いえ、2012年だったかな、オザケンのライブのチケットをいただいてその会場で初めてお会いしてから。作品ができたら交換したり、そこからだいたい教育と文化について語らいますよ。音楽がどう発展してきたか、とか。で、時折「叔父があのマーラーを振ってから」というお言葉に「あ、小澤征爾さんのことか」と気付かされてドキドキしたり。
プロの仕事として制作しているという事実
──なるほど。では話を戻しましょう。
例えば日本人の奥底にはお祭りビートがあるじゃないですか。結局、どんな音楽の影響があろうが、その人の生まれ育ってきた中で身に付いた訛りみたいなものを生かそうとする考え方は、自分の中では10代の頃から変わっていないと思います。あくまで演奏家や職人の人生ありきで作るのが、たぶんうちのプログラムのもっとも大きな特徴だと思うんです。
──確かに。椎名さんは「作る人の資質であり人生が大事。生きてきた資質でポップスを書きたい。プレイヤーにもそうあってほしい」ということを、これまでも取材で話していますよね。
はい。だからと言って、プレイヤーに対して、言葉で「見せて! あなたの人生を」とか言ったことなんて一度もないし。
──それ、実際に言ってたらスタジオすっごく緊迫しますね。
(笑)。あくまでもこちらは、それをどう出してもらえるかを考えて、準備を進めるだけですからね。曲を書くときに(ペンを持った手を高く掲げて震えながら)「よし! 宿れマグマ!!」とかやってるわけじゃないし。
──(笑)。
ただ単に下ごしらえが必要なんです。プレイヤーがどこまで自分の人生を解放してくれるか。その環境作りを行っているだけです。デモを作る段階からあらかじめ演奏家や歌手の癖を研究してモノマネしてみますし。1人で何人分も録音するから、いつもまあ手間はかかります。そんなプログラムがJ-POPの中に少しぐらいあってもいいんじゃないかな、と。
──だから「見せて!」とか「マグマ!」とか言わなくても、そのデモを聴けばすべて汲んでくれる相手とご一緒することが理想的なわけですね。
ええ、ですから少なくともデモを聴いていただいたときに関係者に「愛されている」とは感じていただけているんじゃないかと思いますよ。そこは多少自信もあります。演奏家や歌手や職人方の人生のリアルなり、時代のリアルなり、そうした、今、旬なものだけをどのぐらい新鮮なままパッケージできるかに賭けていますから。例えば向井(秀徳)くんのやり口にはそういう気概をビリビリ感じいまだに刺激され続けていますよ。ああ、そうそう! 話は変わるんですけど、「目抜き通り」(参照:椎名林檎とトータス松本のデュエット曲が完成、CM&Mステでの共演も決定)について、「林檎による林檎のための表現が聴きたいのに、こういう雇われ仕事をしないでほしい」みたいなご意見を林檎班(公式ファンクラブ)へいただいてね。
──ほう。
「あれ? 私自身の表現なんてかつて1曲も書いていないぞ」「お客さんそれぞれの人生のサントラであり、クライアントからのリクエストへの返答であり、私はただ必死に答えを探って粛々と書いてきたつもりだが」と。
──ああ、なるほど。
10代の頃だって、ある種の世紀末的ムードの中、よくあるキャラクターを描かなきゃいけないと思っていましたし。曲ごとに別な人間の別な場面を描いているつもりだったと思います。どの曲も、「どなたかの人生の主題歌になってくれれば」と。同時に、実在する自分としては作家として食べていきたいから、関係者各位へ“音楽的引き出し”を順々にプレゼンしている感覚は、もちろん多少あったでしょうね。だけど、若かったからどこまでお客さんとプロレスしていいのか、どこまでフェイクを貫くべきかわかんなくなっちゃってパンクしたわけで(笑)。とは言え、一度辞めようと引っ込んでからもうずいぶん経って、たくさん働いてきましたからね。プロの仕事として制作しているという事実が、そろそろ浸透してくれているものと勘違いしていたのです。
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皆さんの人生を入れたんだよ! 私のじゃないからね!
- 椎名林檎
「椎名林檎と彼奴等がゆく 百鬼夜行2015」 - 2017年5月31日発売 / EMI RECORDS
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[Blu-ray2枚組]
7020円 / UPXH-20053~4 -
[DVD2枚組]
5940円 / UPBH-20186~7
- DISC 1 収録内容
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椎名林檎と彼奴等がゆく 百鬼夜行2015
- 凡才肌
- やさしい哲学
- いろはにほへと
- 尖った手□
- 労働者
- 走れゎナンバー
- 神様、仏様
- 現実に於て
- 現実を嗤う
- SG ~Superficial Gossip~
- 熱愛発覚中
- とりこし苦労
- 至上の人生
- ブラックアウト
- 迷彩
- 罪と罰
- 夢の途中
- Σ
- 警告
- マヤカシ優男
- 名うての泥棒猫
- 真夜中は純潔
- きらきら武士
- 御祭騒ぎ
- 長く短い祭
- 群青日和
- NIPPON
- 逆さに数えて
- 虚言症
- DISC 2 収録内容
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椎名林檎と彼奴等による 陰翳礼讃2016
- 青春の瞬き
- 歌舞伎町の女王
- ちちんぷいぷい
- 密偵物語
- 殺し屋危機一髪
- カリソメ乙女
- 旬
- おいしい季節
- 女の子は誰でも
- ありあまる富
- 椎名林檎(シイナリンゴ)
- 1978年生まれ、福岡県出身。1998年5月にシングル「幸福論」でメジャーデビュー。1999年に発表した1stアルバム「無罪モラトリアム」が170万枚、2000年リリースの2ndアルバム「勝訴ストリップ」が250万枚を超えるセールスを記録し、トップアーティストとしての地位を確立する。2004~2012年に東京事変のメンバーとしても活躍したほか、2007年公開の映画「さくらん」では音楽監督を務めるなど多角的に活躍。2013年11月にデビュー15周年を記念してコラボレーションベストアルバム「浮き名」とライブベストアルバム「蜜月抄」を、2014年5月にはセルフカバーアルバム「逆輸入 ~港湾局~」を発表する。11月には椎名林檎名義では約5年半ぶりのオリジナルアルバム「日出処」を、2015年8月には15枚目のシングル「長く短い祭 / 神様、仏様」をリリース。10月からはソロ名義としては12年ぶりの全国ホールツアー「椎名林檎と彼奴等がゆく 百鬼夜行2015」を開催した。2016年8月にはリオデジャネイロオリンピック・パラリンピック閉会式のフラッグハンドオーバーセレモニーにて演出 / 音楽監督を担当。2017年1月からスタートしたTBS系ドラマ「カルテット」では、キャストの松たか子、満島ひかり、高橋一生、松田龍平が歌う主題歌「おとなの掟」を制作し大きな話題を集める。4月には椎名林檎とトータス松本名義の楽曲「目抜き通り」を発表。5月には全国ホールツアー「椎名林檎と彼奴等がゆく 百鬼夜行2015」の映像がBlu-rayおよびDVD化された。