椎名林檎が5月31日に2枚組Blu-ray / DVD「椎名林檎と彼奴等がゆく 百鬼夜行2015」をリリースする。DISC 1には、一昨年、ソロ名義としては12年ぶりに開催された本作と同名の全国ホールツアーから、2015年12月9日の神奈川・神奈川県民ホール公演の模様が収録されている。そして「椎名林檎と彼奴等による 陰翳礼讃2016」と銘打たれたDISC 2には、ツアー終了後の翌2016年2月23日、DISC 1収録の公演と同じバンドメンバーが再び神奈川県民ホールに集結して繰り広げたライブセッションが収められている。
このリリースに伴い、音楽ナタリーでは椎名林檎にインタビューを実施。本作の話題はもちろんのこと、同ツアー以降に椎名が手がけたテレビドラマやテレビアニメの主題歌、CM音楽、自身名義のシングル、そして昨年夏にクリエイティブスーパーバイザーおよび音楽監督として関わった、リオデジャネイロオリンピック・パラリンピック閉会式のフラッグハンドオーバーセレモニーについても大いに語ってもらった。
リオ以降、同式典の内容や直近の作品について椎名が初めて語った貴重なロングインタビューである。音楽家として未踏のキャリアを更新し続けるその心中を1万字超えの長尺テキストでお届けする。
取材・文 / 内田正樹
なんでもない日は元気 なんだよ いいけど
──椎名さんが映像作品のリリースインタビューに稼働されるというのは、実は非常に珍しいんですよね。
そうですね。大抵はアルバムができあがる寸前かできたばかりの「もう死にそう」というときにしかお会いしませんからね(笑)。「こういう機会に実現したらいいなあ」ともなんとなく思っていました。
──せっかくの機会なので今日はいろいろとお聞きします。まず「百鬼夜行」のBlu-ray / DVDですが、これ、改めて観直してもやはり素晴らしいツアーでしたね。
ありがとうございます。ただ収録が入っているときに限ってだめで。本番に弱くて。「都合のいい身体」(2009年発売の4thアルバム「三文ゴシップ」収録曲)の歌詞が愉快に迫ってきます。
──「レンジでチンして 都合のいい身体を」ですか? そんなことはないでしょう?
「なんでもない日は元気 なんだよ いいけど」です。古参のお客さんにはバレていました。「せっかく収録が入ってるのにこれは品質的にありえない」(パソコンのキーボードを指でカチカチと打つジェスチャーをしながら)とか。
──まあ椎名さんから「今日は100点だった!」なんて発言もあまり聞いた覚えがないけど。いつも自己採点が厳しめですからね。
でも関東圏以外でなら「100点かな?」と思えるときもたまにはあるんですよ。お客さんお1人お1人のことを考えながらできたと思えたときとか。そういうときは、サウンドチェックの段階からいいライブになりそうな予感がします。あとはごちそうをいただいたときとか(笑)。本当は気持ちさえしっかり落ち着けて、芸のほうは慣性の法則に任せてやれるのがもっとも理想的なんですけど、そのための訓練を日頃からしてないので。友達と遊んでいるときとか、急に思い出して悔しくなっちゃって、テーブルでこんなことしてみたり……(着席の姿勢から両足を宙に浮かせて腹筋を鍛えながら)。
──突然の筋トレ!(笑)
「え? どしたの?」「あ、ごめんごめん、ちょっと嫌なこと思い出しちゃって」「もしや今、腹筋効かせてた!?」「……カンパーイ!」みたいなことがよくあります。ついこの間もみんなで旅をしてる車中であったな。情けない(笑)。
望んだからこその人選
──それにしても気付けばソロ名義の全国ツアーは2003年の「雙六エクスタシー」以来、およそ12年ぶりだったんですね。
ねえ。でも間に事変のツアーや2度の「林檎博」や台湾公演を挟んでいたし、私もお客さんもあまりそんなにご無沙汰した感じはしていません(参照:椎名林檎、台湾で1万人熱狂させた“長く短い祭”)。
──確かにそうですね。これまでのインタビューでは「ツアータイトルは思い付きが多い」と語られていましたが、今回の「百鬼夜行」は?
児玉裕一監督(映像作家で椎名の夫)が、「神様、仏様」(参照:椎名林檎新曲はコカコーラCMソング、秋のホールツアー開催も決定)のミュージックビデオの絵コンテに「百鬼夜行」みたいなことを書いていたんです。で、「これやな」と。こういうことは思い付きのほかにも、児玉監督とかきいやん(木村豊。椎名作品を多数手がけるデザイナー)のコピーから「いただき」ということも多いです。タイトルが決まったあとも、ありがたいことにそれを形作っていくための閃きやとんちを惜しまないという職人たちが控えているので、話が早いです。
──すると例えば、本編中「尖った手□」の終盤で映像出演のMummy-D(RHYMESTER)さんの呼び込みから「労働者」へつながるシーンに登場する“娑婆”と書かれたネオン管なんかも、タイトルから芋づる式に発想されていくんですか?
そうですね。児玉監督とは常日頃から「こういうことを表現したい」みたいなことをよく話すんですけど、ときには「あそこが手薄だったね」といった反省点も挙がって。例えば「神様、仏様」のMVで、なぜ私が東京タワーの上から落ちていくのかと言うと、「結局何が一番怖いって、この娑婆世界の人間様よ」というメッセージです。リリース当時はそこをあまり伝えきれなかったような気がしたので、ツアーではもっと強調して、辛辣に、よりアイロニカルに伝えたいと思いました。セットリストについてもそうですね。
──今回のセットリストは多くのファンから“神セトリ”の呼び声も高かったようですけど、これはスムーズに決まりましたか?
だったんじゃないかな。このツアーの前にほぼ同じチームでフェスとか台湾公演も実施していましたし。あとはツアーの途中、お客さんのご反応により少々作り変えたり。
──このセットリストはもちろん椎名ナンバーを中心に、東京事変ナンバーやほかのアーティストへの提供曲が混在しています。今さらですけど、ご自身の中において椎名ナンバーと事変ナンバーの間に、壁のようなものは存在していないということですよね。
一切ないですね。どちらも同じ作家のですし。ただこのバンドメンバーでやる以上は、例えば「リフはこう始まってこういうビートでいこう」とか、そういうのはある。1人でも入れ替われば演奏家と表現内容がなじむように変えていきますし、毎度新しくなります。銘々のよさが引き立つ、見せ場続きのプログラムをご用意したいと考えています。
──そのツアーバンドのMANGARAMA(玉田豊夢[Dr]、鳥越啓介[B]、ヒイズミマサユ機[Key]、浮雲[G, Vo]、名越由貴夫[G]、村田陽一[Trombone]、西村浩二[Trumpet]、山本拓夫[Sax, Flute])についての感想は?
目指す地点に最短の時間でたどり着ける、話が早い人しかいないバンドでしたね。もちろんはなからこちらが望んだからこその人選なので当たり前ですが。
──たしかに盤石の布陣でした。
そういえばヒイちゃん(ヒイズミマサユ機)がリハに来られなくて、私がピアノを弾きながらヘッドアレンジをする日もありました。それでもとりあえずは成立するぐらい、セッションのチームとして優秀に機能してくださる皆さんでした。
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オザケンはなんでも聞いてくれるいいお兄さん
- 椎名林檎
「椎名林檎と彼奴等がゆく 百鬼夜行2015」 - 2017年5月31日発売 / EMI RECORDS
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[Blu-ray2枚組]
7020円 / UPXH-20053~4 -
[DVD2枚組]
5940円 / UPBH-20186~7
- DISC 1 収録内容
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椎名林檎と彼奴等がゆく 百鬼夜行2015
- 凡才肌
- やさしい哲学
- いろはにほへと
- 尖った手□
- 労働者
- 走れゎナンバー
- 神様、仏様
- 現実に於て
- 現実を嗤う
- SG ~Superficial Gossip~
- 熱愛発覚中
- とりこし苦労
- 至上の人生
- ブラックアウト
- 迷彩
- 罪と罰
- 夢の途中
- Σ
- 警告
- マヤカシ優男
- 名うての泥棒猫
- 真夜中は純潔
- きらきら武士
- 御祭騒ぎ
- 長く短い祭
- 群青日和
- NIPPON
- 逆さに数えて
- 虚言症
- DISC 2 収録内容
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椎名林檎と彼奴等による 陰翳礼讃2016
- 青春の瞬き
- 歌舞伎町の女王
- ちちんぷいぷい
- 密偵物語
- 殺し屋危機一髪
- カリソメ乙女
- 旬
- おいしい季節
- 女の子は誰でも
- ありあまる富
- 椎名林檎(シイナリンゴ)
- 1978年生まれ、福岡県出身。1998年5月にシングル「幸福論」でメジャーデビュー。1999年に発表した1stアルバム「無罪モラトリアム」が170万枚、2000年リリースの2ndアルバム「勝訴ストリップ」が250万枚を超えるセールスを記録し、トップアーティストとしての地位を確立する。2004~2012年に東京事変のメンバーとしても活躍したほか、2007年公開の映画「さくらん」では音楽監督を務めるなど多角的に活躍。2013年11月にデビュー15周年を記念してコラボレーションベストアルバム「浮き名」とライブベストアルバム「蜜月抄」を、2014年5月にはセルフカバーアルバム「逆輸入 ~港湾局~」を発表する。11月には椎名林檎名義では約5年半ぶりのオリジナルアルバム「日出処」を、2015年8月には15枚目のシングル「長く短い祭 / 神様、仏様」をリリース。10月からはソロ名義としては12年ぶりの全国ホールツアー「椎名林檎と彼奴等がゆく 百鬼夜行2015」を開催した。2016年8月にはリオデジャネイロオリンピック・パラリンピック閉会式のフラッグハンドオーバーセレモニーにて演出 / 音楽監督を担当。2017年1月からスタートしたTBS系ドラマ「カルテット」では、キャストの松たか子、満島ひかり、高橋一生、松田龍平が歌う主題歌「おとなの掟」を制作し大きな話題を集める。4月には椎名林檎とトータス松本名義の楽曲「目抜き通り」を発表。5月には全国ホールツアー「椎名林檎と彼奴等がゆく 百鬼夜行2015」の映像がBlu-rayおよびDVD化された。