MCバトル定着後の課題
──「戦極」はO-EASTのような大型大会に加えて、地方大会や、渋谷のclub bar FAMILYのような小箱のクラブで「戦極スパーリング」を開いたり、女性限定のMCバトル「Cinderella MC BATTLE」の制作に関わったりされていました。「大きな大会だけ開く」「戦極だけ開く」というシステムではなく、そのようにさまざまなイベントを開いた理由は?
「高ラ」と「ダンジョン」の波が来ていたから、この状況を生かさないのは損だと無意識に思ってたんでしょうね。損というかやれば「何かが起こるだろうな」って。それに「スパーリング」をやってたときは、全然下の大会が育ってないときだったんですよね。例に出せば「凱旋MC Battle」や「MRJ」のような、10代が中心になってレギュラーで開かれるイベントは当時まだなかったし、ほかの大会も始まっては終わるの繰り返しだったんです。だから自分たちでやるしかないって感じでしたね。そこにバトルMCとして出場していた怨念JAPが「戦極」のスタッフに加わりたいって言ってきたんで「お前は見た目もいいしタッパもあるから司会しろ」って司会させてたら、今は「凱旋」を主催してぴあアリーナ MM大会も打てるぐらいになって(参照:「凱旋MC Battle」怨念JAPインタビュー)。それぐらいバトルというものが定着したのが今だと思いますね。
──一方、定着したことによって、バトルのスポーツ化や、バトル自体が専門分野化したという声もあります。
スポーツ化というのがよくわからないんですよね。もう2010年にはMCバトルが強い人が勝つ時代になっていたと思います。それより2021年現在では問題になっていることが多々あると思いますね。1つは絶対にコロナが悪いんですけど、大会に出れる人と出れない人の差が広がりすぎちゃったんですよ。16人の大会が増えて、少数精鋭の選抜大会になって。コロナのせいで細かい大会が開きにくいし、そこから注目の新人も出てきにくい。そうすると仕方がないことなんだけど、必然的に大型のバトルに登場する人気MCが決まってしまって、流動化しないんですよね。で、思い切って新人を入れてもお客さんがそこに興味を持たない。それはコロナ禍以降に感じることですね。
──「戦極」ではテレビ朝日系「フリースタイルティーチャー」で話題になったlyrical schoolのrisanoを登場させるなど、そこに試行錯誤をしていますね。
risanoちゃんはもっと人気になっていいと思うんです。僕がオファーしたのも、単純に「こんなにうまい子いるんだ!」って思ったからですよ。「この子めっちゃうまいから出てほしい」って気持ちだったし、決してアイドルを出すっていう話題作りではなかった。でも、それもコロナが悪いんですけど、お客さんも声を出せないから、声援も送れないし、判定も客の歓声判定じゃなくて審査員制にせざるを得ない。そうすると、MCバトルの持ってる本来の熱気とか、歓声で盛り上がる部分が削がれちゃうから、どうしてもバトラーはやりづらいと思うんですよね。新人には圧倒的に不利ですよね。それから「高ラ」と「ダンジョン」がなくなったのも大きい。T-Pablowを例に出せば、「高ラ」でゼロからの新人として登場して、「ダンジョン」でさらに人気者になるっていう動線があったじゃないですか。それがなくなってしまったのは影響として大きいし、特に今は新人には大変な時期になってるのかなって。
「戦極」の集大成となる武道館大会
──そして「戦極MCBATTLE 第24章」について話を伺いますが、日本武道館でのイベントを決定したきっかけは?
2017年の「戦極15章」が終わったぐらいのときに、「戦極」のイベントのもう1人の主催に「武道館でやろう」って言われて……。そのときからぼんやり考えていたんですけど、「武道館はやってみたいけど……なんかぶち上げるのも恥ずかしいな」って、そこまで前のめりには考えてなかったんですよね。でも、そのあとに品川庄司の品川(祐)さんと飲んだことがあって、「武道館の話が出てるんだけど、『やりたいです!』って言うのが恥ずかしいんですよね」と話したら、「絶対に言わなきゃダメだよ! 言ったことが現実になるんだから!」って発破をかけられて。それもそうだよなと思って、そのあとから「武道館でやります」って話をいろんな場所でするようになったんです。そんなふうに武道館をやるのはずっと公約としていたし、今開催するのは遅いぐらいなんですよね。
──今回のバトルの人選はどのように?
みんなが見たいMCを上からブッキングしたって感じですね。それから最近の戦極でチャンピオンになったMC。そして音源も含めてこれからのヒップホップシーンを変えてくれそうな人ですね。もちろんバトルの出演を断った人もいて、そこで折り合った人にはなるんですが、今の「戦極」の全力が、この16人だと思いますね。
──主催者として考える見どころはなんですか?
“「戦極MCBATTLE」のすべて”が今回のイベントにはあると思いますね。武道館という会場で、本当にレジェンダリーなバトルMCたちが活躍している姿を観れることが1つ。そしてこの大会自体、僕としては戦極の歴史をまとめるような、“第1部完”のような大会だと思ってるんです。「戦極」がほかのバトルイベントと違う魅力があるとしたら、その1つには「歴史」があると思うんです。「戦極」が積み重ねてきた歴史こそ、今の「戦極」にとってもストロングポイントだと思うし、現在進行系でMCバトルに興味がある人、今の「戦極」に興味がある人、このイベントで初めてMCバトルを見に来る人はもちろん、昔は「戦極」を観てたっていう人や、前はMCバトルを観てたけど最近はそうでもないっていう人、MCバトルに少しでも関わった人にはぜひ観に来てほしいんです。武道館は場所としても行きやすいし、観やすいと思うので、MCバトルを初めて観る人にもフレンドリーな会場じゃないかなと。
バトルの価値を上げたい
──そういったイベントが、音楽ライブの聖地でもある日本武道館で行われるのは印象的だし、MCバトルの存在価値が上がることにもなるような気がします。
そうですね。ここから「バトルの価値」を上げなきゃなと思ってて。本当の意味で「バトルに出るラッパーってカッコいいよね」ってならないとまずいと思うんです。そもそもMCバトルはありとあらゆるものの中で一番面白いくらいに思っていて。即興でラップをして、相手の言葉にもラップミュージックで返して、参加者も毎回違って、たくさんのMCがいる、しかも自分もそこに参加できる可能性は決して低くないっていうのは、すごく面白いアートフォームだと思うんですね。バトルを運営している僕としては、リスナーに対してもそうだし、バトルに出ている人にも、もっと「バトルってすごい」ってことを伝えないといけないなって。「バトルは最高に面白い」「バトルに出ること自体、超素晴らしいことなんだよ」ってことを表現して、バトルの価値をちゃんと上げないとなって思ってます。
──先ほど“第1部完”というお話がありましたが、では武道館の先はどのようにイメージしていますか?
雰囲気をけっこう変えようと思ってます。「MCバトル特化型」というストロングポイントは変わらないし、続けていくと思うんですけど、「MCバトルのフェス」というイメージに加えて、ライブやDJタイムもすごいよね、って思ってもらえるような形にしたいなって。それが今の時代にふさわしいと思うし、MCバトルだけ楽しむというイベントではない形に転換できればなって。
──変えるというよりはプラスアルファしていくというイメージ?
プラスアルファもあるし、大会のカラーも変えていきたいですね。「戦極」だけじゃなくてMCバトル全体が生き残っていくために、これからもどんどん変化していかないといけないと思っていて。ただ、しばらくはコロナ禍のこの状況が続くと思うんですよね。感染症対策もやった上で、なるべく時間を短くしてやっていきますが、MCバトルにエントリーすること自体が難しいと思いますし、しばらくは新しいスターも生まれてこないと思います。最近僕が思っているのは、MCバトルキング13年周期説。KREVAさんが3連覇したのは1999年から2001年で1回目に優勝したときが23歳のとき、R-指定くんがが3連覇したのは2012年から2014年で1回目の優勝が21歳とかだったんですよ。13年に1回くらい若くて、とんでもないMCがバトルで生まれてくるんじゃないかなって(笑)。だから2025年あたりに20代前半ですごい奴が出てくるんじゃないかなって思ってます。そういうMCが生まれてきたときに「戦極」が3連覇を目指すような大会になっていたらいいですよね。だから大変な状況ですが、今回の武道館は絶対成功させたいです。出演者も込みで、一晩ですべて変わるような武道館にしたいです。
- MC正社員(エムシーセイシャイン)
- MCバトルイベント「戦極MCBATTLE」のオーガナイザー。2008年より活動を開始し、2012年1月に同イベントを立ち上げた。2021年10月9日に東京・日本武道館で過去最大規模となる大会を開催する。