アートフォームとして完全に浸透した“MCバトル”。シーンを盛り上げてきた「ULTIMATE MC BATTLE」などの大会や、「BAZOOKA!!!高校生ラップ選手権」「フリースタイルダンジョン」といったメディア主導型のMCバトル番組などを通して、その定着は進んでいった。そんな中、より草の根の形でMCバトルに特化し、2012年の立ち上げから現在に至るまでMCバトルシーンを牽引してきたのが「戦極MCBATTLE」だ。
大規模な大会から中小のイベントまでオーディナリーな形でイベントを開催してきた「戦極」だが、その歴史の集大成となる大会「戦極MCBATTLE 第24章」が、10月9日に東京・日本武道館で開催される。今大会には晋平太、DOTAMA、呂布000カルマといった過去大会の優勝者をはじめとする16名のMCが出場。トーナメント形式でフリースタイルラップバトルを繰り広げる。
音楽ナタリーでは「戦極MCBATTLE」の主催者であるMC正社員に、これまでの戦極MCBATTLEの流れと手応え、そして武道館大会への意気込みを聞いた。また特集の最後では、MC正社員が「感動するバトル」「転機となったバトル」「通勤・通学時に観たいバトル」「気持ちを鼓舞してくれるバトル」「笑顔になれるバトル」という5つのテーマで選んだ過去のバトル映像を紹介する。
取材・文 / 高木“JET”晋一郎撮影 / 後藤倫人
MCバトルファンの遊園地
──今回は「戦極MCBATTLE 第24章」に向けたお話を聞きたいと思いますが、まずナタリー読者に向けて、「戦極MCBATTLE」(以下「戦極」)の成り立ちからお話いただければと思います。
もともとは「戦慄MCBATTLE」という名前のイベントがあって、運営は僕じゃなくてDJ会長という人が手がけていたんですよね。2009年くらいから僕はそのイベントを手伝う形で企画に参加し始めたんですが、この「戦慄MCBATTLE」自体が動かなくなったのと、もっと面白いことができるんじゃないかってことで、新しく立ち上げたのが「戦極」です。それが2012年。
──「もっと面白いこと」というのはどんなイメージ?
今もそうですが、「MCバトルファンのためのMCバトル特化型イベント」というイメージで進めようと。MCバトルイベント自体は当時も少なくはなかったんですが、「ヒップホップイベントの中のいちコンテンツ」だったり、「UMB」(ライブラレコードが主催する「ULTIMATE MC BATTLE」)のような「年1回の大会」だったりしたので、MCバトルに特化したイベントをレギュラーの形で開催すれば、もっと面白くなるんじゃないかなって。北海道のMC松島(現:松島諒)に「バトルファンの遊園地みたいなのが『戦極MCBATTLE』ですよね」って言われたんですけど、確かにそういう感じだと思いますね。バトルのチャンプ同士が戦うっていうのもそうだし。ただ自分の中でやりたいことも年々変わっていくんで、毎年コンセプトは徐々に変わっていってはいるんですが。
「高ラ」でMCバトルが“始まった”
────「戦極」がスタートした2012年には「BAZOOKA!!! 高校生RAP選手権」(以下「高ラ」)も始まりました。
僕が会社を辞めてバトルの大会を始めようと思ったときに「高ラ」が始まったのはすげえラッキーでしたね。あの番組でMCバトルがかなり話題になったし、シーン外にもバトルの魅力を訴求してくれたので。
──正社員さんは大会の運営に加えて、DVDの制作や、戦極に関わるアーティストの音源をリリースするという、MCバトルに紐付いた「株式会社戦極MC」も立ち上げられていますね。それは「高ラ」から広がったMCバトルブームを受けて、「これは1つの産業になるぞ」という予想のうえですか?
全然そんな予想してないっすよ(笑)。街録チャンネルっていうYouTubeでも詳しく話してるんですけど、会社を始めたときも「なんとか俺が会社員だったときぐらいの給料は稼がなければいけないな」みたいな感じでしたね。すげえがんばれば、もっともらえるだろうなとは思ってもいたけど、でも可能性は相当低いな、これは。みたいな。
──ネガティブな想像のほうが大きかった?
もちろん。下手したら貯金食いつぶしてやっていくしかないだろうなって。なくなったら再就職しようって。そしたらいきなり「高ラ」が始まって、一気にバトルが話題になって「お、これはイケるかも」って。
──「高ラ」でMCバトルの認識自体が一気に広がりましたからね。
“広がった”というより“始まった”と思いましたね。「高ラ」の3回目(2013年4月8日放送)は、スタジオ収録じゃなくて、お客さんを入れる形で恵比寿のLIQUIDROOMで開催されたんですが、観に行って驚いたのは客層が全然違うことでした。普段のバトルにはいないような若い女の子もいるし、おしゃれな若い子がいっぱいいて、そのことにびっくりしましたね。バトルの内容的にも驚きがあって。HIYADAMがRACKに「お前のラップはR-指定」って言ったんですが、それに対して当時、お客さんが誰も沸かなかったんですよ。「ここにいる人たちはR-指定を知らないんだな」ってこともカルチャーショックでした。
──時期的にはR-指定がUMBの2連覇中で、バトルMCとして脂の乗っている時期でしたが、まだリリースアーティストではなかったし、当然Creepy Nuts結成以前でした。だから確かに「UMB」や彼が主戦場にしていた大阪のバトルイベント「ENTER」などを知らなければ、当時は彼の存在を知ることは難しかったでしょうね。その意味でも、新興かつメディアと紐付いた「高ラ」サイドと、老舗かつヒップホップシーンと密接な「UMB」などのバトルイベントとは、リスナーの中では断絶があったと。
最初はそうでしたね。もちろん「高ラ」に出ているMC側はヒップホップシーンやバトルシーンを知ってるんだけど、お客さんはそこまでだったと思います。でも、そういったお客さんもどんどん「戦極」も含めたMCバトルシーンにも交わってくるようになって、そこで潮目が変わったと思いますね。
信じられないくらいのバトルブーム
──「戦極」には早い段階で、HIYADAMやGOMESSといった「高ラ」出身のラッパーが登場しましたね。
ほかのMCバトルイベントもそうだし、シーン自体も「ああいうテレビに出て話題になった高校生ラッパーとか出すのってどうなのかね?」っていう空気はあったと思うんですよ。でも僕と一緒に「フルーツポンチ」というイベントをやってたラッパーのMETEORさんが言ってた「テレビに出てる奴が一番偉い!」って言葉を思い出して、「確かに人気者が一番偉いよな」と思って彼らにオファーしました(笑)。
──そのMETEORも今やアニメ「オッドタクシー」の声優として話題になったんだからわからないもので(笑)。「戦極」はその後、渋谷のO-EASTが会場となった「戦極MCBATTLE 第13章 全国統一編」(2015年12月27日開催)で1000人以上のオーディエンスを集め、大きな話題になりました。時期的にも「高ラ」があり、テレビ朝日系「フリースタイルダンジョン」もスタートし、バトルがブームになりつつある時期でしたが、その状況はどう見えていましたか?
嘘みたいだなって思ってましたね。冷静な人もいましたけど、基本的には僕も含めてみんなめっちゃ浮足立ってたと思います。もしかして夢なんじゃないかなって(笑)。だって、なんでもないおじさんの自分が、渋谷109の前でKEN THE 390さんとバトルの司会やったりするんですよ(笑)。だから正直本当に冷静ではなかった。それで当時周りにいた人、スタッフや出演者には失礼なこともしてしまったこともあると思うけど、冷静じゃないからこそできたこともあったと思いますね。
──シーン的な変化、全体的な変化はどうでしたか?
信じられないくらいお客さんが増えましたね。イベントを開けばお客さんはガンガン入る、「ダンジョン」や「高ラ」以外のバトルもテレビで放送されて、その視聴率もよくて、っていう、もうなんか「嘘だろ!?」みたいな。だって電車とか外でご飯食べてるときとか、普通に生活している中で、MCバトルの話が隣から聞こえてくるんですよ。そんなの信じられないなって。特に「ダンジョン」と「高ラ」と時期が被ってたタイミング、それこそ「高ラ」が武道館大会を開いた時期(2016年8月)は本当にすごかった。お客さんも熱狂していて。
次のページ »
MCバトル定着後の課題