ナタリー PowerPush - 田口囁一(感傷ベクトル)×じん
似ているようで違う 2人の相思相愛対談
“選ばざるを得なかった前”
──暗黒の2年間があったというわりに新曲の「エンリルと13月の少年」は明るいですよね。人に対してちゃんと期待する気持ちだったり、前を向こうとしてる思いだったりが出てると思うんですよ。
田口 あっ、そうですか?
──曲を聴いてて思うんですけど、お2人って絶望的な状況とか嫌な状況でも前を向くことからは絶対に逃げない人たちだなって。「シアロア」にしてもじんさんの「カゲロウプロジェクト」にしても決してハッピーな物語ではない。でも、じんさんはプロジェクトの楽曲「チルドレンレコード」で「少年少女前を向け」って歌ってるし、今回の感傷ベクトルも前進し続けようとしているわけじゃないですか。だから「暗黒」っていう単語が出てきたのは意外でした。
じん いやー、めちゃくちゃ俺たち暗黒ですよ。例えば作品に「前進せよ」っていうテーマを盛り込む理由としては、下をうつむいたり停滞したりとか、うしろに何かを求めたり、過去に何かを求めたりっていうことの無意味さが痛いほどわかってるからなんですよ。そうすると消去法で残されてるのは前を向くことしかない。
田口 そうそう。ただ何も考えずに「前を向こう」って言う人は、俺はまったく信用できないんですよ。「エンリルと13月の少年」の歌詞も、いろいろあった結果で“選ばざるを得なかった前”みたいな内容なんで。手元にある武器をかき集めてなんとかやってるというか。
じん とにかく停滞したら死ぬから動き続けるしかない。囁一さんもそんな性格なのに、停滞してたって言ってるんだから、相当な暗黒だったんじゃ……。でも前に行くための武器を2年間かけて作ってたわけですからね。
田口 つーか、2年間は前がどっちか完全にわかんなくなってた(笑)。今も下りのエスカレーターを延々と登ってる感覚がある。とにかく焦りながらモノを作ってることは変わりない。
じん あー、すげーわかる。
田口 そもそも「エンリルと13月の少年」ってシングル用に作ったわけじゃなくて、デモを持っていったときに聴いたスタッフから「これはぜひシングルにしたい」って言ってもらえた曲だから。“曲に引っ張ってもらって”実現したシングル化なので不思議な気持ちですね。
──これまでそういう形でできた作品ってありますか?
田口 あまりないかも。「シアロア」って物語があってそれに曲を付けてく形だったんで、職人的に作るような感じだったんですよね。「シアロア」が出てからは、先のことは決まってないけど2週に1回会議をするからデモを作ろうっていうお題をもらったんです。で、作り始めたんですけど、目的もなく曲を作ることができなくて。スタッフからお題をもらって、例えば海辺を走りながら青年たちが走ってるシーンに合う曲とかを作ったりしていくうちにだんだん自然と曲が作れるようになって。さらにライブをするようになってから“衝動的に曲作り”ができるようになってきたんですよね。人前で歌いたいことが出てきて。この間も、マンガの1話目を入稿してボロボロだったんですけど、2話目の作業に入るまでの3日ぐらいで歌詞付きの新曲を作ったり。人前に出る機会が増えて、衝動的に曲を書くようにはなりましたね。
じん 何そのメンタリティ(笑)。俺がライブで受ける影響って……ライブでやりにくい曲だなあと思うとか。みんなにも歌いづらいって言われるし(苦笑)。実際に俺の曲って、テンポが速かったり、キメが多くてノれなかったりして、ライブに向かない曲ばかりだと思うんですよ。ボーカロイドからキャリアが始まってるから、もともとの体制が1人で歌って作る形だし、ボーカリストと一緒にやるのはフィーチャリング誰々っていう企画モノみたいなもんなんですよね。もっとみんなが歌いやすくてノリやすい曲を作ろうかなって思うこともあったんですけど、僕は僕だし。まあ、今後もそういう作り方をしようかなと。
「カゲロウデイズ」を世界一カッコよく歌える人
──で、田口さんもフィーチャリング誰々に巻き込まれて。先日放送されたじんさん原作、脚本のアニメ「メカクシティアクターズ」で、田口さんが歌唱した「カゲロウデイズ」が使用されましたよね。
じん ええ。彼は「カゲロウデイズ」を世界一カッコよく歌える人だと思ってて。世の中に存在する男性ボーカルの中で声として完璧ですよ。
田口 恥ずかしいー!
じん すごいきれいで儚くて、だけど芯があって。人間の“肉の臭さ”がほとんどないけど、最低限あるみたいな。すごいいいバランスの声なんですよね。僕にとって「カゲロウデイズ」って、「カゲロウプロジェクト」っていう中ではすごい大事な曲で。だからこの人にお願いしたいなってすごい思ったんです。囁一さんのマンガの連載が始まるタイミングでやっていただいちゃったのはどうだったんだろう、っていまだに思ってるんですけど。
田口 今回本人から直接電話をもらって、「歌ってくれないか」って声をかけてもらって。めちゃくちゃうれしかったんですよ。自分も本当に好きな曲だったし。大事な曲なんで怖い気持ちは当然あったんですけど。
じん 一生忘れません。すごい幸せでした。例えば女の子のほうがいいんじゃないかとか、10万枚CDが売れる人を連れてきたほうが話題が集まりやすいんじゃないかとか言う人もいると思うんですよ。でも「カゲロウデイズ」に関しては戦略性がないんで。今回のオファーも僕がいいと思ったから、誰かが「間違ってる」って言っても別にいいんです。でも実際に「すごいよかった」とか、囁一さんが歌ってるのを「納得」って言ってくれた人が多くいて。
田口 じんくんが、俺の声を恥ずかしいぐらいに褒めてくれて。「本当にいいって思ってくれてんのかな」みたいな不安はずっとあるけど、そこまで言うんだったら信じて乗っかってみようっていう感じでしたね。
じん ただ売れるものを作れば勝ちかといえば、そうじゃなくて。売れることはある意味で勝ちかもしれないけど、本当の勝ちじゃない気がするんですよね。好きなことをやって、それで共感を得なくちゃいけない。だから今回はそれを実現させるいい機会だなって思ったんですよね。
- 感傷ベクトル ニューシングル「エンリルと13月の少年」 / 2014年5月14日発売 / SPEEDSTAR RECORDS
- 初回限定盤 [CD+ブックレット] 1512円 / VIZL-661
- 通常盤 [CD] 1296円 / VICL-36904
収録曲
- エンリルと13月の少年
- ドレミとソラミミ
- 42219
- フラワードロップ
初回限定盤には春川美咲が書き下ろした短編小説「flowerDrop」を封入。
- じん ニューシングル「daze / days」 / 2014年6月18日発売 / ultraCeep Inc.
- 初回限定盤A [2CD+DVD] 2700円 / ZMCL-1001~4
- 初回限定盤B [CD+DVD+ブックレット] 2268円 / ZMCL-1005~8
- 通常盤 [CD+DVD] 1728円 / ZMCL-1009~10
CD収録曲
- daze / じん ft. メイリア from GARNiDELiA
- days / じん ft. Lia
- daze / じん ft. メイリア from GARNiDELiA(short ver.)
- days / じん ft. Lia(short ver.)
- daze / じん ft. メイリア from GARNiDELiA(Instrumental)
- days / じん ft. Lia(Instrumental)
DVD収録内容
- 映像作家しづによる新曲のビデオクリップ
初回限定盤A 特典内容
- ドラマCD
- 時系列年表「CHRONOLOGICAL」
初回限定盤B 特典内容
- 小説
- 時系列年表「CHRONOLOGICAL」
感傷ベクトル(カンショウベクトル)
ボーカル、ギター、ピアノ、作詞、作曲、作画を担当する田口囁一と、ベースと脚本を担当する春川三咲によるユニット。ネットや同人シーンを中心に活躍し、音楽とマンガの両方の分野で作品を発表している。2012年8月にネット上で発表していたメディアミックス作品「シアロア」を、アルバムとコミックで同時リリース。また2人は「ジャンプSQ.19」で連載されていたマンガ「僕は友達が少ない+」の作画および脚本を担当した。2014年5月にシングル「エンリルと13月の少年」を発表。同時期より田口囁一によるマンガ「フジキュー!!!」の連載が別冊少年マガジンにてスタートした。
じん
1990年10月生まれ、北海道利尻島出身のボカロP。幼少期より音楽に親しみ、学生時代にはバンド活動を行う。2011年にニコニコ動画に投稿した「人造エネミー」でボカロPとしてデビュー。瞬く間にニコ動ユーザーの間で話題を集め、数々の楽曲でランキング上位入りを果たす。2012年5月、それまでに発表した楽曲の世界観を1枚のアルバムに集約した1stフルアルバム「メカクシティデイズ」をリリース。楽曲に登場するキャラクターの物語を小説化した「カゲロウデイズ -in a daze-」で、小説家としてもデビューを果たし、さらに2012年8月リリースの1stシングル「チルドレンレコード」はオリコンシングル週間ランキング3位に輝く。2013年5月、連作の音楽編完結版となる2ndアルバム「メカクシティレコーズ」をリリースした。