ナタリー PowerPush - 感傷ベクトル

注目メディアミックスユニットに迫る濃厚1万字インタビュー

「シアロア」は曲もマンガも素に近い

──サポートメンバーのタイプからもわかるとおり、アルバム「シアロア」の楽曲はどれも、2000年代以降といった趣の最新かつ端正なギターロック、おふたりと同年代、それから10代の子たちといった若い世代ならきっと好きになるであろうサウンドになっています。

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田口 実際、同人誌だけでやってたころは、僕らよりもちょっと上、20~30代のお客さんが中心だったんですけど、ネットで展開するようになって高校生や大学生からTwitterのリプライやメールをもらうようになりましたし、デビューしたことでその世代のリスナーがもっと増えるとホントにうれしいですね。

──ただ、感傷ベクトルってコンセプトによって作風を変えていたわけですよね。今回この手のサウンドを選んだ理由は?

田口 さっき「感傷ベクトルの原型」って言ったとおり、高校時代に組んでいたバンドの方向性に戻した感じなんですよ。謎のバンド・シアロアのファンだという高校生の男の子が同級生をバンドに誘う「ストロボライツ」という話をきっかけに「シアロア」という連載企画を立ち上げたんだから、ここはバンドに立ち返るべきだろう、と。そして感傷ベクトルが鳴らすバンドサウンドってどんな音だろう? って考えたとき浮かんできたのが、この音だったんです。だから、感傷ベクトル全ての作品で必ずしも自分たちの素を出すわけではないものの、「シアロア」に関しては自分的には曲もマンガも結構素に近い感じ。素で作っても結構こんな作品ができるんじゃないか、って気はしますね。

春川 確かにマンガにせよ音楽にせよ毎回コンセプトは用意しつつも、結局のところ、実感できることしか書いてこなかったし、それしか書けないし。特に「シアロア」はバンドがテーマっていうこともあって、僕たちにとってもより共感しやすいし、身近な作品ではありますね。

田口 歌詞にも実感ありまくりだし。バンド時代の曲があったり、今回のアルバムのために書いた曲ばっかりじゃないから、それこそ暗い青春を送って、常に頭の中にいろいろなものがグルグルと渦巻いていた高校時代の自分を全部詰め込んだ、みたいな詞もありますから(笑)。

“うまくいってるヤツ”はリスペクトしつつねたましい

──歌詞ですけど、いろんな曲に「神様」というフレーズが出てきますよね。しかも、その神様は主人公の敵であることが多い。これも実感ですか?

田口 ええ。仮想敵を作るのがムチャクチャうまいんですよ、オレ(笑)。怒りや嫉妬が表現の原動力になることが多くて、それこそBUMPの藤原基央が「神様」になることもありますし。「none」っていう曲はBUMPにハマりにハマって、もう悔しくなるくらい好きだった頃の自分を思い出して書いてますから。だから「神様」っていうのはまさに信仰の対象、リスペクトっていう意味合いも含んでいるし、僕には絶対に勝てない劣等感や嫉妬の対象でもあるし、怒りの対象でもあるんです。

春川 確かに「田口っていっつも怒ってるな」って感じなんですよね。いや、実際いつも怒ってる(笑)。会話してても「なんか冷たいなあ」っていう瞬間が多々あるし。

──そういうときってケンカするんですか?

春川 「今日はそういう日なんだな」って割り切ってます(笑)。

田口 で、僕は怒りが冷めてしらふになったときに「ごめんなさい」と(笑)。

春川 ただ、嫉妬が原動力になるのは同感で。というか「みんなそうじゃないの?」とは思っていて。僕は僕で、同世代でうまいことやってるヤツらに対しては、常に「ねたましい、ねたましい」と思ってますから(笑)。

──誰ですか、そのうまくやってるヤツって?

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春川 例えば「○○っていう新人バンドのアルバムがリリースされました」とかって話を聞いて、CD屋に試聴しに行くとしますよね。

田口 で、そのCDがすごく良くて、プロフィールを見てみたら、同い年だったりしたら。

春川 必ず「コイツら同い年だって! どうするどうする? コイツらどうしてやる?」って田口に訊くんですよ(笑)。それは別に良い作品の作ったヤツらだけじゃなくて、プロモーションがうまい連中に対してもそうで。どこか一点でもとがってるところがないと、その人やコンテンツが世に出てくることはないわけじゃないですか。だから作品のクオリティや、プロモーション能力の高い同世代の人たちは、リスペクトしつつ嫉妬しまくってますね。

フィクションの中だけでも分かり合いたい

──怒りや嫉妬が原動力とはいえ、マンガのストーリーや、歌詞は決して暗いだけじゃないですよね。どのエピソード、どの詞の主人公も社会や他者と自分との間にズレを感じていたり、それに苛立っていたりはするんだけど、最終的には音楽や部活動を通じて、誰かと出会って少し救われています。

春川 人って、人間関係において誰かとわかり合えた瞬間にこそ、本当にポジティブになれるんだと思っていて。「シアロア」は素に近い作品って言った理由でもあるんですけど、そこはやっぱり大事にしたかったし、伝えたかったんですよ。僕自身、そのつもりでマンガのプロットやストーリーを練ったし、作詞もしている田口なんかは僕以上にそういう思いが強いんじゃないですか。

田口 確かに。いまだにバンドに憧れを持っている身としては、音楽やバンドを通じて誰かと出会えたり、わかり合えたりするのが一番うれしいですから。まあ、怒りや嫉妬が原動力の僕としては現実社会でわかり合えることがなかなかないので、せめてフィクションの中でだけでも、と(笑)。

感傷ベクトル 特集インデックス

感傷ベクトル ニューアルバム「シアロア」 / 2012年8月3日発売 / SPEEDSTAR RECORDS

感傷ベクトル(かんしょうべくとる)

感傷ベクトル

ボーカル、ギター、ピアノ、作詞、作曲、作画を担当する田口囁一と、ベースと脚本を担当する春川三咲によるユニット。ネットや同人シーンを中心に活躍し、音楽とマンガの両方の分野で作品を発表している。2012年8月にネット上で発表していたメディアミックス作品「シアロア」を、アルバムとコミックで同時リリース。また2人は「ジャンプSQ.19」で連載されていたマンガ「僕は友達が少ない+」の作画および脚本を担当した。