ナタリー PowerPush - 感傷ベクトル
注目メディアミックスユニットに迫る濃厚1万字インタビュー
「リリイ・シュシュのすべて」がやりたかった
──今回のアルバムであり、コミックでもある「シアロア」のコンセプトはなんでしょうか?
田口 ものすごく簡単に言ってしまえば、映画の「リリイ・シュシュのすべて」みたいなことをやってみたくて。映画の場合はLily Chou-Chou、自分たちのマンガならシアロアっていう架空のユニットがいて、それにまつわる人たちがシアロアの楽曲に触れてどう変わるのか、っていう物語を今回は作りたかった。ただ「リリイ・シュシュのすべて」と違って「シアロア」では、曲を作る側の人間がユニットを組んで楽曲を作ることでどう変わっていくのか、ということも描きたかったんです。
──そして「リリイ・シュシュのすべて」とLily Chou-Chouのように、感傷ベクトルの描くマンガと世界観を同じくする感傷ベクトルという音楽ユニットの楽曲をWEBで同時に配信するセルフメディアミックス企画を立ち上げた、と。しかも、覆面バンドがWEBで話題を集めるという意味では劇中バンド・シアロアともリンクしている。すごくいいアイデアだと思うし、事実話題になって、メジャーレーベルや大手出版社に見出されるわけですが……。
田口 実は逆で、先にビクターエンタテインメントとのやり取りがあったんですよ。アニメが好きで、坂本真綾さんとか菅野よう子さんとか新居昭乃さんのこともムチャクチャ好きだからという、ものすごく安易な理由でFlyingDOGのあるビクターにデモテープを送ったら、3日後くらいに返事をもらって(笑)。最初はCDをリリースしようっていう話をされたんですけど「それじゃあ面白くないよね」ってことで配信から始めてみることにしてみたんです。
──デモテープがきっかけでCDデビューって、ロックバンドというありように憧れていたおふたりにとっては一番うれしい提案なんじゃないですか?
田口 そうなんですけど、これまで同人で自分たちでCDを売るっていうことをずっとやってきていたので。小さい市場だけど「このタイミングでプロモーションしたら、こういう反応があるだろう」とか「こういう企画なら話題になるだろう」とか、結構工夫しながら活動してきてみて「いきなりCDデビューしたって話題になりようがないな」って、なんとなく目算が立ってたんですよ。
春川 同人音楽をやってる別のサークルさんの企画で2~3回演奏したことはあるけど、ライブもほとんどやってなかったから、バンドや曲が認知されていたわけでも、動員があったわけでもなかったし。
田口 それに今回の配信の企画は、去年の2月頃立ち上がったんですけど、そのときには既にプロのマンガ家として活動していたのもあって。最初に同人で出したバンドマンガがきっかけで「ジャンプSQ.」編集部に声をかけてもらって、読み切りの形でそのマンガを載せてもらったあとに「ジャンプSQ.19」っていう増刊で「俺は友達が少ない+」(はがない+)の連載を始めてたんですよ。ちょうど今回のコミックの第1話になる「ストロボライツ」を書き始めた頃でもあったので「じゃあまずはこの物語を中心に曲とマンガをネット配信する連載企画にしてみよう」って話になったんです。
春川 それでなくとも音楽とマンガのコラボはいつもやってることだし、WEBでやれば同人誌即売会よりも多くの人に見てもらえるかな、ってくらいのノリでもあったんですけどね(笑)。
田口 即売会での大手サークルの人気や売り上げってハンパないんですよ。僕らはそういうサークルさんを尻目に地味に活動してたので「ウチらのCD がいきなり売れるわけがない」だから「まずはネットで」って思ってた部分もあるんですよね。企画が始まって、多くの人が自分たちのために動いてくれたり、こうやって話を聞きに来てくれる方が出てきたりするのに触れるようになって、ようやく「あれっ、そこそこイケるのかも……?」っていう気になってきました(笑)。
制作中は楽しい地獄
──じゃあ、メディアミックスは楽しかった?
田口 楽しかったのは楽しかったんですけど、死ぬかと思いました……。毎月1曲ずつ10カ月で10曲レコーディングしてリリースする約束をしてたんですけど、当然、並行してマンガを描かなきゃいけないし、隔月で「はがない+」の連載もあったし。
春川 しかも「はがない+」の「ジャンプSQ.」本誌への出張企画があったり「ジャンプSQ.19」の刊行時期が変わったりもして。
田口 まあ、スケジュールは常にガッタガタでしたね。連載が進んで、読者が増えてからは「来週は感傷ベクトルが更新だ」なんてツイートをいただけるようにもなったんですけど、いっつも「いや、まだレコーディング、全部は終わってないんですけど」「まだ原稿真っ白なんですけど」みたいな状態でしたし(笑)。
春川 僕たちは、元々「原作者」と「作画家」として完全に分業しているわけではない上に、今回も企画立ち上げ当初に連載の全体像と各話の大まかなプロットを2人で作っていたこともあって、田口も「シアロア」各話の脚本を書けるんですよ。なのでホントに時間のないときは、○話の脚本は田口が書きつつ、僕はその次の脚本を書くなんてこともやったりもしてました。
田口 トルネード竜巻の曽我(淳一)さんにプロデュースしていただいたり、元School Food Punishmentの比田井(修)さんにドラムを叩いていただいたり、レコーディング終盤まで緊張でまともに話しかけられなかったくらい好きなアーティストさんと共演させてもらえて本当にうれしかったんですけど、そのスタジオにも当たり前のように原稿を持ち込んでましたしね。ホント楽しい地獄でした(笑)。
感傷ベクトル 特集インデックス
感傷ベクトル ニューアルバム「シアロア」 / 2012年8月3日発売 / SPEEDSTAR RECORDS
感傷ベクトル(かんしょうべくとる)
ボーカル、ギター、ピアノ、作詞、作曲、作画を担当する田口囁一と、ベースと脚本を担当する春川三咲によるユニット。ネットや同人シーンを中心に活躍し、音楽とマンガの両方の分野で作品を発表している。2012年8月にネット上で発表していたメディアミックス作品「シアロア」を、アルバムとコミックで同時リリース。また2人は「ジャンプSQ.19」で連載されていたマンガ「僕は友達が少ない+」の作画および脚本を担当した。