関取花が“主人公にならない人”に寄り添う新作リリース、TBSラジオがつないだパンサー向井慧との不思議な縁 (2/3)

“抜けた”タイミングの最高傑作

向井 ミュージシャンもそうかもしれないですけど、芸人は一度ウケたらそれと同じパッケージが求められるというか。

──“拡大再生産”しないといけない。

向井 そうですそうです。例えば「あちこちオードリー」で自分の内面を話したことを面白がってもらったときに、「次もあれをやらなくちゃ」ってなると、それはまた違うんですよね。そのときは100%の本心で言ってるんだけど、求められ始めると冷めてしまうというか。

関取 わかる……! 過去の自分を自己模倣で超えようとしちゃうんですよね。例えば、SNSでカバーが流行ってる時代に言うのもなんですけど、原曲を超えるカバーはないと思ってるので。そう思ってるのに、自分でやってしまう。過去の自分のいい成分をかいつまんで曲を作ると、結局人間味も薄れるし、言いたいことも教科書的になっちゃうんですよね。テレビのお仕事でも「ちょっと毒吐いてみて」と言われたのがうまくいって、そのキャラクターを求められてまた違う番組に呼んでいただいたり。うれしい反面、「それだけじゃないぞ」っていう気持ちもあって。そういうモヤモヤを打破するためにいろんな面を見せたくて、真逆のポップスに挑戦したり、また自己模倣しちゃったり。

向井 このアルバムは、そこから抜け出した感じがありますよね。

関取 そう! 抜けました!

関取花

関取花

向井 僕も一緒なんでちょっとわかるんですけど、関取さんはいろんな経験をしてきたからこのタイミングで抜けることができて、最高傑作と言えるアルバムが作れたと思うんですね。でも、さらに何年後かには、また新しい何かにぶち当たるんじゃないかっていう……。

関取 わー! そうなんですよ!

向井 そうですよね(笑)。

関取 私、今31歳なんですけど、向井さんはこの時期どうでした?

向井 めっちゃしんどかったです。「この先もずっとこんな感じか」っていうあきらめも入ってて。でも、抜けるときがくるという確信がこの2年くらいあるんですね。それと同じものを、勝手ながらこのアルバムに感じました。

関取 でも、また悩みが来るんですよね……?

向井 いや、わかんないよ?(笑) 自分は、「この先もう大丈夫」っていう人生じゃなかったから。悩み続けるのは変わらないんだろうなと。

関取 確かに、抜け出して進んでいても「この道は独りよがりなんじゃないか?」とか悩んで、また違うやり方を探したりしそう。

向井 そうそう、でも“抜けた”というのは事実だから。その瞬間にアルバムが完成したっていうのはすごく素敵なことですよね。

左から関取花、向井慧。

左から関取花、向井慧。

左から関取花、向井慧。

左から関取花、向井慧。

なんで昔の俺のことわかってるんだ?

──“抜けた”という開放感もありつつ、アルバムには現状への焦燥感を歌った「明大前」も収録されています。

向井 (しみじみと)あの曲もいいですねえ……。

関取 あれは10年前くらい、音楽で全然食べれなくてバイトばっかしてた時期に書いた曲なんです。自分にとってすごく大事な曲なんですけど、自分があきらめそうな状況で歌っちゃうとカッコよくないなと思ってて。救いがないというか、そういう絶望に共感してほしいわけじゃないんです。でも、逆に東京ドームでライブしてるような時期にこの曲を出しても説得力がないと思うし。今の自分が歌うのがベストタイミングなんですよ。光も見えてるし、でも足元は水溜り、みたいな(笑)。

向井 なんで明大前なんですか?

関取 ずっと井の頭線沿いに住んでて、電車賃を浮かせるために自転車で下北沢のスタジオに行ってたんです。練習が終わって帰るとき、途中にある明大前の踏切が閉まるとすごく長くて。「私何やってるんだろう?」とか「今日作った曲、誰が聴くんだ?」とかいろいろ考えちゃうんです。でも、踏切さえ開けば、この先に何かが待ってるような気もしてたんですよね。

向井 僕は明治大学に通っていて、まさに明大前の校舎だったんですよ。当時吉本に入って、まだ何者でもないけど絶対売れることだけを信じて、大学で友達も作らないみたいな変な尖り方をしてた時代(笑)。だから、すごく刺さっちゃって。「なんで昔の俺のことわかってるんだ?」っていう。

──未来に対する不安というのは誰しもが経験する感情ですし、向井さんみたいに「これは自分の曲だ……!」と思ってる人は多いと思います。

関取 (力士柄のタオルで顔を覆いながら)褒められるの慣れてないから……。

向井 ははははは(笑)。

関取 自信はすごくあるんですよ!? めっちゃいいアルバムを作ったし、こんなことできるシンガーソングライターはほかにいないだろって思ってるんですけど、褒められるとね……。

左から関取花、向井慧。

左から関取花、向井慧。

コンテンツとして見られていない安心感

──関取さんはディープなTBSラジオリスナーでいらっしゃいますけど、改めて自分の曲が帯番組(「#ふらっと」)のテーマソングとして流れているというのはいかがですか?

関取 いやもう、「こんなことがあるの!?」っていう(笑)。そもそも、向井さんという芸人さんに興味が湧いたのが、TBSラジオで放送されている「木曜JUNK おぎやはぎのメガネびいき」の「ザキヤマサンタ」の回だったんですね。アンタッチャブルのザキヤマ(山崎弘也)さんがいろんな芸人さんにゲリラで電話をかけるんですけど、電話に出た向井さんが「もしもし……? もしもし……?」って何度も繰り返して。

向井 あれ本当に誰かわかんないから(笑)。

──なかなかザキヤマさんだって明かしてくれないんですよね。

関取 だいぶ時間が経ってから「もしかして『JUNK』ですか……?」って(笑)。ラジオを聴いてる私たちと同じ感覚の人なんだなと思ったんです。芸人さんのラジオは好きでいろいろ聴いていて、もちろんおしゃべりのうまさに惹かれるんですけど、そうじゃない人間味の部分を感じたんです。あと、「ナカイの窓」(日本テレビ系のトークバラエティ番組)で先輩芸人の方々が立ち話で盛り上がっている輪に全然入っていけない向井さんが映っていて、それもすごく印象に残ってます。

向井 あー、ありましたね(笑)。

関取 「爆笑レッドカーペット」(フジテレビ系のお笑いバラエティ番組)で幽霊のネタをやってるパンサーさんは観てたし、もともとカッコいいイメージがあって。

向井 「出待ちNo.1芸人」とか言われてテレビ出てた頃だ(笑)。

関取 「よしもと男前ランキング」にも入ってたじゃないですか。愛されてる自覚があるだろうし、私とは違う世界の人だなって思ってたんです。それがだんだん、「あれ、この人は……?」って。

──もしかしたらこっち側の人……?

関取 そうそうそう(笑)。「#むかいの喋り方」も聴くようになって、すごく共感して。失礼かもしれないんですけど、お会いしても全然緊張しないんですよ。それこそバンドメンバーと接する感覚でしゃべれる。こんな大先輩に「赤坂でオススメの公園ありますか?」とか普通聞けないですよね。

向井 いやいや、そんな大先輩じゃないっすよ(笑)。

左から関取花、向井慧。

左から関取花、向井慧。

関取 だって、ラジオ番組も聴いてるくらい好きな芸人さんですから普通は緊張するはずなんですけど、向井さんには“コンテンツとして見られてない安心感”があるんです。きちんと人として見てくれているというか。なんか、「こいつは役に立つのかどうか」で判断するような人に挨拶しても「ウッスウッスウッス」としか返されなくて(笑)、自分のことを石ころのように感じたこともあったけど、向井さんとは人間対人間で話せる感じがするんですよね。

向井 うれしいですよね。自分の番組の曲を2曲も書いてもらって。

関取 向井さんの番組だからですよ!

──「誰にでも書くわけじゃないよ」と?

関取 いや、そんな(笑)。でも、仕事として受けてない感覚というか、そういう熱量でやりました。「#ふらっと」が始まることはお笑いナタリーの記事(参照:パンサー向井、春からTBSラジオ朝の帯番組担当「精一杯努める所存」)で知りましたからね(笑)。さっそくマネージャーにLINEして、「TBSラジオの朝の帯、向井さんがやるらしいよ。曜日パートナー誰かな?」って。リスナーとして楽しみにしてました。