キーワードは「あの子」
佐藤 関取さんの作家性を紐解くうえで、“あの子”が1つのキーワードですよね。「あの子はいいな」ではひがみっぽい気分が“あの子”をターゲットにして描かれてる一方で、「バイバイ」では「あの子に泣かれた あの日を思い出した」って歌ってる。ここはすごく心に残ったんです。花さんの中の、動きたくない自分が泣いてるんじゃないかなって。
関取 そこまで考えてなかったです(笑)。たぶん私の中で“あの子”って、どこかで一線を引いた他人なんですよ。あ、でも「バイバイ」では「今日から他人さ」って言ってるから、これは狭間の曲ですね、たぶん。
佐藤 そう。それまでは他人じゃなかったんじゃないかなと思って。花さんの歌の面白さの1つが、何人かいる自分のどれが本当なのか、みたいなテーマがあるところなんですよ。「動けない」では“君”が行ってしまっても「僕はまだここにいたいです」と歌っているから、すごく頑固ですよね。“僕”が絵本の世界に留まりたい花さんで、“君”は大人たちの雑踏に埋もれていく花さんみたいな(笑)。
関取 雑踏に埋もれていく“君”は外向きの自分かもしれないし、ある意味で他人だと思ってる自分なんですよね。自分の中の“あの子”要素みたいな。
「ただの思い出にならないように」の真意
佐藤 「動けない」の中の「ただの思い出にならないように」っていう一節がアルバムタイトルになっているけど、「三月を越えて」にも「思い出ならばこれからのはずだった」という一節がありますよね。かけがえのない思い出みたいなものに執着があるんじゃないですか?
関取 私、あんまり酔っ払わないんですけど、たまに飲んで記憶がなくなるときがあるんです。翌日「私、昨日大丈夫だった?」って一緒に飲んでた人に聞いたら、「全然大丈夫だったけど、花は最近、酔っ払うと『私には思い出が足りない!』ってすごく言うよね」って言われて(笑)。だから無意識的に執着があるのかなと思います。
佐藤 「思い出が足りない」はいい言葉ですね。
関取 誰かや何かのことを深く思う、みたいなことがなさすぎて、それがコンプレックスなんですよ。去年1年いろんなお仕事をさせていただきましたけど、正直、テレビとかにも二度と出ることもないだろうし思い出作りだと思っていた部分があって。次にどうつながるかとか考えたこともなかったし。でも、それじゃダメだ、自我がなくなっちゃうぞって焦ったんですよね。「いい思い出でした、はい次」という淡々とした感じじゃなくて、ちゃんとこだわりたいっていう願望なのかもしれないです。
佐藤 “ただの思い出”って、例えば「運動会がんばった」とか「遠足楽しかった」みたいな、一般化できる思い出だと思うんです。テレビに出たことも、花さんにとっては結局のところ経験値みたいなものに回収されてしまうような一般的な経験であって、「ただの思い出にならないように」っていう言い回しは、安易に他人と共有できない自分だけの深い思い出が欲しいという気持ちの表れなのかなと。
関取 私ずっと言葉にできなかったけど、それです。“ただの思い出”っていうのは一般化できる思い出ですね、きっと。
佐藤 「三月を越えて」の「思い出ならばこれからのはずだった」というのも、“あなた”と“私”は通りいっぺんのお付き合いで終わってしまったのかなと。2人固有の思い出がこれから作れるはずだったのに、それが欲しかったのに……っていう曲だと思いました。だから「思い出が足りない」と言うときの“思い出”は、さっき言った絵本的な世界観とか、幼少時の経験のほうなんじゃないかと。そこに固有性を見出して、大事にしていると言うか。
関取 幼児性みたいなものを忘れちゃいけないと思うのは、小さい頃ものすごく転校が多くて、国も転々としてたからなんですよ、たぶん。そういう生活の中で、外向きの自分をこしらえて当たり障りなく他人と接する術を身に付けざるをえない部分があって。でも家ではもちろん違うし、生身の自分でいられるじゃないですか。その両方が自分だって思うから葛藤があるんですけど。そう考えると今も変わってないですね。
分裂した自分が統合して成長していく姿を歌ったのが「朝」
佐藤 その両方の花さんが、さっき言った留まりたい自分と行きたい自分に重なると思うんだけど、「朝」は両者が分裂していない曲なんですよね。「それでもいよいよ 隠しきれない思いは 殻を破って」、まだここにいたい自分がとうとう表に出るイメージ(笑)。これには感動しました。
関取 あはは(笑)。それがあるから、その前からの流れがいいんですよね。
佐藤 そうそう。「聞こえる おはよう おはよう」ってところが好きなんですけど、この「おはよう」は誰のセリフですか?
関取 セリフと言うか、朝を象徴する森羅万象が自分に「おはよう」と語りかけてきてくれるような気分になる日が稀にあって、そういう日は「あ、行ける」って思うんですよ。
佐藤 「徐々にうずいて やわらかく動き出す」のあとに「聞こえる おはよう おはよう」が続くところに、祝福と言うか、光のシャワーを浴びているような多幸感があるんです。
関取 私はもともと夜型の生活なんですけど、この曲を書くために無理やり早起きして外を歩いてみたら、まさに祝福されているような気分になったんです。太陽の光とか野花とか、普段は気にもかけないようなものが目に入ってきて「おはよう花ちゃん」って言ってくれてるみたいな。自分がまだそういうことにちゃんと感動できるのが、ちょっとうれしかったんですよね。またすぐ夜型に戻っちゃいましたけど、その経験でこの曲ができたことは、それこそアルバムタイトルじゃないけど、ただの思い出にしちゃいけないなって思いました。自分の中では大事な曲です。
佐藤 分裂した自分が統合して成長していく、その第一歩がこの曲なのではないかと思いました。
関取 おおおおお!
佐藤 いろんなものに感動できるのは、小さい頃と連続している、花さんが大事にしているほうの自分だと思うんですよね。そのままで踏み出せるんだ、っていう感動があります。
関取 やばい。
佐藤 私も分裂しがちな人間なんだけど、自分が2つに分裂しちゃうと、お互いいじめ合うみたいなことはないですか? イケてる自分が優勢なときは「なんであんな暗いこと考えたんだ」と思うし、暗いほうが優勢だと「あんなに調子に乗ってバカじゃないの」って。
関取 自分の過去の写真を見て「何、カメラ見て笑ってんの?」とか思ったりしますね(笑)。マネージャーさんに送ったメールを見返すと、写真やMVを撮られてる自分とチェックしてるときの自分が全然違うんですよ。例えば「この真正面から撮った写真、ブスすぎて見てられないのでほかの写真にしてください」とか、出てくるのが全部ネガティブワードだったりして。そんなの言う必要ないじゃないですか。「ほかの写真にしてください」だけでいいのに、あふれ出てきちゃう。
佐藤 葛藤してると無駄にエネルギーを消費しますよね。才能のある人のそういうところを見ると、左右から押し合ってるエネルギーを全部上向きに使えればいいのに、惜しいなって思うんです。この「朝」は、その葛藤のエネルギーが両方上向きの力になってるような曲だなと思って。
関取 ああ、わかりやすい説明……これから私のインタビュー、すべて代わりに文香さんに受けてもらおうかな(笑)。私がしゃべるよりよっぽど早く建設的に言いたいことが伝わる気がします。
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俳句と歌詞の違い
- 関取花「ただの思い出にならないように」
- 2018年6月13日発売 / dosukoi records
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[CD]
2500円 / DSKI-1003
- 収録曲
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- 蛍
- しんきんガール
- 親知らず
- オールライト
- バイバイ
- 動けない
- 朝
- あの子はいいな
- 彗星
- 三月を越えて
公演情報
- 関取花 バンドツアー ~あっちでどすこいこっちでどすこい~
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- 2018年7月23日(月)
- 福岡県 ROOMS
- 2018年7月25日(水)
- 広島県 LIVE Cafe Jive
- 2018年8月9日(木)
- 愛知県 SPADE BOX
- 2018年8月14日(火)
- 北海道 Spiritual Lounge
- 2018年8月16日(木)
- 宮城県 enn 3rd
- 関取花 ホールワンマンライブ ~西でどすこい東でどすこい~
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- 2018年8月4日(土)
- 大阪府 大阪ビジネスパーク円形ホール
- 2018年8月18日(土)
- 東京都 品川インターシティホール
- 関取花(セキトリハナ)
- 1990年12月18日生まれの女性シンガーソングライター。幼少期をドイツで過ごし、日本に帰国した後の高校時代より軽音楽部で音楽活動を始める。2009年には「閃光ライオット2009」で審査員特別賞を受賞し、2010年に初の音源となるミニアルバム「THE」をリリース。2012年には神戸女子大学のテレビCMソングに採用された「むすめ」が話題を呼び、同11月には「むすめ」を含む全6曲収録のミニアルバム「中くらいの話」を発表した。2014年2月には3rdミニアルバム「いざ行かん」を発売し、同年7月にFm yokohamaでレギュラー番組「どすこいラジオ」がスタート。2015年9月2日に初のフルアルバム「黄金の海であの子に逢えたなら」をリリースした。2016年10月にシングル「君の住む街」を、2017年2月にアルバム「君によく似た人がいる」をリリース。DJみそしるとMCごはん、カサリンチュへの楽曲提供なども行い、2018年1月にシングル「朝」を発表する。6月に「朝」やNHK「みんなのうた」オンエア曲「親知らず」などを収録したアルバム「ただの思い出にならないように」をリリース。
- 佐藤文香(サトウアヤカ)
©吉原洋一
- 1985年兵庫県生まれの俳人。中学時代に夏井いつき氏の俳句の授業に衝撃を受け、句作を始める。2002年に「第5回俳句甲子園」で個人最優秀賞を受賞。2008年に第1句集「海藻標本」(ふらんす堂)を上梓する。句集出版をきっかけに池田澄子に師事。2014年に第2句集「君に目があり見開かれ」(港の人)、第1詩集「新しい音楽をおしえて」(マイナビブックス)を上梓した。そのほかの編著に「俳句を遊べ!」(小学館)、「天の川銀河発電所 Born after 1968 現代俳句ガイドブック」(左右社)がある。
2018年6月18日更新