音楽ナタリー Power Push - 関取花「黄金の海であの子に逢えたなら」特集 関取花×鴻上尚史対談

“野望”抱くシンガーを支えた演劇界の大御所

イエスマンばっかりだと滅んでいくと思う

──鴻上さんはアルバムの応援コメントで「すずらん行進曲」が一番好きだと書かれていましたよね。「空さえ飛べそうたしかに行けそう」「目を閉じたままで歩いて行けそう いざ行かんためらわずに」というポジティブな言葉を、バウロンやバンジョー、バイオリン、トランペットに乗せて歌っている曲で。

左から関取花、鴻上尚史。

鴻上 その曲の雰囲気が一番好きだったかなあ。「dawn」も「さらばコットンガール」もすごい好きですけどね。「すずらん行進曲」はタイトルもいいよね。

関取 これはスランプから抜け出して改めて曲が書けるようになったあと、初めて作り出した作品なんです。いつもなら歌詞もひと通り書き上げたあと手直しするんですけど、この曲は手直しなしで完成して。そんなこと珍しいからできたとき部屋で1人泣いたんですよ(笑)。

鴻上 あはははは(笑)。

関取 ものすごい二日酔いになった次の日、朝起きた瞬間「あ、今日書ける気がする」と思って。で、もうスルスルスルーって出てきて。歌詞もすごい前向きだし、自分のこの1年半を象徴しているみたいで。ひさしぶりに書けたんで愛しくて仕方なかったです。

──「いざさらばひとりよがり」と歌う「すずらん行進曲」しかり、今回は「他者」や「外部」に視線を送る曲が目立ちますよね。

関取 スランプを通して自分と真摯に向き合おうとしたら、自分のことが好きになることができて、他人にも目がいくようになって。それが自然と歌詞にも出てきたんじゃないかと。

鴻上 確かにひと皮むけたと思いますよ。歌詞だけじゃなくて曲自体も良くなったし。バンド編成の音も、花ちゃんの持ち味をちゃんと生かしているというか。それが一番よかったですね。バンドメンバーは気心の知れた人たちを集めたの?

関取花

関取 そうですね。でも私自身コードについて詳しいとか、打ち込みができるとかっていうわけではなくて。例えば「変身」のレコーディングのときは「キラッキラの海からトビウオがふぁーんって出て、その画がスローモーションで映ってるような爽やかさと弾ける感じで」っていうふうにアレンジのイメージを説明するんです。バンドメンバーはそういう抽象的な言葉の意図を汲んでくれそうな人を集めました。でも一緒に音楽をやるときは全面的に理解してくれる人よりも、少し緊張感を保てる人のほうがいいのかなっていうのはあります。

鴻上 言うこと聞いてくれる人ばっかりだと、こっちを刺激してくれないわけだしね。イエスマンが周りに集まってくると滅んでいくと思うんですよ。こっちに対して「あなたはどれだけのことをしてくれるの?」っていう視線を持つ人が周りにいないと。

関取 トビウオが……って説明したら「いや全然わかんない」ってはっきり言ってくれる人のほうがいいですね。

まっとうな野望を持った若者

鴻上 そうやって花ちゃんはものを作ることとか、いい曲を作ることに対しては非常に自覚的ですよね。でも女の子であることに対して、非常に無自覚で。

関取 あはははは(笑)。

鴻上 「むすめ」は親から自立する名曲で、「めんどくさいのうた」は同年代の女の子のつぶやきだったけど、これから花ちゃんは振った振られたっていう、恋の中で苦労していく歌も作っていってほしいなあと思ってる。

──「むすめ」も「めんどくさいのうた」も“恋をしたい”という願望が出てきますけど、今度は恋をしている最中を描くと。

鴻上尚史

鴻上 いわゆる片思いじゃなくてね。それは女子的な部分にも自覚ができた頃に作るべきかなと。

──「いざ行かん」のインタビューのとき、関取さんはお友達が「彼氏が欲しい」って年がら年中言ってる意味がわからないとおっしゃってましたね。(参照:関取花「いざ行かん」インタビュー

関取 「恋がしたい」はわかるんですけど、「彼氏が欲しい」っていうのがわからなくて。

──気になる人が現れたとき恋愛のことなんて考えればいいのに、何はともあれ気になる人を探そうとする姿勢や来たるべき恋愛に何か期待する態度が理解できないと。

鴻上 まあまあ、やがてなんとかなりますよ。

関取 今後の課題です(笑)。

鴻上 その「今後」というか、花ちゃんのこれからはすごく楽しみなんですよ。今24歳。僕も22歳で劇団を作って、25歳のときには紀伊國屋ホールで公演(「朝日のような夕日をつれて '85」)をやったわけだし。当時の自分もそうだし、今の花ちゃんもそう見えるんだけど、まっとうな野望を持っている。最近そういう野望を持つヤツが少なくなった印象があるけど。

──まっとうな野望?

鴻上 売れたいとか成り上がりたいってことに対して、ちゃんと努力してる人ね。裏打ちされた野望というか。でも失敗すると傷付くわけだから、みんな他人の批評だけして、まっとうな野望を語らなくなってる気がする。若くして正しい野望を持ってあがいているっていうのが、花ちゃんを見て最初にいいなと思ったところでもあるんです。以前花ちゃんが「武道館でやってる夢見て、正夢にするぞ」っていうツイートをしてたけど、あれは見ててすごいうれしかったね。

関取 武道館でたった1人で弾き語りのライブをやっている夢を見たんですけど、「あ、できそうだな」と思って。実力があるとか、自分に自信があるとかじゃないんですけど。

鴻上 その夢を正夢にするためにも、まずはCDが売れることだよな(笑)。

左から関取花、鴻上尚史。

関取 ホントです(笑)。とにかくそれに尽きる。最近ライブではありがたいことに老若男女いろんな方が来てくださるんですけど、この前、愛媛にできたあかがねミュージアムのイベントに出演したとき、物販に90歳近いおばあちゃんが来てくれたんです。それがめちゃめちゃうれしくて。そういう普段出会わないようなおばあちゃんにも届くような音楽をもっと作れたら、感度の高いリスナーの方にも絶対伝わると思ってます。

──鴻上さんが今後関取さんに期待するのも売れること?

鴻上 僕自身はいい歌をずっと歌っていってくれれば、それでいいなと思いますよ。

関取 あと恋をすることですよね?(笑)

鴻上 ははは(笑)。無理しないでね。

関取花(セキトリハナ)
関取花

1990年12月18日生まれの女性シンガーソングライター。幼少期をドイツで過ごし、日本に帰国した後の高校時代より軽音楽部で音楽活動を始める。2009年には「閃光ライオット2009」で審査員特別賞を受賞し、2010年に初の音源となるミニアルバム「THE」をリリース。2012年には神戸女子大学のテレビCMソングに採用された「むすめ」が話題を呼び、同11月には「むすめ」を含む全6曲収録のミニアルバム「中くらいの話」を発表した。2014年2月には3rdミニアルバム「いざ行かん」を発売し、同年7月よりFm yokohamaでレギュラー番組「どすこいラジオ」がスタート。2015年9月2日にニューアルバム「黄金の海であの子に逢えたなら」をリリースした。

鴻上尚史(コウカミショウジ)

1958年愛媛県生まれ。早稲田大学在学中の1981年に劇団「第三舞台」を結成し作・演出を手がける。1987年上演の「朝日のような夕日をつれて」で第22回紀伊國屋演劇賞、1994年上演の「スナフキンの手紙」で第39回岸田國士戯曲賞など数々の賞を受賞する。「第三舞台」は2011年の「深呼吸する惑星」の上演後解散。現在はプロデュースユニット「KOKAMI@network」と若手の俳優らとつくった「虚構の劇団」で作・演出を担当。舞台公演のほかにも映画監督や小説家、ラジオパーソナリティなど幅広く活動。近著に、「幸福のレッスン」(大和書房)、「クール・ジャパン!? 外国人からみたニッポン」(講談社新書)など。