音楽ナタリー Power Push - 関取花「黄金の海であの子に逢えたなら」特集 関取花×鴻上尚史対談

“野望”抱くシンガーを支えた演劇界の大御所

「汽車のうた」を歌ったらみんな沈黙した

──鴻上さんが考える「いい声」って、具体的にどういうものなんでしょう?

鴻上尚史

鴻上 わかりやすく言うとみんなが沈黙する声ですよ。「虚構の劇団」(鴻上が2008年に旗揚げした劇団)のUstream配信で花ちゃんに来てもらったとき、「汽車のうた」を歌ったら周りにいた全員の顔が変わりましたからね。役者でも声に力があると、長台詞を言い出した瞬間に風邪引いてる人のせきも止まるんだよね。台詞言っててもお客さんがせき払いしたり動いたりするのはね、やっぱり声の力がないんだよ。

関取 なるほど。

鴻上 関取花はそういう力のある声を持ってる人。それなのにTwitterを見てみると、夜中に蒸し芋とか、こってりしたラーメン食ったみたいなことしかつぶやいてなくて(笑)。それがいいんだけどね。演出家を30年ぐらいやってると、完璧な装いで売り込みに来る人にもたくさん会うわけですよ。でもそういう、ある種、戦略的な売り込み方ってバレるんだよね。なんかうっとうしいなって。そこに夜中蒸し芋食って自慢気にツイートしてる花ちゃんがいて。

──確かに関取さんのツイートって、いい意味で「ステージの上の人」「アーティスト」っぽくないですよね。「市井の人」っぽい。

関取 以前はライブのMCとか、うまいこと言わなきゃっていう意識はあったんですけどね。なんで今みたいな感じになったかというと、1年半ぐらいくすぶっていた時期があって、それが影響しているんです。

──くすぶっていた時期?

関取 実は「いざ行かん」のレコーディングのときからノドの調子が悪かったんです。ライブのときもガラガラしちゃうのが気になっていたので、30分の尺でやるとしたらそれまで5曲やっていたところを4曲に、っていうふうに抑えるようになって。で、ちょっとでも「こいつ面白いな」って思ってもらえるように1曲分の時間を使ってしゃべり倒すっていうスタイルに切り替えたら、びっくりするぐらいお客さんが増えて。それからツイートとかブログも同じようなスタイルに変えたらあんなことに(笑)。

──もうドツボは抜けました?

関取 はい。そもそもなんでそんな状況になってしまったかというと、ノドの不調をカバーできる歌い方はないか探したり、いろいろ考えちゃったらうまく歌えなくなってしまったんです。ノド自体はもう治ってるのに、歌うときになると締まっちゃったり、普通にしゃべるときも声が裏返っちゃったり。曲に集中できなくなったから、曲数どころかライブの本数自体も減らさざるを得ない状況になってしまって……。

関取花

──そこで鴻上さんに相談は?

関取 してました。andymoriや斉藤和義さんのライブとか舞台に誘っていただいたり、舞台のDVDをくださったり。いろんな作品に触れていくうちに声の出し方だけじゃなく、気持ちが入っているからこそ届くものがある、ということを忘れてたのに気が付いて。それで徐々に感覚を取り戻して、できる範囲で歌ってみたんです。あと「虚構の劇団」さんの一人芝居の発表会に出演したとき、鴻上さんが「花はすごい気にしてるけど、今は今で哀愁みたいなのがあったりして、すごく素敵だから何も気にすることはないです」って言ってくださって。それで本当に気持ちが楽になりました。

鴻上 花ちゃんみたいに1カ月に2回しかライブやんなかったりすると思い悩むだろうけど、演劇は1回の公演で3・40ステージやるわけですよ。だから役者は「今日はちょっと喉がガラッとしたから」とかって落ち込んでる場合じゃないわけで(笑)。伝えたいのは役者の体調ではなくて、やっぱり登場人物の人生だったり物語だし。それは音楽の世界もたぶん一緒だと思うんだよね。花ちゃんはいいものを作ってきているから、そんな思い悩むことはないんじゃないのって。

関取 ……というお話を聞いたら新曲も堰を切ったように作れるようになって。1日で5曲くらいできるまでに回復しました。

頭の中に黄金の液体がブワーッて

鴻上 ところで「黄金の海であの子に逢えたなら」ってすごくいいアルバムタイトルなのに、タイトル曲はないの?

関取 全部レコーディングし終わってから決めたタイトルなんです。なかなか思いつかなくて。スタッフさんに相談したら「別にいいこと言ってやろうとか、難しく考えないで」とか、「歌に限らず開放されるときみたいなことを想像したら意外と出てくるんじゃない」みたいなことを言われたんです。それでレコーディング終了後の何日かまでは禁酒してたので、大好きなビールからイメージしてみたら、もう頭の中に黄金の液体がブワーッてなって。

鴻上 なるほど。

左から関取花、鴻上尚史。

関取 アルバムを聴きながらその1年半、くすぶっていたときのことを考えながらビールを飲んだら、そういう悲しみとか悔しさとかも、いい意味で笑い話に変えられるかもしれないし、ラジオのネタになるかもっていう気持ちになって。複雑な気持ちも黄金の海の向こう側で会えたら、また違った見え方をするんだろうなっていう意味でこのタイトルに。

鴻上 「黄金の海」ってビールだったのか。

関取 実はそうなんです(笑)。

鴻上 収録曲の1つをアルバムタイトルにするつもりはなかったの?

関取 最初は「さらばコットンガール」をアルバムタイトルにしようとも思ってました。この曲は音楽をファッションアイテムの1つというか、自分のアイデンティティのためだけに聴いてるような人たちに対する憤りを歌にしていて。普段街中とか歩いてても、そういう怒りを感じることがあるんですけど。

鴻上 タイトルに使わなかったのは「1曲選ぶとこれがイチ押しだと思われるのも嫌だ」みたいな感じ?

関取 それもあったし、「さらばコットンガール」はちょっと後ろ向きな感じで。それよりもっと広がる感じがいいなあと思って。

関取花(セキトリハナ)
関取花

1990年12月18日生まれの女性シンガーソングライター。幼少期をドイツで過ごし、日本に帰国した後の高校時代より軽音楽部で音楽活動を始める。2009年には「閃光ライオット2009」で審査員特別賞を受賞し、2010年に初の音源となるミニアルバム「THE」をリリース。2012年には神戸女子大学のテレビCMソングに採用された「むすめ」が話題を呼び、同11月には「むすめ」を含む全6曲収録のミニアルバム「中くらいの話」を発表した。2014年2月には3rdミニアルバム「いざ行かん」を発売し、同年7月よりFm yokohamaでレギュラー番組「どすこいラジオ」がスタート。2015年9月2日にニューアルバム「黄金の海であの子に逢えたなら」をリリースした。

鴻上尚史(コウカミショウジ)

1958年愛媛県生まれ。早稲田大学在学中の1981年に劇団「第三舞台」を結成し作・演出を手がける。1987年上演の「朝日のような夕日をつれて」で第22回紀伊國屋演劇賞、1994年上演の「スナフキンの手紙」で第39回岸田國士戯曲賞など数々の賞を受賞する。「第三舞台」は2011年の「深呼吸する惑星」の上演後解散。現在はプロデュースユニット「KOKAMI@network」と若手の俳優らとつくった「虚構の劇団」で作・演出を担当。舞台公演のほかにも映画監督や小説家、ラジオパーソナリティなど幅広く活動。近著に、「幸福のレッスン」(大和書房)、「クール・ジャパン!? 外国人からみたニッポン」(講談社新書)など。