道枝駿佑(なにわ男子)、福本莉子のダブル主演による映画「今夜、世界からこの恋が消えても」が7月29日に全国公開された。
眠りにつくとその日の記憶を失ってしまう前向性健忘を患ったヒロイン・日野真織(福本)と、彼女を献身的に支えながら、自身もある秘密を抱えている主人公・神谷透(道枝)の切なくも儚い愛の物語が描かれた「セカコイ」。音楽を亀田誠治が担当し、主題歌「左右盲」をヨルシカが手がけていることも話題となっている。
音楽ナタリーでは亀田とn-buna(ヨルシカ)の対談をセッティング。「セカコイ」のサウンドトラック、そして主題歌「左右盲」の制作プロセスを中心に、お互いの音楽観、創作に対するスタンスなどについて語ってもらった。
取材・文 / 森朋之
すべてがつながった一筆書きのような主題歌に
──映画「今夜、世界からこの恋が消えても」の音楽を亀田誠治さんが担当されました。ヨルシカが主題歌を手がけたのも、亀田さんの意向だったそうですね。
亀田誠治 そうなんです。まず三木孝浩監督とプロデューサーの春名慶さん、岸田一晃さんから、「劇伴だけではなく、映画の音楽全体を設計してほしい」という依頼があって。主題歌に関しては、本編から切り離されたようなものではなくて、すべてがつながった一筆書きのような曲にしたかったんです。今の音楽シーンを見渡したときに、「セカコイ」の主題歌を任せられるのは、しっかりとした文学観を持ったヨルシカしかいないだろうと。
n-buna(ヨルシカ) ありがとうございます。我々としては、まず亀田さんとお仕事をご一緒できることが本当にうれしくて。以前からずっと楽曲を聴かせてもらっていたし、僕の世代だと東京事変は避けて通れないので。
亀田 避けて通れない(笑)。
n-buna 自分の周りの音楽好きは皆通っていたと思います。しかも、すごく熱のある言葉でご連絡をいただいて。
亀田 僕自身が「セカコイ」にめちゃくちゃ惹かれたんですよ。最初に原作を読んだんですが、青春時代に小説を夢中で読んでいた頃のように物語の中に引き込まれました。もっと言えば自分自身が登場人物になったような気持ちになって。音楽も絶対にいいものにしたいと思ったからこそ、ヨルシカにお願いしました。制作としては映画全体のイメージの共有からでした。
n-buna そうですね。原作と台本を送っていただいて、映画の物語やメッセージを共有していただいて。記憶をテーマにした小説や映画は好んで観ますし、「セカコイ」の世界観にも興味を惹かれました。
亀田 僕とn-bunaさんは親子くらい年の差があるけど、「セカコイ」の世界観をしっかり共有できたと思うし、お互いの音楽に対するリスペクトもあって。かなり綿密にやり取りをしていて、僕がLINEで連絡すると必ず的確な答えを返してくれるんですよ。僕からはそんなに無茶な注文はしてないと思うけど……。
n-buna はい(笑)。
亀田 n-bunaさんは作品全体を見渡す力があるし、すごく視野が広い。しかも、人を思いやることができるんですよ。この映画もまさに人が人を思いやる姿を描いているし、そこもフィットしていたんじゃないかなと。
n-buna そんなにいい言葉をいただいて……ありがとうございます。ヨルシカはこれまでコンセプトアルバムしか作っていないんですよ。音楽を辞めた青年の手紙を木箱に入れてCDショップで販売したり(2019年4月発売1stアルバム「だから僕は音楽を辞めた」)、日記帳仕様のCDを出したり(2019年8月発売2ndアルバム「エルマ」)。映画の主題歌をオファーする側としては、かなり扱いづらいんじゃないかなと思いながら、オファーを受けました。
亀田 そんなことないよ(笑)。
n-buna なので最初はちょっと不安だったんですけど、打ち合わせで亀田さんが「ヨルシカが好きなように曲を作って、映画との化学反応を起こせたらいいよね」という話をしてくださって。僕らの世界観を尊重したうえで一緒に作ろうという心遣いを感じられて、だからこそ「ちゃんと真摯に向き合わないといけないな」と。それは他人の作品に関わることの責任だと思うので。亀田さんへのLINEもかなり長文で返して(笑)。
亀田 そうだった!(笑) ヨルシカはバンドサウンド、人由来のグルーヴや演奏にこだわっていて、それも「セカコイ」に合うだろうなと思ったんです。もちろん打ち込みの音楽を否定しているわけではなくて、ヨルシカの温かさ、純粋さ、そしてちょっとねじれているところも、この映画に必要な人間らしさだと考えました。
n-buna 確かにヨルシカを始めたときから人間らしいサウンドにこだわっているし、基本的には“生楽器でのグルーヴ”という制約をヨルシカ初期は自らに課していて。クリックに合わせた正確なビートも気持ちいいし、大好きなんですが、揺れているリズムや不安定な音程にも良さがあると思うんですよね。それは「左右盲」にも出ているし、映画の人間模様に合っていればいいなと思います。
テーマは“献身”
──亀田さんからn-bunaさんへ「こういう曲にしてほしい」というオーダーはあったんですか?
亀田 いえ、具体的なことはほとんど言ってなくて、まずはn-bunaさんに委ねたんです。「絶対にいいものを作ってくれるはず」と確信はしていたんですが、「左右盲」はこちらの想像を遥かに超えていましたね。チーム全体が「これは来たね!」と唸りましたから。
n-buna ありがとうございます。さっきもお話しましたけど、映画の世界観とヨルシカとして表現したい世界観をすり合わせながら、曲を作らせてもらって。実はデモ曲を2つ送ったんですよ。タイアップは共通項を見つける作業だと思っているんですが、1曲だけだと映画サイドのイメージと違う可能性があるので、選択肢があった方がいいだろうなと。
亀田 そういうところ、大人だよね。僕だったら「これしかないです」って1曲しか出さないかも(笑)。
n-buna いえいえ(笑)。「左右盲」を選んでいただいたんですが、すぐに亀田さんから「すごくいいよ」と熱のこもった反応があって。
亀田 バッチリでしたね。しかも「左右盲」には余白の成分といいますか、聴き手の皆さんが思いを寄せる幅があるんですよ。この映画を観て、真織ちゃんの立場になる人もいるだろうし、透くんの視点に立つ人もいる。主演の道枝駿佑(なにわ男子)さん、福本莉子さんのファンの方も映画館に足を運ぶでしょうし、作品の受け取り方は人によって違うと思うんです。「左右盲」はすべての人を包み込んで、「こういう映画だったんだな」と気付かせてくれる曲じゃないかなと。エンディングで流れるんですが、扉を閉めるんじゃなくて、開けてくれる曲ですね。それはJ-POPとしていい曲というだけではなく、「何を伝えるべきか」が明確だからなんですよ。これ以上でもこれ以下でもなく、ピタッとピースがハマった感覚がありました。
n-buna うれしいです。実は事前に「亀田さんは言うべきことをしっかり言う人だ」と聞いていて。
亀田 ええー、本当?(笑)
n-buna はい(笑)。なので、どんな反応が返ってきてもいいように構えていたんですけど、「すごくいいですね!」と言っていただけて、安心しました。
亀田 こちらからは何も言う必要はなかったです。あとね、映画が公開されて、この曲が世に出たときの“絵”が見えたんですよ。「セカコイ」の主題歌として好きになる人もいるだろうし、もちろんヨルシカのファンの方も聴くだろうし、ほかのところで耳にする人もいると思うんですが、すべての人に幸せや心の平穏を与えて、ホッとした気持ちにさせるんじゃないかなと。それも「左右盲」のチャームポイントですね。
n-buna いろんなシチュエーションで聴いてもらえるのも、タイアップ曲ならではですよね。街中やラジオなどで聴こえてきたときに、心を捉える曲にしたいと思っているし、この曲にそういう感覚が宿っているといいなと。ヨルシカが主題歌を作ったということを知らない方がいたとして、映画を観終わったときに「いいな」と思ってもらえたら最高ですよね。
──「左右盲」は「セカコイ」だけではなく、オスカー・ワイルドの「幸福な王子」もモチーフになっているそうですね。
n-buna はい。ヨルシカは初期から、僕が好きだった文学作品……小説、詩、俳句、童話などをモチーフにして、噛み砕いて、現代のポップスとして再構築することを続けていて。「左右盲」には、楽曲の情景として「幸福な王子」のイメージを使わせてもらっています。映画もそうですけど、「幸福な王子」のテーマも“献身”だと思うんですよ。それが「セカコイ」と自分たちが作りたいものの共通項なのかなと。
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亀田さんは太陽のような方ですね