音楽ナタリー Power Push - sébuhiroko
サントラとオリジナル 反発の音楽家による“2つの道”
自分が努力してできることなら、夢は着実に叶えたい
──なるほど。アルバム「L/GB」にはLEO今井さんや阿部芙蓉美さん、Crypt Cityさんや江島啓一さん(サカナクション)なども参加されていますが、どんなレコーディングでしたか?
私の大好きなミュージシャンに参加してもらいました。映像作家の笹本正喜くんに歌詞を書いてもらったり、阿部芙蓉美ちゃんに曲を書いてもらったり。エジー(江島)は前作でもいくつかドラムで参加してもらいましたが、「Long Goodbye」は彼のドラミングの存在も大きいです。あと、レオ君の歌詞がとても好きですね。Crypt Cityはもう単純にすごいファンで、中尾憲太郎さんと知り合ってライブも観させてもらったりしていたので、ボーカリストを含めたバンドまるごとで参加してもらうということと、私の作風には一切合わせないというリクエストは最初からしました。
──「歌を始めたのは最近」とおっしゃっていましたが、世武さんの歌声がとても印象的な作品だと思います。
「べっぴんさん」のサントラを作りながら1カ月半くらい、毎日何百回と歌って、ボイトレにも通って自分の声を研究したんです。表現するのってやっぱりある程度、テクニックが必要で。ピアノは小さい頃に相当練習したし、よく「ピアノに歌が負けてる」って言われて自分でもそう思ってましたけど、それは当たり前なんですよ。なので歌はまだまだこれからですけど、だんだん自分がやりたいことができるようになってきました。
──サントラ制作でもお忙しい中でそういうチャレンジをするのがすごいです。
それは単純に欲ですね(笑)。自分が努力してできることなら、夢は着実に1個ずつ叶えたいんです。昔からそういうタイプで、そのせいで周りのいろんな人を振り回したりもしてるんですけど(笑)。でも、それは海外に住んでいるときに学んだことなんですよ。「ああしたいんだよね、これがしたいんだよね」って語っても自分が動かなければ何も進まないし、何もしなければ何も考えていないと同じ、となる。あと、フランスに住んでいてもフランス人じゃないから、住むだけで権利の申請をしなきゃいけないし、海外では日本で暮らしているときみたいに「ただ生きる」ことができない。自主的に働いたり勉強したりお金を出して……ってやらないと、そこに存在できない。だから自分から仕事を得て生きていくことが当たり前になって、日本に帰ってきたら「アレ?」って感覚になりました。「みんなそんな感じじゃないの?」って。
──常に存在意義を問われながら生きてきたからこそ、アグレッシブになれたと。
そうですね。「意見はあるけど言葉に出さないだけだ」とか言うけど、それは意見がないのと一緒だということも学びました。だから私はミュージックビデオの撮影とかでもすぐ細かく意見を言っちゃうし、ちょっとでもいいものができるならギリギリまで更新したいみたいな気持ちが常にあります。物作りに対する執念ですね。
──その気迫やエモーションというのはこのアルバムからすごく感じます。
「そういう人がいてもいいんじゃないかな?」と思ってます。楽しい音楽とはまた別の役割を担う人というか。
創作の原点は不平等な社会に対する反発でした
──そして同日発売となった「べっぴんさん」のサントラですが、こちらは制作サイドからどんなお話があって曲作りを進めていったんですか?
「べっぴんさん」は自分で刺繍をしたりする女の子のお話なので、「丁寧に物作りをすることの楽しさを伝えられる人がいいね」という話があって起用していただいたということなんですけど。正直、オファーがあったときは「私で大丈夫なのかな」ってびっくりしました。だけど「『朝ドラっていえばこう』というイメージを意識せずに壮大な映画音楽みたいな感じで世武さんの好きなようにやってください」とおっしゃっていただいたので、「だったらできるかも」と思ったんです。普段テレビにはあまりなじみがなくて(笑)。
──テレビを普段観ないんですね。
そうなんですよ。でも私はそれが面白いと思っています。そういう人が何の先入観もなくただ作品と向き合って音楽を作っているのも、面白いと私は思う。例えば私は映画を観に行くのが大好きなんですけど、お金を払って映画館まで足を運んだ人と同じような体験をテレビでもしてもらいたいんです。
──いろんな反骨精神がクリエイティビティの1つの要素になっているんですね。
私の創作の原点は不平等な社会に対する反発でした。ただ1個だけ自分の中のルールがあって、反骨精神とか悔しさとかをそのままネガティブな形で曲にしないって決めているんです。それがパワーになって「じゃあいい物を作ってやる!」となるまでは楽器には触りません。サントラを作っていて悲しみや怒りのシーンがあったとしても、まずはその向こうを眺めたい。怒りに任せて曲を書いても、ろくなことがないので。
──「べっぴんさん」は派手な演出を抑えて、じんわりとした心の動きを捉える繊細なドラマだと思うんですが、そこに寄り添うように音楽が流れてきます。そのあたりの意識というのはありました?
今までのNHK連続テレビ小説のことはわからないですけど、とても丁寧に作られている作品だと感じています。そもそもこのドラマの主人公は「周りに認められたい」とか「もっと稼ぎたい」とかそういう欲があまりなくて、ただ「子どもたちが気持ちいいと感じる服を作りたい」とか、「生きていかなければならない」というような、すごくまっすぐでキレイなモチベーションが自分の中にあるんですよね。だから制作スタッフの方たちは「丁寧に作りたい」ってずっと言ってるし、音楽を作るにしても1個1個大事に、私宛のメールも「こんなに丁寧に申し訳なさそうに言ってくれるものなの?」と思うような修正のお願いをしてくださったり。そういう物作りをしている方たちに対しては、自分も同じ熱量で向かわないとダメだなと思っています。だから音楽もそういう意味で、派手さはないけど丁寧に作っているし、きちんと足並みをそろえて作品や役者さんたちの支えの1つになるような楽曲になっていると思います。
──メインテーマは上品で華やかな感じですが、「闇市」とかはライブ感のあるサウンドだったりして、その振り幅も世武さんならではだという感じがします。
「闇市」は「『仁義なき戦い』みたいな感じで」って言われて書いていたらああいう感じになりました(笑)。サントラを書くって、ある程度いろんな振り幅で曲を書けないとダメだから、もうちょっと武器が欲しいなと思うこともありますけどね。
余生がないままバーッと走り続けたい
──世武さんは今年だけでもいろんな映画やドラマの音楽を手がけてらっしゃいました。2016年を振り返ってみてどうですか。
いやもう、「何曲書いたねん!」っていう感じです(笑)。私はあんまり多作なタイプではなくて、1曲1曲にものすごいエネルギーを使っちゃうんですよ。でも2015年の「恋仲」ぐらいからかなりたくさん曲を書くようになって、その後に「好きな人がいること」と「べっぴんさん」の制作時期が重なってきて。もうガンガン曲を作ってたときにだんだん慣れてきて「こうすれば毎日曲が書けるのか」ってわかったから制作のスピードも速くなってきました。それと同時に危機感もあって、今自分が出せるものを出し切ったっていうある種の達成感はあるんですけど、「じゃあ来年からどうするの?」と考えたときに、もうちょっと自分の武器を増やしたいと思って。なので今年こんなにたくさん仕事をやらせてもらって思うのは、「ああ、勉強したい」ってことですね。その自分の気持ちが、1番印象的な年でした。みんなに感謝したい。
──更なる向上心を得たことが今年の収穫ってすごくいいことですね。
そうですね。私は老後をのんびり過ごしたいとか思ってなくて、余生がないままバーッと走り続けたいんですよ。でも早死にはしたくないから、そうなるとある程度の年齢まで常に進化し続けなきゃいけないし、勉強し続けないといけないんです。それに音楽に対する自分の美学を貫くからには、信頼してもらうのに武器が少ないとダメだなと思うので。自分が好きな監督と音楽を作りたいとか、もっとたくさんの人に聴いてもらいたいとか、そういうことを叶えるには、自分の力を上げるのが一番いい。それに夢中なんです。
収録曲
- Too Far
- Us
- John Doe
- Honeymoon
- Night Walk
- April 11
- Long Goodbye
- Wonderland(Yoshinori Sunahara Remix)
- 世武裕子「NHK連続テレビ小説『べっぴんさん』オリジナル・サウンドトラック Vol.1」2016年11月23日発売 / ポニーキャニオン / PCCR-646 / 3240円
- 「ANOTHER STARTING LINE」
- 「ANOTHER STARTING LINE」
収録曲
- べっぴんさん メインテーマ
- ものづくり女子、すみれのテーマ
- 歓びWAVE
- すみれの小さな冒険
- ものをつくる
- 四つ葉のクローバー
- シナモンティーの味
- すみれの初恋
- かなしいきもち
- 叶わぬ夢
- お母さんのお裁縫箱
- ゆり、突然の告白
- 夫婦になるって?
- 母の子守唄
- 人は所を得る
- 翳る心
- 漂い
- 厳しさを突きつけられて
- 軍靴の足音
- 出口はあるのか
- 予感
- 人間と戦争
- 人間と戦争(Piano solo)
- 焼け野原
- 帰らぬ人
- 葛藤の日々
- 寂寥
- 強く生き抜く
- 闇市
- 一攫千金を求めて!
- 急成長!オライオン
- 小さいけれど固い信念
sébuhiroko / 世武裕子(セブヒロコ)
東京都葛飾出身、滋賀県育ちのシンガーソングライター、映画音楽作曲家。フランスに留学し、Ecole Normale de Musique de Paris 映画音楽学科を首席で卒業。在仏中には俳優学校で映画演技も学ぶ。パリと東京で短編映画制作に携わったのち、「家族X」で初めて長編映画の音楽を担当。以降、映画やテレビドラマ、数多くのCM音楽を手掛ける。近年、映画では「ストロボ・エッジ」「オオカミ少女と黒王子」「お父さんと伊藤さん」、ドラマでは「好きな人がいること」「べっぴんさん」などの音楽を担当している。シンガーソングライター・ sébuhiroko名義では2015年9月に1stアルバム「WONDERLAND」を発売。11月23日には「L/GB」をリリースし、同日に世武裕子名義でNHK 連続テレビ小説「べっぴんさん」のオリジナルサウンドトラックも発表した。