音楽ナタリー Power Push - sébuhiroko
サントラとオリジナル 反発の音楽家による“2つの道”
シンガーソングライターであり、映画音楽作曲家でもあるsébuhiroko(作曲家としての名義は世武裕子)。最近では「恋仲」や「好きな人がいること」などフジテレビの月9ドラマで音楽を手がけたことも記憶に新しく、現在放映中のNHK連続テレビ小説「べっぴんさん」でもその手腕を発揮している。そんな彼女が2ndアルバム「L/GB」と、「NHK連続テレビ小説『べっぴんさん』オリジナル・サウンドトラック Vol.1」を同時リリースした。
「L/GB」では彼女が好きだというオルタナティブなサウンドが刺激的な美しさで聴く者を魅了する。世武はまったく異なる別人格とも呼べるような2作品をいかにして作り上げたのか。音楽ナタリーでは彼女へのインタビューを行い、2つの作品に込めた思いを聞いた。
取材・文 / 上野三樹 撮影 / 須田卓馬
ポップなものが好きじゃない
──映画やドラマの音楽を数多く手がけてらっしゃる世武さんですが、多忙な日々の中でシンガーソングライターとしての制作意欲というのはどういうところから湧いてくるんですか。
小さいときからサウンドトラックのお仕事がしたくて音楽に触れていたんですけど、サントラはやっぱりその作品のための音楽なんですよね。一方でsébuhiroko名義で作るオリジナルの音楽は自分の表現のために作っているところがあります。なのでサントラのお仕事が多くなればなるほど、自分のオリジナル作品を作っていないと、どこかバランスが取れなくなってくるんです。
──幼少期からクラシックピアノを勉強されていたそうですね。クラシックからポップミュージックへと転向される方はわりといらっしゃいますが、世武さんのようにオルタナティブまで振り切れる方って珍しいように思います。
確かに私の周りにも、クラシック出身だけど実はポップミュージックが好きです、という方がけっこういるんです。でも私はそもそもポップなものがあまり好きじゃなくて、自分の音楽はオルタナだと思っているんです。自分の音楽を語るうえでけっこうそれは大きいと思っていて。音楽だけじゃなくてなんでもそうなんですけど、映画とか本とかもそうですね。サントラはどちらかというとわかりやすいものを書く必要があるケースが多くて、それはまた別の楽しみがあるんですけどね。サントラを書いてるときとsébuhirokoの音楽を作ってるときって、もう人格から違うっていうくらい違うんですよ。今回は「べっぴんさん」のサントラと、このアルバム「L/GB」を同時進行で作ってたんですけど「自分はどうしてこんなつらいことをしてるんだろう」っていうくらい精神が2つに分かれちゃう感じでした(笑)。
──幼少期から映画のサントラを手がけたくて音楽をやってきたとおっしゃっていましたが、では「自分で歌いたいな」と思い始めたのはいつ頃だったんですか?
歌い始めたのはけっこう最近で、世武裕子の名義でリリースした1枚目のミニアルバム「おうちはどこ?」(2008年)を出したときにもまだ歌っていなくて、そのあとに「歌ったらいいんじゃない?」という周りの勧めもあって歌い始めたんです。「歌モノを売るにはポップなほうがいい」とも言われて、好感度の高いものを書こうとしたんですけど、そのときの自己嫌悪感がすごくて。それってポップミュージックが好きでやってる人にも失礼だなと思ったんですよね。好きじゃないのに、そっちのほうが売れるからがんばってポップなものを書こうっていうのが。そんなことをしても作ってる自分も聴いてる人も全員が不幸だなと思って。それからいろんな模索をしながら、「どうしたら自分が好きな歌モノになるのかな」と歌い方を研究しました。そうしたら、前作(「WONDERLAND」)くらいでだんだんと見えてくるものがあって、そのうちに今度はサントラの仕事が順調になってきて、多くの方に聴いてもらったり「いいですね」って言ってもらえたりして。そこで私の中の、認めてもらいたい焦りみたいなものがなくなっていきました。「たくさんの人が共感してくれるような音楽を作らなきゃ」っていう、自分に自分でプレッシャーかけてたところがなくなったんです。そんなときに、レーベルの方も「世武さんは世武さんが思うカッコいい音楽を作ったらいいんじゃないですか」と言ってくれて。
脚本じゃなくて映像として語りたい
──そうしてできたのが今回のアルバム「L/GB」なんですね。ダーク、踊れる、プログレッシブ、ミニマルミュージックというのがテーマだったということですが。
そういうのがもともと好きなんですよね。ここ数年、みんながハッピーで気軽に踊れる感じの音楽が流行っていますよね。それって今の社会が混沌として疲れているからだと思うんですけど。でも少しずつ、その流れもまた変わるんじゃないかなと思うんです。私が好きな、暗い感じの音楽が戻ってくるんじゃないかなと。そもそも、このアルバムは来年のリリースにしようという話もあったんですけど、それでも「べっぴんさん」と同時進行で制作をしたのは、「来年じゃなくて今年中に出したほうがいいんじゃないか?」という直感からなんです。
──1曲目の「Too Far」から世武さんの声に乗ってどこまでも遠い景色を見られるような、そんな気持ちよさと映画1本ぶんくらいの濃度を感じました。
以前は「映像が喚起されるような音楽ですね」って言われることが、ちょっとシンガーソングライターっぽくないし売れなさそうだから嫌だと思ってたんですけど(笑)。今はそれがむしろ自分らしくていいなと思っています。あと、具体的にどこかのカップルの恋愛や生活が見えるような歌詞が苦手なので、それを全部抽象的なものに落とし込んで、脚本じゃなくて映像として語りたいみたいなものはどの楽曲にもあると思います。
──このアルバムに収録されている曲って、オルタナティブでありながら美しい音楽だと思うんです。人それぞれの痛みや悩みはお互いに分かち合えないけれど、空の美しさには「キレイだね」と共感しあえるような、そういう感じなのかなって。
あ、その感じは私が思っていることと近い気がする。例えば誰かと話していて何か答えをもらって、あとになって「あの人の言ってたことってこういうことだったのか」って思う感じに似てる。ある音楽を聴いたとき、瞬間的にみんながみんな共感して盛り上がって、みたいなことってちょっと怖いなと思うときもあるんですよね。サントラの制作をしていると、たまに「誰が聴いても全員が楽しいと思うような曲を」と依頼されることもあるんですけど、それって現象としてはちょっと怖い。楽しい音だけで楽曲を構成する、というのはテクニック的にはできることなんですけど。それを自分の表現で率先してやる人間ではないな、とか考えたり。でもサントラだと私ではなく作品自体が「誰が聴いても楽しくなる」という“使命”を持って作られることがあるし、私もそこに尊敬があるから誇りを持ってやれてるんです。そういう意味でも、オリジナルとサントラの制作スタイルは全然違いますね。
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収録曲
- Too Far
- Us
- John Doe
- Honeymoon
- Night Walk
- April 11
- Long Goodbye
- Wonderland(Yoshinori Sunahara Remix)
- 世武裕子「NHK連続テレビ小説『べっぴんさん』オリジナル・サウンドトラック Vol.1」2016年11月23日発売 / ポニーキャニオン / PCCR-646 / 3240円
- 「ANOTHER STARTING LINE」
- 「ANOTHER STARTING LINE」
収録曲
- べっぴんさん メインテーマ
- ものづくり女子、すみれのテーマ
- 歓びWAVE
- すみれの小さな冒険
- ものをつくる
- 四つ葉のクローバー
- シナモンティーの味
- すみれの初恋
- かなしいきもち
- 叶わぬ夢
- お母さんのお裁縫箱
- ゆり、突然の告白
- 夫婦になるって?
- 母の子守唄
- 人は所を得る
- 翳る心
- 漂い
- 厳しさを突きつけられて
- 軍靴の足音
- 出口はあるのか
- 予感
- 人間と戦争
- 人間と戦争(Piano solo)
- 焼け野原
- 帰らぬ人
- 葛藤の日々
- 寂寥
- 強く生き抜く
- 闇市
- 一攫千金を求めて!
- 急成長!オライオン
- 小さいけれど固い信念
sébuhiroko / 世武裕子(セブヒロコ)
東京都葛飾出身、滋賀県育ちのシンガーソングライター、映画音楽作曲家。フランスに留学し、Ecole Normale de Musique de Paris 映画音楽学科を首席で卒業。在仏中には俳優学校で映画演技も学ぶ。パリと東京で短編映画制作に携わったのち、「家族X」で初めて長編映画の音楽を担当。以降、映画やテレビドラマ、数多くのCM音楽を手掛ける。近年、映画では「ストロボ・エッジ」「オオカミ少女と黒王子」「お父さんと伊藤さん」、ドラマでは「好きな人がいること」「べっぴんさん」などの音楽を担当している。シンガーソングライター・ sébuhiroko名義では2015年9月に1stアルバム「WONDERLAND」を発売。11月23日には「L/GB」をリリースし、同日に世武裕子名義でNHK 連続テレビ小説「べっぴんさん」のオリジナルサウンドトラックも発表した。