「忘れたくなかった」という痛みから生まれた「プルースト」
──通常盤には、4thシングル「フラレガイガール」初回生産限定盤Aのカップリングとして弾き語りバージョンが収録されていた「プルースト」のバンドアレンジが再録されています。「レテ」が忘却をテーマにしているとすれば、この「プルースト」もテーマ的に相通ずるものがあるのでは?
言われてみればそうですね。レテの水を飲んでしまったのか、あるいは……みたいに捉えることもできますね。歌詞にも「大事だった筈の顔が もう思い出せない」とありますし。
──曲名の「プルースト」は、マルセル・プルーストが著書「失われた時を求めて」で主題の1つとして扱った「無意志的記憶」、すなわち味覚や嗅覚を通じて不意に過去の記憶が蘇る現象に由来するものですよね?
はい。私は「忘れたくない」って気持ちがすごく強いんですけど、すぐにいろんなことを忘れてしまうんですね。この曲はそうやって何かを忘れてしまったから書けた曲であり、「忘れたくなかったな」っていう痛みでできた曲でもあります。
──さユりさんも、ふとした瞬間に記憶が蘇るみたいな経験はありますか?
私の場合はそれが音楽なんです。ギターを弾いているとふと匂いが蘇ってきて、そこから曲を作り始めることが多いんですよ。
──その匂いって、具体的に言語化できます?
言葉にするのは、なかなか難しいですね。「プルースト」の場合は、ギターのキーを上げるカポ(カポタスト)を、普通は4か5フレットまでしか付けないんですけど、なんとなく7フレットにはめて弾いてみたら、ものすごく高い、赤ちゃんが泣きわめくような音が出て。その響きから、とても乾いた冬の風の匂いを感じて、そこから曲ができたんです。だから例えばコーヒーの匂いとか、具体的でわかりやすい匂いではないんですけど、そういうはっきりしない、いわば名前のない匂いだからこそ、どうにも愛おしくなったり、何か忘れちゃいけない記憶のような気がしたりして、そういう感覚が曲につながるっていう感じですね。
弾き語りをシングルに収録する理由
──初回生産限定盤のカップリングは、5thシングル表題曲「平行線」の弾き語りバージョンと、新曲の「日向雨」。さユりさんのシングルには必ず弾き語りバージョンが収録されていますが、それはさユりさんの原点だから?
それもありますし、私は作曲するときはギターだけで作るので、その曲の生まれたままの姿と言うか「こういう響きの中で私は作ったよ」っていう、最初の状態を聴いてもらえたら面白いかなって。毎回恒例で弾き語りするのは前シングルの収録曲にしているんですけど、「平行線」は「月と花束」とつながる部分もあるので、結果的に収まりがいい選曲になったなと思います。
──もう1曲の「日向雨」はニューウェーブふうの味付けがされたポップなナンバーで、例えば抽象度の高い「レテ」の歌詞とは対照的な、日記のような具体的な歌詞が印象的です。
日常に落とし込んでますね。でも「日向雨」もやっぱり「月と花束」を作れたから書けた曲だと思うんです。つまり「月と花束」を経て「本当に大事なものってなんだろう?」と考えたとき、それはとてもわかりづらいし、大事な部分とそうじゃない部分を簡単に切り分けられるものでもないんじゃないかなって。だから単純な雨天でも晴天でもなく「外は雨が降っている 晴れてるのに降っている」という、境界が曖昧でよくわからない部分も大事にしたいという気持ちを込めて作りました。
他者と向き合うという行為が、自分と向き合うことに
──さユりさんは1stアルバム「ミカヅキの航海」で、20歳までのご自身の軌跡を総括されました(参照:さユり「ミカヅキの航海」特集)。その次の一手という意味でも、今回の作品はキャリアの中でターニングポイントとなり得る1枚になったのでは?
そうですね。私自身の身にも、アルバムからこのシングルに至る過程で初めて「変化」と呼ぶにふさわしい出来事が起こったんです。デビューしてから「変わりましたよね」みたいなことは幾度となく言われてきたんですけど、そういう自覚はあんまりなかったんですよね。変化していると言うよりは、ただ前を向いて進んできたっていう意識しかなくて。でも、アルバムを出してから明らかに変わりました。
──具体的には?
「ミカヅキの航海」というアルバムタイトルの通り、20歳までの私は船に乗っていたようなもので、その船上と、船を揺らす波や風を含めたものが自分にとっての世界だったんです。で、音楽活動をしていく中で遠くに人がいることがわかって、そこに向かって船を漕ぐことで誰かとつながりを感じることはできてたんですけど、アルバムを作り終えたことで、陸に着いて。船から地上に降りたら当然波はないし、風も凪いでいて。
──自分で歩かないといけない?
そうですね。歩を進めてみると陸にはいろんな人がいて。その人たちと向き合うことで「月と花束」ができたし、その過程で、他者と向き合うという行為が、自分と向き合うことにつながっているという発見があった。それが一番大きな変化ですね。
──最初の話ともつながりますね。あるいは他者によって自己が規定される、みたいな。
一方で、私が抱えている問題ってきっと取るに足らないもので、みんな当たり前にクリアできてることじゃないのかなと常々思っています。だから今までは悲しみ由来の感情を創作の原動力にしていたと言うか、悲しいから光を求めるみたいところがあったし、いざ光を見つけたら見つけたで、今度はその光を直視するのが怖かったんです。でも今はその怖さとも向き合ってみたい。次はそれを描くべきなんじゃないかっていう気がしています。
- さユり「月と花束」
- 2018年2月28日発売 / アリオラジャパン
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初回生産限定盤 [CD+DVD]
1700円 / BVCL-857~8 -
- CD収録曲
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- 月と花束
- 平行線-弾き語りver.-
- 日向雨
- DVD収録内容
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- 月と花束 MV(フルレングスver.)
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通常盤 [CD]
1000円 / BVCL-859 -
- 収録曲
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- 月と花束
- プルースト
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期間生産限定盤 [CD+DVD]
1599円 / BVCL-860~1 -
- CD収録曲
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- 月と花束
- レテ
- 月と花束-アニメ「Fate/EXTRA Last Encore」EDver.-
- DVD収録内容
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- アニメ「Fate/EXTRA Last Encore」-ノンクレジットED映像-
- さユり
- 福岡県出身、1996年生まれのシンガーソングライター。人とは違う感性と価値観を持つことにコンプレックスと優越感を抱き、生きることへの息苦しさを感じる自分を“酸欠少女”と表現している。中学生の頃に地元でライブ活動をスタートさせ、2013年に上京。2015年3月には東京・TSUTAYA O-nestでのワンマンライブを成功に収める。同年8月にフジテレビ系「ノイタミナ」枠のアニメ「乱歩奇譚 Game of Laplace」のエンディングテーマ「ミカヅキ」でメジャーデビュー。2016年2月に2ndシングル「それは小さな光のような」をリリースした。同年6月に配信シングル「るーららるーらーるららるーらー」を配信限定で発表し、iTunesトップアルバム総合チャートで1位を獲得。注目度の高まる中、12月に野田洋次郎(RADWIMPS、illion)楽曲提供およびプロデュースによる「フラレガイガール」をリリース。2017年3月に発表したシングル「平行線」はフジテレビ「ノイタミナ」枠のアニメ「クズの本懐」およびドラマ「クズの本懐」のエンディングテーマに使用され、大きな話題を集めた。5月に1stアルバム「ミカヅキの航海」をリリースし、オリコンウイークリーアルバムランキング3位を獲得。2018年2月にアニメ「Fate/EXTRA Last Encore」のエンディングテーマ「月と花束」を発売する。