澤野弘之|美学を貫いた15年間の軌跡

澤野弘之が劇伴作家活動15周年を記念したベストアルバム「BEST OF VOCAL WORKS [nZk] 2」を4月8日にリリースした。

本作は、アニメ「プロメア」「機動戦士ガンダムNT」「進撃の巨人」など澤野が手がけた劇伴作品より代表的なボーカル楽曲と西川貴教、Do As Infinity、Aimerといったアーティストへの提供曲およびプロデュース作品を収めたDISC 1と、ボーカルプロジェクトSawanoHiroyuki[nZk](サワノヒロユキヌジーク)名義で発表された楽曲の数々を収録したDISC 2で構成された2枚組。音楽家としての充実ぶりが随所で感じられる濃密なベスト盤となっている。

今回音楽ナタリーでは、澤野に15周年という節目を迎えた心境と本音、ベストアルバムの中でも特に思い入れのある楽曲などについてじっくり聞いた。

取材・文 / 須藤輝 撮影 / 竹中圭樹(ARTIST PHOTO STUDIO)

15周年を迎え、焦りを感じる

──澤野さんにとってボーカル楽曲のベスト盤は今作で2枚目になります。1枚目のリリースは2015年2月で、このときは澤野さんの劇伴作家活動10周年であり、またご自身のボーカルプロジェクトであるSawanoHiroyuki[nZk]が始動したタイミングだったので「ここ数年のアニメ作品の劇伴の中からボーカル曲を集めたベスト盤を出したい」とのお話でした(参照:澤野弘之「&Z」&「BEST OF VOCAL WORKS [nZk]」特集)。

はい。

──今回に関しては?

今回は、言ってしまえば作家活動15周年のタイミングで、かつ1枚目のベスト盤を出して以降の5年間で作ってきた劇伴のボーカル楽曲が結果的に自分の今のライブで重要な曲になっている部分もあって。あと大きいのは、SawanoHiroyuki[nZk]がスタートしたのが2014年だから、去年が5周年だったんですよね。なので[nZk]としても何か1つ振り返る機会があってもいいのかなと。その2つを軸にベスト盤を作れたら面白いなと思ったんです。

澤野弘之

──澤野さんは活動10周年を迎えたときと15周年を迎えたときで、気持ち的な変化はありました?

10周年のときは、今言った[nZk]の始動と近かったこともあって、ようやくスタート地点に立てたという感覚だったんですよ。というのも、劇伴を10年間やってきた中でどこかでアーティストとしての活動がしたいという気持ちがあったので。一方で15周年は、そうだなあ……まだ自分の目指している地点に全然達していないというか。[nZk]を始めていつの間にか5年経っちゃったんだなという焦りを感じますね。

──焦りですか。

それは常に感じていることなんですけど、こうやって節目を迎えると余計に。例えば自分が好きだったアーティストと比較して「あの人は10周年から15周年の間にこれだけ飛躍してるのに、俺はどうだ?」みたいに思ってしまって。じゃあこの先、仮に20周年を迎えられるとしたら、次の5年でどれだけ変わっていけるだろうということを考えちゃいますね。

──今おっしゃった「目指している地点に達していない」とは、具体的には?

簡単に言えば、まだ世間的にまったく認知されていないということですね。例えば劇伴ファンの方じゃなくても久石譲さんのお名前はご存知だと思うんですよ。もちろん知名度だけがすべてではないけど、“名が知られている=たくさんの人たちに音楽が届いている”と僕は認識しているので。あと年齢的にも、僕は今年で40歳になるので、「この歳でまだここか」という焦りもあるんです。だから「もう無理なのかな」ってあきらめそうになる瞬間もあったり。でも、それこそ僕が大好きなAerosmithだって……彼らと比較するなんておこがましいにも程があるんですけど、今のようなロックスターになったのは40歳を過ぎてからじゃないですか。そういうのを励みにするじゃないけど、年齢や現状に抗いながらも、ここから先の1年1年の活動に集中するべきだなと、今は思っています。

カッコいいと思うからやるんだ

──今回のベスト盤は、さまざまな作品の主題歌および劇中歌が収録されているのにも関わらず、とても統一感があります。特に[nZk]プロジェクトに関して言うと、バンドやユニットといった集団において、一般的にはボーカリストがその核ないしは顔になると思うのですが、[nZk]ではそれが毎回異なっています。なのにプロジェクトとして一貫性を保っているというのは特殊なことなのでは?

自分の振り幅が狭いだけなのかもしれないですけど……なんでしょうかね(笑)。やっぱりどうしても自分の好きな音というのがあって、あるときからもう開き直ってやっているというか。別に「これが俺だ!」とか強く訴えようと思っているわけじゃなくて、自然とそうなっちゃっているところはありますね。もちろん自分がこれまで作ってきたサウンドの傾向とかも客観的に見ながら、つまり意識してやっている部分もどこかにあると思うんですけど。

──はい。

でも、もともと僕がまだアマチュアの作曲家だった頃は、作品ごとにまったく違う音楽を作る菅野よう子さんに強烈な印象を受けたし、今でも菅野さんのような作家になりたいという欲求はどこかにあるんですよ。つまり「これも澤野の曲だとは思わなかった」みたいに言ってもらえたら、それはそれできっとうれしいはずなんです。でも今の自分は、もちろんいつも同じことをやっているつもりはないんですけど、やっぱり無理に違うことをやろうとするとフラストレーションが溜まっちゃう気がするんですよね。そうなるくらいだったら、自分に甘いのかもしれないですけど、やっぱり「これが好き」というレンジの中で自分なりにサウンドの幅を広げていければいいかなって。

澤野弘之

──インスト曲も含むサントラベスト盤「BEST OF SOUNDTRACK【emU】」(2015年9月発売)を聴けば、澤野さんも“作品ごとに違う音楽を作る作家”だというのがわかるのでは?

本当ですか? でも、確かにそれを試みていた時期の楽曲もあったかもしれないですね。たまたま出会った作品に要求されたという部分も大きかったでしょうけど。

──先ほどおっしゃった「これが好き」というのは、大げさに言えば美意識や哲学ということになるんですかね。

どうなんでしょう? ナルシシズムに近いんじゃないですかね。「俺がカッコいいと思うから、やるんだ」みたいな感覚は、意識的にも無意識的にもあるかもしれないです。

──作家性みたいな話を続けると、以前、オーイシマサヨシさんが「今のアニソンシーンで芸術性と大衆性を両立できているのはEGOISTと澤野弘之さんだ」という意味のことをおっしゃっていて(参照:OxT×MYTH & ROID合同インタビュー)。そういう自覚はありますか?

僕は自分なりのエンタテインメントを目指しているというか、ポップなことを意識していて。僕が好きなアーティストって、小室哲哉さんやCHAGE and ASKAさんといったある時代のエンタテインメントを築いてきた方だし、洋楽にしてもビルボードのチャート上位に入るような音楽を聴いていたので、そういうものを消化したうえで自分の曲として世に出していけたらいいと思っているんですよね。意図的に高度なことをやろうとしているわけではないですけど、自分の音楽が芸術性を伴っていると感じていただけること自体はすごくありがたいですね。