さとうもか「ERA」インタビュー|30歳を迎えて感じる葛藤と変化 (2/2)

変わっていくのは普通のことなんだ

──先ほど「たまたま人生の変わり目について歌っている曲が多かった」というお話がありましたけど、確かに今回のアルバムは“変わっていくこと”について歌った曲がとても多いですよね。例えば「チェーン・オブ・ユース」の冒頭では「変わらないものは 意外と少ないって気づいた日」と歌っていますし、表題曲「ERA」のひと言目「人は止まらないよ」もある意味変化について書かれたものなのかなと。そこにポジティブな感情とネガティブな感情のどちらもあるような気がするんですが、さとうさんの中で“変わっていくこと”というのはどういう意味を持つんでしょうか?

昔の自分は思い出をめちゃくちゃ大切にしていたんですよ。楽しかった日のこととか、うれしかった出来事とかを思い出したり、噛み締めたり、ぼーっと考えたり……そういうことをする時間をわざわざ作っていたくらいで。ただ、新しい出会いがあると「この瞬間が人生で一番楽しい」と思っていた時間が過去のものになってしまったり、かつて感じていた楽しさが薄れていったりすると思うんです。そういうことに、私はずっと悲しさを感じていて。自分自身、変化しているところはあるけど、それに対しても罪悪感を持っていたというか「あー、変わっちゃったなあ」と思っていたし。でも大人になるにつれて「歳を重ねることで変わっていくのは普通のことなんだ」と徐々にわかってきて。そういう価値観の移り変わりは、歌詞にも表れていると思います。

さとうもか

──「自分自身の変化に罪悪感を持っていた」というのは、具体的にどういう変化に対して?

罪悪感と言ったらおおげさかもしれないですけど……もともと私は大学時代とか毎日とても楽しくて、一瞬一瞬の出来事や感情が“一生の思い出”として自分の中に残り続けていくんだろうなと思っていたんですね。でも音楽活動を本格的に初めて、環境が変わったりすることで、思い出が塗り替えられていく感覚があって。昔は小さい頃の記憶も鮮明に残っているタイプだったけど、25歳ぐらいからそれもだんだんおぼろげになってきたし。そういうことに喪失感や寂しさを感じてしまっていたんです。

──今のお話とリンクしそうですが、「ERA」の収録曲の歌詞には「過去」という言葉もたびたび出てきますよね。これまで歩んできた道のりや積み重ねてきた日々と、どう適切な距離感を保てばいいかを探っているような姿勢は、アルバムの1つの核になっているんじゃないかなと思いました。

そうかもしれないです。自分はもともと「過去の出来事を忘れる=それがもうどこにも存在しなくなる」というふうに捉えていたけど、いつからか「たとえ忘れたとしても、これまでの出来事はすべて自分に染み込んでいて、きっと消え去ることはない」と考えるようになって。それは自分の心境の変化としてすごく大きかったし、その変化はアルバムにも反映されていると思います。

──その変化には何か明確なきっかけがあったんですか?

うーん……どうしてそう思えるようになったんだろう。ハッキリとはわからないけど、曲を書いているときに自分の根っこの“変わってなさ”に気付いたり、何年かぶりに会った友達と、当時と変わらない感覚で話せたり、そういう些細な経験が積み重なった結果、考え方に変化が生じたのかもしれない。

──なるほど。一方で、「未完の小説」では「今思い出は 私を困らせるためにあるのです」と歌っていて。この歌詞は、今お話しいただいたような“過去を大切にする”という姿勢とは相反するものでもあるのかなと。

確かにそうですね。でも、過去に思いを馳せることで大切にできなくなってしまうものが、どうしてもあるような気がするんです。“思い出”ってある意味重荷でもあるし、やっぱり人間、持てるものの量は決まっているから。

──過去を大切にすることが自分を勇気付けたり、プラスに働いたりすることもあるけど、時には足枷になることもありますもんね。

うん、そうだと思います。

さとうもか
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人の変化は匂いの変化

──変化についての話で言うと、「チェーン・オブ・ユース」と「ネオン」の両方で“変わっていくもの”の象徴として「香り」という言葉が使われているのが印象的でした。

あ、本当だ。昔、仲よかった人の車に乗ったら以前と匂いが変わっていたことがあったんですけど、それがよっぽど印象に残っているのかも。その人はちょうどその時期にいろいろ変化していたんですけど、急に車内がインドの雑貨屋さんみたいな匂いになって(笑)。人の変化ってけっこう匂いに表れると思うし、そもそも私は匂いに敏感なんだと思います。バスタオルの生乾き臭とかも本当に嫌なので。

──そうなんですね(笑)。「チェーン・オブ・ユース」は、まさに主人公が変化を受け入れていく曲で、アルバムを象徴するようなナンバーだと思いました。

この曲は、半分ぐらいは7、8年前にすでにあって、残りの半分を今年完成させるというかなり不思議な作り方をしました。自分自身7、8年前とはいろいろ考え方が変わったから、自然と変化を受け入れるような歌詞が出てきたんじゃないかなと思います。

──サウンド的にはシティポップやAORっぽさもあって、かなりキャッチーなポップチューンに仕上がっていますね。

そうですね。3年ぐらい前のワンマンで「Loop」という曲をブルーノ・マーズっぽいアレンジで演奏したことがあって。あの感じを音源にしたいなと思って編曲していきました。サウンド的にはすごくさわやかだから、配信リリースのときに「夏っぽい曲です!」みたいなことを言ったけど、歌詞は全然夏の要素がないということにあとから気付いた(笑)。まあそれは別として、自分でもかなり気に入っている曲です。

──「Misty blue」は個人的に“ユーミンっぽさ”をすごく感じます。

本当ですか? うれしい! 「ERA」には、自分の実体験から作った曲とそうではない曲があるんですけど、「Misty blue」は完全に後者ですね。「架空の主人公のことをリアルに考えて、そこから曲を作ってみよう」と思ったことがあって。そのシリーズの1発目として作りました。

──2発目以降の曲も「ERA」に収録されているんですか?

いや、そのシリーズは「Misty blue」だけで終わっちゃいました(笑)。「No message」とかも実体験ではないですけど。これは“少女から大人に変わっていく瞬間”みたいなものを表現したくて作った曲で、初めてそういう部分を意識的に打ち出すように制作しました。過去の曲だと「melt bitter」なんかは自分の実体験をそのまま曲にしていたけど、「ERA」の収録曲はリアルとフィクションがいいバランスで混ざっているような感覚があります。

今の感情を書き残しておきたい

──今回お話をお聞きして、やはり「ERA」はさとうさんにとっての“変化”や“過去”に対する思いがいろんな形で詰め込まれたアルバムなんだなということを実感しました。さまざまな葛藤を通過したうえで、ラストの「予定」で「過去の矛盾を愛することはもうやめて 生きると決めたからだ」と歌うのがアルバムの幕引きとして鮮やかですよね。しかもそれが地元岡山のバンド・スピーチバルーンのメンバーと鳴らす“ザ・バンドミュージック”みたいな曲に乗せられているのがなおさら美しくて。

ありがとうございます。「予定」は、とにかく音楽をがんばろうという気持ちで作りました。2曲目の「リトル革命」も“音楽をずっとやっていたいな”という思いを形にした曲ですね。数年前に、スピーチバルーンと一緒にみんなでツアーを回ることが決まっていたんですけど、コロナ禍でその予定がなくなってしまって。結局開催できないまま私が東京に来て、そこからいろんなことが急激に変わっていってしまった。なので、私の中ではどこかコロナ禍前で気持ちが止まっている部分もあって。「またスピーチバルーンのみんなと一緒に音楽を鳴らせたらいいな」という思いも込めてこの曲を作りました。

──そうだったんですね。そういう自分の中で昇華し切れていない思いを音楽にするのって、ご自身の中でどういう効果を持つものなんですか? 中には、曲にすることにセラピー的な意味合いを見出しているアーティストもいると思うんですが、それとはまた違う?

もちろんセラピー的な要素もあると思うけど、それより「曲にしないといけない!」みたいな気持ちのほうが強いかもしれないです。

──駆り立てられるような感覚というか。

「今の感情を書き残しておきたい!」という思いが強いのかも。それも「思い出を忘れないたくない」と考えるのと共通する部分があるような気がするけど。

──確かに、似た性質の話かもしれないですね。そういう「書き残しておきたい!」という思いは、これからも音楽を続けるうえでの原動力になりそうですか?

これからも原動力にはなると思うけど、残したいものが特にないときもあるから、そういうときにどうすればいいかはずっと悩んでいるんですよね。でも今回アルバムを作るうえで「全部が全部リアルじゃなくてもいいのかな」ということに気付きました。自分のリアルな感情は自然と出てくると思うから、何も自分自身がそこに写っている必要はないのかなって。

──ずっと自分のことについて歌っていたら、すり減っていく部分もあるでしょうしね。

そうですね。自分のことばかり書いてたら「この先こんな感じでずっと続けていけるのかな」と不安になるので(笑)、そのへんはバランスよくやっていければと思います。

さとうもか
さとうもか

公演情報

OUR VOYAGE 2025

  • 2025年1月12日(日)東京都 Time Out Cafe & Diner
  • 2025年1月19日(日)大阪府 EL NAGUE
  • 2025年1月20日(月)京都府 SOLE CAFE
  • 2025年1月24日(金)北海道 AOAO SAPPORO ※フリーライブ
  • 2025年1月26日(日)宮城県 SENDAI KOFFEE CO.
  • 2025年2月9日(日)新潟県 mahorama
  • 2025年2月16日(日)石川県 もっきりや
  • 2025年2月22日(土)埼玉県 amist
  • 2025年3月1日(土)静岡県 DAIDAI
  • 2025年3月2日(日)愛知県 金山ブラジルコーヒー
  • 2025年3月9日(日)福岡県 FOOLS GOLD
  • 2025年3月15日(土)岡山県 BLUE BLUES
  • 2025年3月16日(日)広島県 ref.
  • 2025年4月2日(水)東京都 LIQUIDROOM ※バンドセット

プロフィール

さとうもか

1994年生まれ、岡山出身のシンガーソングライター。3歳の頃にピアノを習い始め、ギター、サックス、合唱、声楽などさまざまな音楽に触れる。音楽短期大学に入学してからはガットギターやピアノの弾き語りを本格的にスタートし、2018年3月に1stフルアルバム「Lukewarm」、2020年8月に3rdフルアルバム「GLINTS」を発表。2021年5月にシングル「Love Buds」でメジャーデビューを果たし、10月に4thアルバム「WOOLLY」をリリースした。2024年に10月に約3年ぶりとなるアルバム「ERA」を発表した。