音楽ナタリー Power Push - 佐藤竹善 クリスマスソング集「Your Christmas Day III」発売記念鼎談 佐藤竹善(SING LIKE TALKING)×さかいゆう×土岐麻子
クリスマスソングとカバーソングの魅力
作品にどれだけストーリーを込められるか
土岐 昔から友達とかに「好きなことを仕事にできてていいね」って言われるんですけど、「それなら好きなことを仕事にしてみればいいじゃん?」って思いませんか?
さかい 好きなことを仕事にしちゃったら、逃げられないからね、もう。
土岐 そうそう。この仕事をメインに活動していると初期衝動とかインスピレーションとかを常に持ち続けなくちゃいけなくて、それは簡単なことではないと思うんですよ。
さかい 1日中仕事してるもんね。朝起きて寝るまで。
土岐 そうなの。それにやっぱり積み重ねてきたものがあればあるほど、さっき竹善さんが言ったように自分のイメージが完成しちゃってるでしょ。だからスタッフを交えて「次のアルバムを作りましょう」って会議をしたときに、自分のインスピレーション全開のアイデアを出しても、それまでの土岐麻子のイメージと比べてどうなのかとか、どういう人に響くのかとか、売りのポイントはなんなのかとか言葉でどんどんセッションしなくちゃいけなくなっちゃったり。その中で自分のインスピレーションや初期衝動っていう説明がつかないものを説明しなきゃいけないと思うと、その要素がちっちゃくなっていったりとかして。すごく難しいことなんですよね。
佐藤 スタッフさんも愛情を持っていろんなアドバイスをしてくれますしね。自分の思いを伝えるのって本当に頭使うし難しい。
土岐 売ってくれる人と、それを発信する人とで脳の使い方が違うのかなって思うんですよ。その中で自分がやりたいことだったり、理由はないんだけどこれはどうしてもやりたいっていうものを新鮮に保っている人が本当にプロだなと思いますし、それを長く続けることは大変だなとも感じますね。
佐藤 うんうん。僕が最初にクリスマスアルバムを出したとき、なんでメジャーで出さなかったかというと、インディーズだったら好きなことができるからだったんです。メジャーから出すってなると、クリスマスアルバムだからこういう内容にしましょうっていう話し合いから始まりますよね。でも説明する前に音を聴かせてしまえば「あ、こういうことがやりたいんですね」ってわかってもらえる。音楽にはそれくらい言葉では説明できない漠然としたイメージの世界っていうものがあるんですよ。あと僕が素直に音楽をやりたいと思った理由の1つとして、素晴らしい先輩がいたということもあります。高校のときに読んだ音楽雑誌で小田(和正)さんが「メジャーセブンとか、マイナーセブンフラットファイブとかのコードを使ってもポップスとして楽しんでもらえる日本にしたい」って言ってたんですよ。あの頃の彼の衝動は、決して難しいコードを使いたいとかじゃなくて、「自分が好きで聴いてる音楽にそういうコードワークやメロディワークがあって、それが普通の歌謡になっていいはずだ」っていうもので。その姿勢を見て「すげえ」って思ったんですよね。リスナーの人たちが音に本気度を感じるのって、きっとアーティストに奥底の熱い気持ちがあるからでしょうし。作品自体は優しくて温かくありながらも。
土岐 小山さんもそうですよね。チョコレートで最高位を獲ったけれど、その事実は表面的なもので。その背景には熱い思いを込めた物語があるわけですし。
佐藤 「PATISSIER eS KOYAMA」っていう名前が付いているだけで商品が売れるのに、小山さんが今回パリに出展したチョコレートはコロンビアの山奥まで実際にどんなものなのか見に行ったカカオで作ったそうで。で、そのチョコレートの話をされた上で、「それにつきましてはこんな曲を作ってもらえませんか?」って言われたら、やれませんとは言えないでしょ?
土岐 すごいですね。本当に行ったなんて。
佐藤 そのチョコを食べさせてもらったんですけど、すごいんですよ。僕グルメじゃないんですけど、本当に味がすごい。ストーリーをイメージして味を作っているっていうのがわかるんです。味に展開があるんですよね。
──コード理論とかアンサンブルはわからないけど、いいということはわかるみたいな感覚ですかね(笑)。
土岐 あはは(笑)。そうかも。音楽も全然知識がない人は、たとえ自分で歌えなくてもいいものはいいと思うわけじゃないですか。チョコレートも私は作れないけれど、おいしいものとそうでないもの、深みのあるものとそうでないもの、思いがあるものとそうでないものっていうのはわかりますし。だから本当に自分がどれだけストーリーを込められるかで、受け取ってくれる人が気付いてくれるのかなって思います。
竹善さんは引き出し屋さん
土岐 このアルバムって、1曲1曲にシーンが浮かんで、すごく映像的な作品だと思いました。ディズニー映画のサウンドトラックと同じような感じかな。主婦や忙しいOLさんも、聴いてると映画のヒロインの気分になれると思います。あとは本当にシンプルに声が気持ちいいです。私はこういう壮大な感じってどうしてもできないんですよ。それってやっぱりその人の持ってるものだったり、生まれ育った環境だったりが影響してるんじゃないかなって。あとこのアルバム、意外と短いですよね。40分くらいしかない。最初飛行機の中で聴かせてもらったんですけど、そのときには大ボリュームのものを受け取ったと思ったんです。で、今度は家を出る支度をしながら聴いてたら、髪を乾かしてる間に終わってて。時間の感覚を忘れられる不思議な感じがありますね。時空がねじれてる感じ(笑)。
佐藤 最近はなるべく1曲を短くしようという気持ちがあって。さらに自分のルーツにあるアーティストをさかのぼっていくと、みんな曲が短いことに気付いたんです。The Beatlesの「I Will」とか2分ないんですよ。でも全然短いって感じない。Queenの「Killer Queen」とかも3分くらいしかないのにすごくドラマチックな展開じゃないですか。ここ何年かはそういうふうな意識に変えていきたいって思っていて。それのほうが曲を書いてて楽しいんですよね。
土岐 あと、竹善さんってデュエットがいつも素晴らしいですよね。私、デュエットって好きなんですけど、人によっては残念なことになるじゃないですか。この人たちの共演だったら聴いてみたいと思って聴いても、1人ひとりのほうがいいなと思ったりとか。やっぱりそれぞれ違う声だし、声と楽器ってまた違うから。竹善さんのデュエットものって、前回のクリス・ハートさんのもそうですけど、男性と歌っても女性と歌ってもすごくいい。今回のSHANTIさんと歌ったものも、平原綾香さんと歌ったものも素敵ですし。
佐藤 デュエットで2人の声が一緒になったときって、AとBがあるんじゃなくてCという別物の声になるよね。自分の中でジョン・レノンとポール・マッカートニーがそうだなと思っていて。ユニゾンしたときに3つ目の声になる。どっちかがどっちかにハモってるんじゃない。デュエットって、相性がいい人とできると歌い手として鳥肌が立つんですよね。
さかい うんうん。あと、ベーシックな曲をデュエットするときってまんまメロディをガーッと歌ったら、普段その曲を歌ってるときより下手になっちゃう傾向にあると思うんです。竹善さんはデュエットが抜群にうまいと僕は思います。岩崎宏美さんと竹善さんのデュエットなんて、あまりにもすごすぎてわけわかんなくなったもん。岩崎さんって「ロマンス」っていう曲のイメージが強かったけど、印象が変わった。竹善さんは引き出し屋なんですよね。綾香ちゃんもそうだけど、デュエット相手の別の魅力を引き出してる。
──確かに見たことない平原さんが見えますよね。
土岐 そうですね。竹善さんって、お1人で歌っていても、サウンドとすごく向き合ってるという感じがするというか、歌でサウンドを引っ張っているように聞こえるんですよね。それって当たり前のようでいて、できる人ってすごく少ないような気がしていて。
さかい 僕は伴奏と歌って分かれちゃってると、けっこう聴いててしんどくなってきちゃうんですよね。竹善さんは曲を伴奏にさせないし、声もただの主役にさせない。自然に気持ちいいところを探してるだけなんでしょうけど。ただ正確なピッチが取れるだけじゃなくて、この声でこの強さでいったときに歌に奥行きが出ることをわかってるんですよね。それはSING LIKE TALKINGの1stアルバムの頃から変わらない。気持ちいいっていうのにそれ以上の理由はないですし。だって、僕が音楽の理論を全然知らない頃に竹善さんの音楽を聴いたときに感じた気持ちいい成分と、今の竹善さんの楽曲を聴いて感じる気持ちいい成分は同じですから。
- 佐藤竹善 クリスマスソング集「Your Christmas Day III」 / 2015年12月2日発売 / UNIVERSAL J
- 佐藤竹善 クリスマスソング集「Your Christmas Day III」
- 初回限定盤 [CD+DVD] / 4320円 / UPCH-7076
- 通常盤 [CD] / 3240円 / UPCH-2059
CD収録曲
- After The Rain(オリジナル:Nelson)
- Please Come Home For Christmas(オリジナル:Eagles)
- Whenever I Call You "Friend" / 佐藤竹善 with SHANTI(オリジナル:Kenny Loggins & Stevie Nicks)
- Let It Snow! Let It Snow! Let It Snow!(オリジナル:ヴォーン・モンロー)
- I'll Be Home For Christmas / 佐藤竹善 feat. The Jazz Creatures(オリジナル:ビング・クロスビー)
- I Need You / 佐藤竹善 with 平原綾香(オリジナル:モーリス・ホワイト)
- O Holy Night / 佐藤竹善 feat. Double Rainbow
- Be Inside My Life(オリジナル曲のリメイクバージョン)
- The Lost Treasure ~The Adventures of Jaime~(~Prologue~ / The Storm(instrumental) / Lost in Time / A Nostalgic Journey / Japonica / The Book - The Witches' Woods - The Challenge to Departure / ~Epilogue~)
初回限定盤DVD収録内容
- The Lost Treasure 失われたアルアコの秘宝~500年の時を経て再び巡り会う、運命のカカオの物語~
佐藤竹善(サトウチクゼン)
SING LIKE TALKINGのボーカリストとして1988年にデビュー。1993年発売の「Encounter」、1994年リリースの「Togetherness」の2作はオリコンウィークリーチャートで初登場1位を獲得した。佐藤の透明感あふれるハイトーンボイスとエバーグリーンな楽曲は多数の音楽ファンを魅了。さらに佐藤の圧倒的な歌唱力はミュージシャンからも絶賛され、他アーティストのコーラスを務めたり、小田和正や塩谷哲とはユニットを結成するなど、ボーカリストとして幅広く活躍した。1995年に発表したカバーアルバム「CORNERSTONES」から、SING LIKE TALKINGの活動と平行して本格的にソロ活動を開始。2013年よりクリスマスアルバムシリーズ「Your Christmas Day」を3年連続でリリースしている。2015年2月にSING LIKE TALKINGの集大成となるオールタイムセレクションアルバム「Anthology」を発売。同アルバム収録曲を披露するライブツアー「SING LIKE TALKING “The Sonic Boom Tour 2015”」では、全国6都市で計1万人以上を動員した。2015年7月にソロとしては初のオールタイムセレクションアルバム「3 STEPS & MORE」を発表した。
- 佐藤竹善|Your Christmas Day III
- シングライクトーキング
- SING LIKE TALKING - UNIVERSAL MUSIC JAPAN
- SING LIKE TALKINGの記事まとめ
さかいゆう
高知県出身の男性シンガーソングライター。20歳で上京し、独学で音楽を始める。2001年に単身渡米しロサンゼルスでストリートパフォーマンスを行いながらピアノを習得。帰国後の2004年頃よりソロ活動を本格化させ、2009年10月にシングル「ストーリー」でメジャーデビュー。胸を打つ歌詞、透明感ある歌声が広く支持されている。また客演も多く、これまでにマボロシ、KREVA、RHYMESTERなどさまざまなアーティストとコラボレーションを行っている。2015年1月にはそんなコラボ楽曲をまとめたアルバム「さかいゆうといっしょ」を発表。同年10月にはシングル「ジャスミン」をリリースし、11月から全国5カ所を回る「さかいゆう TOUR 2015“ジャスミン”」を開催。2016年2月3日には2年ぶりのオリジナルアルバムの発売も決定している。
- さかいゆう TOUR 2015“ジャスミン”
- 2015年11月30日(月)福岡県 DRUM Be-1
- 2015年12月2日(水)大阪府 サンケイホールブリーゼ
- 2015年12月7日(月)愛知県 名古屋CLUB QUATTRO
- 2015年12月10日(木)北海道 cube garden
- 2015年12月19日(土)東京都 中野サンプラザホール
土岐麻子(トキアサコ)
1976年東京生まれ。1997年にCymbalsのリードボーカルとして、インディーズから2枚のミニアルバムを発表する。1999年にはメジャーデビューを果たし、数々の名作を生み出すも、2004年1月のライブをもってバンドは惜しまれつつ解散。同年2月には実父にして日本屈指のサックス奏者・土岐英史との共同プロデュースで初のソロアルバム「STANDARDS ~土岐麻子ジャズを歌う~」をリリースし、ソロ活動をスタートさせた。2015年7月には、コンセプトプロデューサーとしてジェーン・スーを迎え、2年ぶりとなるオリジナルアルバム「Bittersweet」を発売。同年12月にはボーナストラックを4曲加えた「Bittersweet」のアナログ盤と、初のエッセイ集「愛のでたらめ」をリリースする。2015年の締めくくりとして、東京・WWWにて「Bittersweet」リリースツアーの追加公演の実施も決定している。