音楽ナタリー Power Push - 佐藤竹善 クリスマスソング集「Your Christmas Day III」発売記念鼎談 佐藤竹善(SING LIKE TALKING)×さかいゆう×土岐麻子

クリスマスソングとカバーソングの魅力

カバーアルバムはCD-Rに好きな曲を焼いてプレゼントする感覚

──このアルバムの収録曲はカバーソングが主ですよね。いつの頃からか楽曲を手がけることが至上主義みたいな感じになって、カバーというものがちょっと軽んじられてるような雰囲気があるなと思うんです。さかいさんと土岐さんもカバーをよくされているイメージがありますが、お三方にとってカバー曲ってどういうものなんでしょうか?

佐藤 カバーっていう呼び名はそもそも日本だけなんですよ。海外では「カバーです」と明記せずにリリースすることも多いから、実はカバーだったっていう曲が死ぬほどあるんですよ。

──リリースされた年にさっそくいろんな人がカバーしていたりしますよね。

佐藤 向こうだとそれぞれの人に歌われたもの自体が作品という概念なので。もともと曲が作品っていう概念じゃないんですよ。リンダ・ロンシュタットとか自分のオリジナルでヒット曲は1つもないですし。

土岐麻子

土岐 私スタンダードのアルバムを出したときに、スタンダードカバーって書かれたんですよ。で、ネットを覗いたらカバーばっかりみたいなことが書かれてて。スタンダードを歌うことをカバーって言っちゃうの?って思ったんです。歌って、竹善さんがおっしゃっていたみたいに“She”を“He”に三人称を変えたり、歌詞を換えたりしながら歌い継がれていくことでスタンダードになっていくもので、クリスマスソングのスタンダードも最初から「この曲はみんなのものです」って発表されたわけじゃないのに。

佐藤 海外ではカバーして大ヒットしたら、オリジナルアーティストはヒットさせてくれたアーティストをリスペクトして一緒に歌ったりしていて、懐が広いですよね。海外だとそういうやりとりがいっぱいあるのに、日本はどうしても相手を競争相手みたいに捉える。それもあってカバーを始めたってところもありますね。

──アーティストがカバーを発表することで、好みがわかりますよね。チョイスする喜びみたいなものもあると思いますし。

佐藤 昔はカセットテープでしたけど、今だったらCD-Rに好きな曲を焼いて友達にプレゼントしたりとかするでしょ? 僕はそれと同じ感じで選曲してますね。今回SHANTIと歌った「Whenever I Call You "Friend"」は大学2年ぐらいのときに初めて聴いて、いつかカバーできたらいいなって思ってた曲なんですよ。

音楽とチョコレートは同じ?

さかい 最後の組曲「The Lost Treasure ~The Adventures of Jaime~」がすごかったです。

土岐 うん、これは本当にすごい。

──いろんなエッセンスが組曲という形に詰め込まれていますね。

佐藤 一応組曲にはなってるんですが、組曲というよりはミュージカルのシーンが進んでいく感じをイメージしたんですよ。今回コラボした「PATISSIER eS KOYAMA」のオーナーシェフ・小山進さんが新作ショコラの物語を持ってきてくれて、これをなるべく伝えられるような曲にしてほしいとリクエストがあったので。

──小山さんと音楽でコラボするというアイデアはどういう経緯で出てきたんですか?

左から佐藤竹善、さかいゆう、土岐麻子。

佐藤 小山さんとは2年ぐらい前に友達になって、最初は「クリスマスアルバムのジャケットでコラボしませんか」ってお誘いしました。それで打ち合わせをしたときに小山さんから「実は今度パリの国際大会に4種類のショコラを出品します。映像と音楽とそのショコラでコラボをしたいんです」っていう壮大な話が出てきて。小山さんが創作した物語を拝見させていただいて、ショコラを作るという行為と、音楽を作るという行為には共通する部分があると思ったんです。チョコレートはカカオの実を発酵させたものが原料で、それに砂糖を加えて作っていくんですけど、最初はスペイン人が原住民から略奪したカカオをもとに作られたらしいんですよ。ポップス音楽も黒人音楽や歴史がルーツにあって、そこから発展していったものでしょ? で、そのショコラの物語の根っこには自分がここにいられることに対しての感謝がつづられている。そういう伝統とかルーツへの感謝が土台になっているところにも共感しました。だからそれをなるべく音楽的に表現できたらいいなと思いました。

──小山さんって情熱的な人なんですね。

佐藤 彼はもともとミュージシャンにもなりたかったし、映像作家にもなりたかったそうなんですよ。最終的にショコラに魅せられていったんですけど。いつか映画じゃないけど、総合芸術としてこういうものを作ってみたかったみたいで。ちなみにこの曲のトラックダウンが終わったぐらいで、コンクールで5年連続最高位を獲得したというニュースが入ってきて、えらく話題になってましたね。

牙を隠し持ってる

さかい 僕、竹善さんに“ずっと子供”っていうイメージがあるんですよ。好きなことを継続してやってて、しかもずっと牙を剥いてる。竹善さんと熱く語ってると、“おこ”になる瞬間が見えるんです。怒りってすごくクリエイティビティをかきたてるものじゃないですか。だからそれをずっと持ち続けてるのがすげえなと思う。このアルバムを聴いたときも「表面上は幸せに満ちあふれてるけど、ずっと子供でいるためにいろいろ戦ってるんだろうな」って感じました。竹善さんの音楽からは戦ってることがすごく伝わってくるんですよね。昔から竹善さんは僕にとって心の先生なんです。大好きなものに没頭するためにいろんな戦いがあるんだなって感動しました。

──佐藤さんはさかいさんの牙を持っているという表現に自覚はありますか?

佐藤竹善

佐藤 牙かどうかはわからないけど、どこかでずっとツッパッてるんだろうなっていうのはすごく自分で感じますよ。僕は基本的に聴いてるものとやってるもの……つまりは趣味と仕事の差が開いていってしまったら音楽をやめようといつも思ってるんです。それは今も変わってない。若いときはまだ結果が出てない状態だし、自分のイメージもできあがってないからそういう意識をみんな自然と持てるんですよね。だけどある程度売れると、売れたときのカラーがファンにとっての一番好きなものになってしまう。でも自分は変化していきたいんですよ。より深いものを知っていきたいし、知っていったら、知る前に感動していたものにはそれほど感動しなくなって、もっと深いものを求めるようになってしまうから。で、それがそのまま作品や活動に出ていなかったら、絶対後悔するなと思ってるんです。オフコースとか達郎さんとかが若い頃にそういうふうに活動していたのを見て、非常に感銘を受けて。僕らがレコード会社に入ったときに、歌のこぶしを回すなって言う人もいました。

──それはなぜですか?

佐藤 カラオケで歌えないから。そのときはカラオケブームだったんですよね。こぶしもメロディの一部なのにやらせてもらえないなんて納得いかなくて、レコード会社の人と激論しました(笑)。だって演歌歌手にはこぶしを取って歌えなんて言わないんですよ。あともう1つ心がけていたことがあって、それはオリジナリティや個性っていう言葉に逃げないこと。どこかでこれが俺の味だ、これが俺のスタイルだって決めてしまった瞬間にそれは言い訳になっちゃうから。

さかい おお! 竹善さんの“おこ”な部分が出てきた!(笑)

佐藤 あはは(笑)。オリジナルの曲を「これが俺の個性だ!」っていう偉そうな姿勢で書きたくない。ただただスティーヴィーの曲に追いつきたいなとか、ただただポール・マッカートニーみたいに歌えるようになりたいなとか、そういうふうに思ってるだけ。彼らも先達に対して、そう感じながら書き続けていると明言しているように。マネとかパクるとかとは別次元で。話は戻るけれど、クリスマスアルバムも「日本になぜ深みのあるクリスマスアルバムがないんだ!」っていうある種の怒りから始まってるのかもしれない(笑)。

さかいゆう

さかい 竹善さんはとにかく作品が優先ですよね。KREVAさんが「先に作品があって、それを追いかけてくれるファン、追いかけてくれるスタッフを作りたい」って言ってて、その感じと同じだなと思いました。ターゲットがわからないっていうのはすごくいいことですよね。僕は売れなくても自分の思ってることをぶちまけたいんです。別にそれをしていても売れなくはないし、食っていけるし。それだけをやって死んでいきたいなっていつも思うんです。竹善さんの作品を聴くと、そういう姿勢にロックスター然としたものを感じるんですよ。なんだかティーンを対象にしたロックバンドよりハートがロックというか……どちらかと言うとパンクですね。あらゆるところに牙を隠し持ってると思う。だからカッコいいなってずっと尊敬してるんです。

佐藤 単純に「自分はどういう立ち位置の人間か」っていうところに正直に活動してるんです。お客様が喜ぶ曲を歌うことに幸せを感じるなら、それでいいとも思う。だけど、それだけがプロの世界ではない。少なくとも、僕が愛したシーンを作ってきた人たちは99%、お客様基準ではないと思ってますが、これぐらいの年齢になってくると、世間が作り上げた自分のイメージから逃げられなくなる気持ちもわかる。食っていかなきゃいけないから。だから結局のところ、ドームをいっぱいにする人も、ライブハウスに毎回50人集めながら年間200本回ってるような人も自分に正直にやっているならば心の幸せ感は一緒なんです。そしてその正直が、本当の「正直」かを知っているのは本人だけです。

佐藤竹善 クリスマスソング集「Your Christmas Day III」 / 2015年12月2日発売 / UNIVERSAL J
佐藤竹善 クリスマスソング集「Your Christmas Day III」
初回限定盤 [CD+DVD] / 4320円 / UPCH-7076
通常盤 [CD] / 3240円 / UPCH-2059
CD収録曲
  1. After The Rain(オリジナル:Nelson)
  2. Please Come Home For Christmas(オリジナル:Eagles)
  3. Whenever I Call You "Friend" / 佐藤竹善 with SHANTI(オリジナル:Kenny Loggins & Stevie Nicks)
  4. Let It Snow! Let It Snow! Let It Snow!(オリジナル:ヴォーン・モンロー)
  5. I'll Be Home For Christmas / 佐藤竹善 feat. The Jazz Creatures(オリジナル:ビング・クロスビー)
  6. I Need You / 佐藤竹善 with 平原綾香(オリジナル:モーリス・ホワイト)
  7. O Holy Night / 佐藤竹善 feat. Double Rainbow
  8. Be Inside My Life(オリジナル曲のリメイクバージョン)
  9. The Lost Treasure ~The Adventures of Jaime~(~Prologue~ / The Storm(instrumental) / Lost in Time / A Nostalgic Journey / Japonica / The Book - The Witches' Woods - The Challenge to Departure / ~Epilogue~)
初回限定盤DVD収録内容
  • The Lost Treasure 失われたアルアコの秘宝~500年の時を経て再び巡り会う、運命のカカオの物語~
佐藤竹善(サトウチクゼン)

SING LIKE TALKINGのボーカリストとして1988年にデビュー。1993年発売の「Encounter」、1994年リリースの「Togetherness」の2作はオリコンウィークリーチャートで初登場1位を獲得した。佐藤の透明感あふれるハイトーンボイスとエバーグリーンな楽曲は多数の音楽ファンを魅了。さらに佐藤の圧倒的な歌唱力はミュージシャンからも絶賛され、他アーティストのコーラスを務めたり、小田和正や塩谷哲とはユニットを結成するなど、ボーカリストとして幅広く活躍した。1995年に発表したカバーアルバム「CORNERSTONES」から、SING LIKE TALKINGの活動と平行して本格的にソロ活動を開始。2013年よりクリスマスアルバムシリーズ「Your Christmas Day」を3年連続でリリースしている。2015年2月にSING LIKE TALKINGの集大成となるオールタイムセレクションアルバム「Anthology」を発売。同アルバム収録曲を披露するライブツアー「SING LIKE TALKING “The Sonic Boom Tour 2015”」では、全国6都市で計1万人以上を動員した。2015年7月にソロとしては初のオールタイムセレクションアルバム「3 STEPS & MORE」を発表した。

さかいゆう

高知県出身の男性シンガーソングライター。20歳で上京し、独学で音楽を始める。2001年に単身渡米しロサンゼルスでストリートパフォーマンスを行いながらピアノを習得。帰国後の2004年頃よりソロ活動を本格化させ、2009年10月にシングル「ストーリー」でメジャーデビュー。胸を打つ歌詞、透明感ある歌声が広く支持されている。また客演も多く、これまでにマボロシ、KREVA、RHYMESTERなどさまざまなアーティストとコラボレーションを行っている。2015年1月にはそんなコラボ楽曲をまとめたアルバム「さかいゆうといっしょ」を発表。同年10月にはシングル「ジャスミン」をリリースし、11月から全国5カ所を回る「さかいゆう TOUR 2015“ジャスミン”」を開催。2016年2月3日には2年ぶりのオリジナルアルバムの発売も決定している。

さかいゆう TOUR 2015“ジャスミン”
2015年11月30日(月)福岡県 DRUM Be-1
2015年12月2日(水)大阪府 サンケイホールブリーゼ
2015年12月7日(月)愛知県 名古屋CLUB QUATTRO
2015年12月10日(木)北海道 cube garden
2015年12月19日(土)東京都 中野サンプラザホール
土岐麻子(トキアサコ)

1976年東京生まれ。1997年にCymbalsのリードボーカルとして、インディーズから2枚のミニアルバムを発表する。1999年にはメジャーデビューを果たし、数々の名作を生み出すも、2004年1月のライブをもってバンドは惜しまれつつ解散。同年2月には実父にして日本屈指のサックス奏者・土岐英史との共同プロデュースで初のソロアルバム「STANDARDS ~土岐麻子ジャズを歌う~」をリリースし、ソロ活動をスタートさせた。2015年7月には、コンセプトプロデューサーとしてジェーン・スーを迎え、2年ぶりとなるオリジナルアルバム「Bittersweet」を発売。同年12月にはボーナストラックを4曲加えた「Bittersweet」のアナログ盤と、初のエッセイ集「愛のでたらめ」をリリースする。2015年の締めくくりとして、東京・WWWにて「Bittersweet」リリースツアーの追加公演の実施も決定している。

土岐麻子「愛のでたらめ」
「愛のでたらめ」
[書籍] 2015年12月10日発売 / 1620円 / 二見書房 / 9784576151502
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土岐麻子「Bittersweet(アナログ)」
「Bittersweet(アナログ)」
[アナログ2枚組] 2015年12月18日発売 / 3780円 / avex / JET SET / JSLP050
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