ナタリー PowerPush - 指田郁也

渾身の新曲「バラッド」が生まれた背景

個人個人の愛を書きたくなった

──そう言われてみると、今回の新曲「バラッド」の根っこの部分にも「もっともっと自分を投げ出した上で聴いてくれる人たちとつながりたい」という思いがあるのがわかります。

指田郁也

あ、そうですね。今回はネガティブワード満載の歌詞なんですけど(笑)、こういうことを伝えたいっていうのがハッキリあって。まず「愛」というキーワードが出てきたんです。でも「愛」という言葉だけだと漠然としてて、大きなものになってしまう。そこで、みんなは普段どんなことを考えているのか知りたくなって、いろんな人のTwitterとかブログとかFacebookとかを見たんですよ。そこで思ったのは、本当はみんな愛が足りてないんじゃないかなって。そこを突き詰めて書きたくなったのが、パーソナルな愛、個人個人の愛ということなんです。

──いろんな人のSNSを見ていて、どうしてそういうふうに感じたんです?

僕はTwitterもやらないし、まあ一応ブログは書いてますけど、そこで自分の考えを表明したいみたいな感じはないんですよ。あんまり自分の考えを大衆に向けて言いたいみたいなのはなくて、だからこそ音楽という表現の仕方をしているんだと思うんですけど。でもいろんな人のTwitterとかFacebookとかブログとかを見てると、世の中に対してこういうことを言いたいとか、あるいは本当だったら親友にしか話せないようなパーソナルなこととかを書いたりしている。そういうのを読んで僕、けっこうショックを受けたんです。こんなに個人的なことを、みんなこういう場で書くんだなって。逆に言うと、実際の生活の中でそれを言える人はどのくらいいるんだろ、とも思って。そう考えたときに、本当は人と人とで実際につながりたいという気持ちがあるのに、自分はどうしたらいいのかわからない、そういう行き場のない愛みたいなものがあるってことを強く感じたんですよね。で、これを無視していいのかなっていう気持ちになって。

──なるほど。

でも、この曲を聴いて、みんなはこうしてくださいとかっていうことではないんですよ。この歌はあくまでも僕からの投げかけであって。だから、この曲に対してのみんなの反応というのを早く知りたいところなんです。グサッと心に刺さる曲を書きたいという思いから始めたものなので、どう刺さったかを早く知りたい。

「僕は僕が大嫌いで」

──「僕は僕が大嫌いで」というなかなか強烈な1行で、まさしく刺さるようにこの歌は始まります。この部分は指田さんが内向的だった頃に書いたんじゃないかなと僕は思ったんですが。

はい。まさにその通りで。これまでボツにした曲の中にもこういうネガティブワード満載のものがいくつかあるんです。「僕は僕が大嫌いで」という言葉も以前の暗い曲の中にあったものなんですけど、それを表現する機会が今までなくて。今回はこのテーマにぴたっと重なるなと思って、それでいきなり冒頭に持ってきたんです。

──こうした心に正直な言葉をたくさん書き留めていたわけですか?

指田郁也

はい。心の病にかかっていた中学生の頃から日記をつけていたので。それも長ったらしい日記じゃなくて、例えば「嫌だ」とか「真っ暗」とか、感情を一言だけ書いたりとかしていたんですよ。そのノートは捨てないで取ってあるんですけど、見返すとどんな思いで自分はうつむいていたのかとか、そういうことも思い出せる。それは過去のこととして捨て去るのではなく、ある意味では僕がずっと大事にして表現していきたい部分なんです。

──今の自分はどうですか? だいぶ好きになれましたか?

はははは(笑)。うーん、好きと言っていいのかわからないけど、なんか自分に慣れましたね。自分というのはこういう人間なんだって最近やっとわかってきた感じなんですよ。それまではけっこう自分が持っている壁とかに悩まされたり、振り回されたりしてたんですけど、そこに向き合うことでだんだん何が苦手で何が得意なのかもわかってきたし。

──ある意味、指田さんにとっての音楽表現とは、大嫌いだった自分がそうじゃなくなっていくための旅のようなものなのかもしれないですね。

ああ、そうかもしれないですね。昔だったらそういうことを隠したがっていたと思うんですよ。「居場所なんかない毎日の中をずっと歩いてる」っていうところも、当時の自分だったらこんなふうに書けてない。でも今はこういうことを直截に言いたくなったというか。

──中学生の頃にネガティブな感情を日記に記したりしていたのは、書くという行為がある意味での自分セラピーみたいになっていたからなんでしょうかね?

そうなんでしょうね。やっぱりどうしても抱え込んじゃう。人と話さなかったので。親とも話さない、先生とも話さない、友達とも話さない。じゃあ誰と話すんだっていったら、自分とっていう、そういう中学生だったので。

──今はどうです? 曲を書いて歌うことがセラピーだとは思っていない?

どうですかね……。いや、でもそういうところがなくなったら非常にしんどいと思います。書く行為や歌う行為を奪われたら、どうしていいかわからなくなりますね。

──だから結局、指田さんは音楽表現に行き着き、それを獲得したわけですね。だからこそ、そこにたどり着いた現在までのことをしっかり表現して伝えていきたいとも思っている。

ああ、そうですね。

──「居場所なんかない毎日の中をずっと歩いてる」と歌われていますが、しかしこれを聴いた人はおそらく暗い気持ちにはならない。歌い方によるものでもあるんでしょうが、ある種の共感を得ることができるし、それによってどこか優しい気持ちにもなれる。それはかつて居場所の見つからなかった指田さんがいて、そこから音楽表現を獲得していったからこそのリアリティや説得力が働いているからだと思うんです。

確かに僕はそういう経験をして、そのときに音楽があってくれたのでなんとか表現する側に回ることができたんだと思うし、そういう経験をしてきたからこそ表現を続けたいと思っている。この歌もそういう経験を生かして書けたかなと。

ニューシングル「バラッド」/ 2013年8月7日発売 / Warner Music Japan
初回限定盤 [CD+DVD] 1575円 / WPZL-30655~6
通常盤 [CD] 1050円 / WPCL-11535
CD収録曲
  1. バラッド
  2. ○月×日なぜか海へ向かう。
  3. バラッド(instrumental)
  4. ○月×日なぜか海へ向かう。(instrumental)
初回限定盤DVD収録内容
  • ラブソング(@shibuya duo MUSIC EXCHANGE(2012/12/21))
  • 明日になれば(@shibuya duo MUSIC EXCHANGE(2012/12/21))
  • 花になれ(@7th Floor(2013/6/20))
指田郁也(さしだふみや)
指田郁也

1986年東京生まれ。3歳からクラシックピアノを習い、15歳から作曲活動を開始。2010年にワーナーミュージック・ジャパンが主催する「VOICE POWER AUDITION」で、約1万人の応募者の中からグランプリを受賞する。同年10月にシングル「bird / 夕焼け高速道路」でデビュー。同時期に東京・日本武道館で開催された「WARNER MUSIC JAPAN 100年MUSIC FESTIVAL」ではオープニングアクトとして出演し、新人とは思えない堂々としたパフォーマンスを披露した。2013年8月、1年2カ月ぶり通算4枚目のシングル「バラッド」をリリースする。