音楽ナタリー PowerPush - サザンオールスターズ
「葡萄」を読み解く全曲レビュー&3つの考察
ほかに誰もこんな音楽をやっている者はいない
文 / 高橋健太郎
「葡萄」のジャケットデザインは、明治生まれの画家・岡田三郎助の代表作である「あやめの衣」を下敷きにしているという指摘がある。神奈川・ポーラ美術館に所蔵されているというその「あやめの衣」を見てみると、確かに肩をはだけた着物姿の女性はまったく同じ構図である。
しかし、僕が「葡萄」のジャケットを見て最初に思ったのは、そこにある着物の色柄がトッド・ラングレンの「Something / Anything」に似ている、ということだった。偶然? そんな訳はない。「和」の色が濃厚なジャケットの中に、洋楽ファンをアレ?と思わせる色を忍ばせた作りは、和洋折衷を極めてきたサザンの音楽性とそのまま重なるのだから。
僕は桑田佳佑と同じ1956年生まれである。ゆえにサザンの和洋折衷な音楽性の“洋楽”サイドについては、経験を共有している部分が多い。サザンのことを知ったのは1977年の春頃、当時出入りしていたヤマハ渋谷店のスタジオで、ほどなく1階のヤングステージで演奏する彼らを観てから、ライブに足しげく通うようになった。Little Featやレオン・ラッセルなどに影響を受けた同世代のロックバンドが、とんでもなくオリジナルな音楽を奏で始めていることに、僕は独りで熱狂していた。
しかし、Little Featやレオン・ラッセルといった名前も、現在ではどれだけの人に通ずるかわからない。気が付けば、1978年のサザンのデビューアルバムから数えても、37年が過ぎている。かつて、彼らのサウンドの向こう側に見えた欧米のロックも大きく姿を変えた。一方、和洋折衷の“和”サイドは?と言えば、そこに強い影を残す昭和歌謡も、今はもう存在しない音楽である。大学時代に知った同世代のバンドが同じメンバーで演奏し続けているということだけでも目眩を覚えるが、加えて、サザンはその後の音楽史とはほぼ無関係に活動を続け、気が付けばそこにある和洋折衷も幻影と幻影のミクスチャーのようになって、不思議な空間を生み出している。
「葡萄」では、その不思議な空間を恐ろしく濃密な熟成感が満たしてもいる。冒頭こそ、四つ打ちのディスコビートに導かれた「アロエ」で意表を突くものの、その後は、少なくとも音楽的には現在進行形のシーンと触れ合うようなリアルタイム性は薄い。あたかも孤島で独自の進化を遂げてしまったかのような音楽であり、ラジオから流れてくれば、ああサザンだ、と誰もが思うものの、見渡せばほかに誰もこんな音楽をやっている者はいない、というスタイルだ。
一方で、歌詞について言えば、それはまさしく“リアルタイム”だ。そして、そのリアルタイム性ゆえに、そこでもサザンは孤立している。政治的文脈で各曲の歌詞を取りざたすることはすでに各所で行われているから、ここで文字数を使うことはしないが、桑田佳祐のような男がこんな歌を歌う世の中になってしまったのだ、ということ。逆から言えば、こんな世の中なのに、桑田佳祐ぐらいしかこんな歌を歌っていないということ。「葡萄」はその2つを社会に叩き付けているアルバムとも言えるだろう。
アルバム中で、素早く好きになった曲は2つのラブソング。「はっぴいえんど」と「道」だ。前者には「ボクよりも長く 生きるキミよ」という一節がある。死が視界に入ってくる同世代の男の歌として聴くこともできるが、エレクトリックピアノやストリングスに彩られた奥行き深いサウンドの中で丁寧に歌い込まれるそれは、他界した大滝詠一に捧げられているようにも聞こえる。
「道」はより自伝的な内容だが、12弦ギターのストロークをバックにしているのが耳を引く。そこで意識されているのは初期のデヴィッド・ボウイだろう。それはシンガーソングライター的な曲を歌うときでも、どこかに演劇性を付け加えてしまう桑田佳祐の照れを感じさせる音でもある。
この2曲を繰り返し聴いていると、「葡萄」の核心は死ぬまで連れ添う男女への讃歌のようにも感じられてくる。そこからまた、アルバム全編を聴き返すと、多くの曲で原由子のキーボードが歌と掛け合い、絶妙な並走を見せていることに気が付いた。
高橋健太郎(タカハシケンタロウ)
1956年生まれ。大学在学中より「Player」などの音楽誌で執筆を始め、新聞や一般誌にもレギュラーを持つ。音楽評論家 / 文筆家として活躍するとともに、プロデューサー、レコーディングエンジニアとしても活動。2000年にインディーズレーベル「MEMORY LAB」を立ち上げたほか、音楽配信サイト「OTOTOY」の設立にも携わる。
欧米音楽のエッセンスを咀嚼しながら、
現代の日本を描き出す
文 / 大石始
桑田佳祐は自身のラジオ番組「桑田佳祐のやさしい夜遊び」において、「ソロで『声に出して歌いたい日本文学』というのをやったときに、日本語の美しさとか、ニュアンスの持たせ方とか、先達の表現力の豊かさに驚きまして」と話している(「サザンオールスターズ2015 official site」にて“再録企画”としてテキストを公開中)。これまでにも数多くの人々が指摘してきたように、桑田は日本語によるポップスに革命的な言語感覚を持ち込んだ。どのようにして英語的なアクセントと発語法を日本語詞に持ち込むか。その絶え間ない挑戦を経て、現在の桑田のスタイルは勝ち取られてきたわけだが、夏目漱石「吾輩は猫である」や太宰治「人間失格」など日本文学の一節にメロディを付けた「声に出して歌いたい日本文学」をきっかけに、桑田は“日本語”の響きを再認識したというのだ。
サザンオールスターズのニューアルバム「葡萄」の数曲からは、そうした日本語への意識がうかがえる。中でも「月はおぼろ 花麗し」などという古風な言葉がしっとりとした余韻を残す「イヤな事だらけの世の中で」に「声に出して歌いたい日本文学」以降の言語感覚がはっきりと跡を残しているほか、誰もが一度は経験する恋模様を詩情あふれる言葉でつづった「はっぴいえんど」や「ワイングラスに消えた恋」にも──恋愛そのものと同じように決して単純ではない──複雑なニュアンスが込められている。その他の楽曲においても「夢」や「幸せ」「愛」といった言葉が決して陳腐に響かないのは、1つひとつの言葉に含まれたニュアンスの豊かさ故だろう。
ちなみに、「葡萄」のジャケットを飾る女性像は、岡田三郎助の「あやめの衣」(昭和2年)がモチーフとなっており、それは「あやめの衣」に対する美しいオマージュとも言える。岡田三郎助は明治時代末から昭和に活動した日本近代洋画の大家。彼の色彩感覚を支えているのは明治30年、岡田が文部省留学生として渡ったフランスで学んだ外光派自然主義の手法だった。
フランスで学んだ外光派自然主義の手法を使いながら、この列島に生きる者の美しさを描いた岡田三郎助と、さまざまな欧米音楽のエッセンスを咀嚼しながら、現代の日本を描き出そうとするサザンオールスターズ。僕には両者の方向性が重なっているように思えてならない。
また、桑田は先ほど引用したものと同じ「桑田佳祐のやさしい夜遊び」において、欧米へのコンプレックスの裏返しとして活動していたかつてと比べ、より“自分たちらしい表現”へ向かっているという現在の心境を口にしている。ただし、“自分たちらしさ”を追い求めながらも、サザンオールスターズが自閉していくことはない。むしろ日本列島に住む人間として何を表現できるのか、何を表現すべきか、と視野を広げているようにも見える。このアルバムでは、場末の酒場の風景(「天井棧敷の怪人」「青春番外地」)や男と女の欲望がスパークする浜辺の風景(「天国オン・ザ・ビーチ」)のほか、さまざまな障壁や混乱、いざこざも紛れもない日本の一部として描かれる。そして、その上で桑田は「明けない夜はないさ」(「アロエ」)と歌うのである。
レコード会社から送られてきた資料には「大衆音楽の粋、ここに極まれり!」という言葉が誇らしげにつづられている。国民音楽としての“正しさ”を追い求めるのではなく、時に下世話な大衆音楽道をひたすら突き進んできたサザンオールスターズならではのニューアルバム「葡萄」。大衆音楽が持つ力強さ、美しさ、生命力、繊細さ、豊かさ……要するにすべてがここにはある。
大石始(オオイシハジメ)
1975年生まれ。旅と祭りの編集プロダクション「B.O.N」のライター / エディター。ワールドミュージックから各国の新興ダンスミュージック、伝統芸能などの取材記事を執筆。「大韓ロック探訪記」「GLOCAL BEATS」など編著書も多数。東南アジアのポップカルチャーを紹介する文化放送「MAU LISTEN TO THE EARTH」のパーソナリティーも務める。
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- ニューアルバム「葡萄」2015年3月31日発売 / タイシタレーベル
- 完全生産限定盤A [CD+グッズ+DVD] / 7020円 / VIZL-1000(CD+オフィシャルブック「葡萄白書」+“おいしい葡萄の旅”Tシャツ+ボーナスDVD / 特製BOX入り)
- 完全生産限定盤B [CD+グッズ+DVD] / 4860円 / VIZL-1010(CD+オフィシャルブック「葡萄白書」+ボーナスDVD / 特製BOX入り)
CD / アナログ収録曲
- アロエ
- 青春番外地
- はっぴいえんど
- Missing Persons
- ピースとハイライト
- イヤな事だらけの世の中で
- 天井棧敷の怪人
- 彼氏になりたくて
- 東京VICTORY
- ワイングラスに消えた恋
- 栄光の男
- 平和の鐘が鳴る
- 天国オン・ザ・ビーチ
- 道
- バラ色の人生
- 蛍
サザンオールスターズ
1975年に青山学院大学の音楽サークルで結成。現在のメンバーは桑田佳祐(Vo, G)、関口和之(B)、松田弘(Dr)、原由子(Key)、野沢秀行(Per)の5名。1978年6月にシングル「勝手にシンドバッド」でデビューし、独自の音楽性が当時のシーンに衝撃を与える。1979年3月に3rdシングル「いとしのエリー」の大ヒットにより幅広い層に受け入れられ、名実ともに日本を代表するロックバンドの仲間入りを果たす。その後も時代の変化に伴い、さまざまなアプローチで革新的かつ大衆的な楽曲を発表。1992年7月のシングル「涙のキッス」が初のミリオンヒットを達成し、1999年発表の「TSUNAMI」は293万枚の売り上げを記録する。その後デビュー30周年を迎え、バンドは2009年から無期限活動休止期間に突入していたが、2013年6月に活動再開を発表。同年8月に54thシングル「ピースとハイライト」をリリースし、大規模な全国ツアーを開催した。2015年3月、前作「キラーストリート」以来9年半ぶりのオリジナルアルバム「葡萄」をリリース。4月からは全国10都市21公演のツアー「おいしい葡萄の旅」を実施する。