自分の中で大きな何かが終わった
──「DUSK」の主人公が夢を失い、春休みの終わりを迎える物語ですが、“夜明け”を意味する一方の「DAWN」はどんな主人公ですか?
大事なものを手に入れていきつつ、なくしてしまったものをどうしても振り返ってしまうような、ちぐはぐで矛盾してる主人公を描きたいなと思っていました。もっと言えば、「DUSK」の主人公よりもちょっと無邪気さがないというか。ちゃんといろいろな経験をしてきている主人公の楽曲だということを意識して書いていました。
──“手に入れていく”物語ではあるけれども、「致死量のブルー」「きっと ずっと」「久遠」という中盤のエモーショナルなバラード群は、やはり何かを失ってはいますよね。
あははは。そうですね。
──失ったものを思い出してるんでしょうか?
「DUSK」も「DAWN」も“傷”というものにフォーカスしたアルバムになってると思うんですけど、その傷をどう扱っているのかの違いですね。「DUSK」のほうはその傷がまだ生々しいし、“痛い”という感情がちゃんと出ている。「DAWN」に関しては、ちょっとかさぶたになっていて。そのかさぶたを見つつ、寂しいなと思う感情が描かれている。特に「致死量のブルー」「きっと ずっと」「久遠」のところは「何かを失ってしまって僕の中にはない。それに気付いてしまったからには寂しくて仕方がない」みたいな。どうしていいかもわかんなくなっちゃってる、ということを書いていました。
──この3曲は二人称が「君」ではなく、「あいつ」や「あなた」になっていますね。
3曲とも違うイメージで書いていました。ただ、これはあくまで自分で聴き直したときの感想ですけど、自分で自分に言ってるような感じもあるなと思います。特に「DAWN」の曲は。
──会えなくなった「あなた」は、春休みの中にいた自分だったりもする?
そんな気がします。僕、今はもう、春休みの感覚はまったくないんですよね。
──まったくないんですか?
もうないんですよ。抜け切っている状態。そういう意味で言うと、何も考えずに走っていたときの自分を重ねていますね。キラキラしてるというか。僕、青春時代を思い出すときに、全然青くなかったなと思うんですよ。ちょっと黒が混じったような赤だった。周りでキラキラしてる人たちを「うらやましくないし」って横目で見ながら、端っこで本を読んでる。あんな時期のことを青なんてきれいなもので収めたくないなって思ったりするんですね。もっと黒かったし、灰色だったし、透明だったって思うんですけど、春休みの期間は青く見えるんです。焦燥感のある、不思議な期間。今はあの春休みのことがキラキラ見えています。
──大人になっちゃったんですかね?
あはははは。例えば「BREATH」が全然書けなくて「うーん」ってなってる期間さえも、すごいキラキラしてたじゃんってもう思えるようになっちゃってる。やっぱり違う自分にどんどんなってる。
──何かが終わったんですね。
そう。自分の中で大きな何かが終わったという感覚があって。でも、その抜け殻って決してなくなるわけではないと思うんです。宝物のように大事に守っていれば、ふと見たときにすごくきれいに見えたりする。もっと言えば、そのとき付いた傷跡を見て、ちゃんと自分が存在したんだなということを思える、1個のきっかけにもなる気がする。1つ幕を閉じたけど、ちゃんと自分の中に残ってる感じがしますね。生々しいものではなくて、宝箱に入ってるような気がします。
“ここにあった”という印をちゃんと残しておこう
──「DAWN」の終盤には、2nd EP「ZERO」にも収録されていたピアノバラード「終夜」が入っています。
「終夜」はもともと「ここにちゃんと自分が存在した」ということを叫ぶ曲が1曲欲しいなと思って書いた曲で。「ZERO」を作ってた当時、自分が言ってもらいたい言葉を並べたところがあって、「がんばったね」って自分で自分に言ってるような感じもあります。「ZERO」の制作に入るまでが、さっき話したような暗黒期だったから。そんなふうに「今自分は何を言われたいんだろう?」みたいなことをつらつらと書き連ねていったら「終夜」ができたんですけど、この曲をライブで歌ったときに「自分のことを歌ってくれているよう」と言ってもらえることが多くて。聴いてくれる人の中にちゃんと僕の音楽が存在する、その1つのきっかけになった曲だと思ったので、アルバムの大事な終盤に置きました。
──最後の「歌うよ。ここに僕がいるよ。」というフレーズは、Sano ibukiとしての決意表明ですよね。
そうですね。常に自分が思ってることではあります。僕は自分のことや自分の楽曲を大事だと思ってくれてる人たちに対して、友達でもないし、恋人でもないし、家族でもないからこそ、不思議な縁だなと思うんですよね。そういう人に自分の気持ちをちゃんと届けたいと思うのは、やっぱり変な話だなと感じるときがある。ただ、そうならばなおさら、泣けたとか、うれしかったとか、笑えたとか、じんわりしたとか、そういう感じでいいから楽しんでもらいたい。そう思って、自分は「常に曲となって僕はそばにいるよ」とずっと言い続けてきたので。「終夜」はそんな言葉が表に出てきた楽曲でした。
──ピアノによるインストゥルメンタルナンバー「GOOD LUCK」を経て、最後の「YUGION」で「BUBBLE」は締めくくられます。
「YUGION」にはアルバムの総括的なことを書いてると思います。
──「見つめ合った日の鼓動を仕舞った宝箱」や「封じ込めた傷が目印だった」というフレーズがありますね。
ここまでずっと話してきた、自分が大事にしてきた指針みたいなものを1つのフェーズとして終わらせるみたいな意味合いが、この楽曲に全部詰まってるなと思います。ともすれば自分が自分じゃなくなってしまう瞬間があるかもしれないという中で、それでも“ここにあった”という印をちゃんと残しておこうと語ってる。変な話ですけど、何も書けなくなった時期に、健康診断に行ったんですよ。そしたら、教科書くらいの厚さの返しがきて。それが、心配してくれてるわけではなく、ただ報告されてるだけというか、「あなたは壊れてます」って言われてるだけな気がして。「別にそれでいいじゃん。健康になりたいって思いもしないな」という気持ちがありつつ、「うわ、今、死んだらまずい」とも思って。そこで「もう最悪死んでもいいやって思えるような楽曲を書こう」という思いで書いたのが「YUIGON」ですね。
──満足できる曲が書けるまでは死ねないってことですよね。でも、この曲でも「さようなら」と歌っていて。それは、傷や痛みに焦点を当ててきたSano ibukiを終わらせるってことですか?
それもすごくあります。そことお別れするということを意識して書いたと思います。
花火ぐらい綺麗に弾けてくれないかな
──2人の主人公の旅を経て、本当の自分は見つかりましたか?
結局、刹那に生きてるなと思いましたね。すごく敏感だし、ちょっと傷付いたり、うれしくなったりしたことを拡大化して自分の中に吸収するということを癖としてやってきた感じがある。そしてそういうところを大事にしていて、それは変わらず自分の中にちゃんとあることに気付けた。もっと言えば、この「BUBBLE」という言葉は「バブル崩壊」と掛けていて。あと、「BUBBLE」には「幻想のような」「夢のような」という意味や、「守るべき場所」みたいな意味合いもあったりする。僕は確かに、いろんな幻想や夢みたいなおとぎ話に自分を重ねながら曲を書いてるところがあった。そう思ったときに、1つそれが弾け飛んだっていう。それこそが「BUBBLE」を経た、革新的な大きな気付き。弾けたという事実を丁寧に書いたからこそ、また新しい一歩を進められたらいいなってことを、今、思ったりしていますね。
──今まで大事にしてきたものが1回弾けて霧散したということ?
そんな感じがします。今は何も考えてないですもん。だから、出し惜しみはなしと思って書いたアルバムでもあったんですよね。「BUBBLE」のために何百曲書いたかわからないくらい書いたし、何万文字捨てたかわからない中で、少なくとも、今まで自分が歩いてきた道のりで書けるものはすべて書いたかなと思います。
──12月に開催されるワンマンライブには「大きな幸福感」や「多幸感」を意味する「Euphoria」というタイトルが付いています。夢や幻想が弾けて、幸福感を得るということですか?
バブル景気が一番よかった時期が、ユーフォリア期って言われてるらしいんですよ。弾ける直前のことらしいんです。自分の中ではまだギリギリ弾けきってないというか。今はまだ表面がビリって破けてるだけ。完全に弾け飛ぶ瞬間をユーフォリアで見せられたらいいなって。自分の感情や思いも含めて、「Euphoria」で伝えられたらいい。「自分の幸福感のマックスはここだ!」ということを込めたタイトルです。
──弾けたあとはどうなっちゃうんでしょう? 春休みを抜けて、傷や痛み、別れに焦点を当ててきた第1期が終わって……。
それは「Euphoria」をやってみないとわからないことでもありますね。ただ、本当にもがいてもがいて曲を書いていった中で、「BUBBLE」には自分の春休みの中にいたような感覚が全部入ってる気がします。逆に言うと、このあと弾け飛ばなかったら、続きを書くとなったときに何か新しいことができるような感じがしない。それは単純に面白くないなと思います。音楽をやるうえでも、人間的な面白みとしても、常に新しいことにチャレンジしたい。たぶん、このフィールドで描ける新しいことは何もないって、自分の中で見えてるところもあるので、バブルが弾けてもいいなと思ってるんですよ。むしろ花火ぐらいきれいに弾けてくれないかなと思ってるところがあるし、その先で何かが見つかるといいなということを今、願ってるような感じがしますね。
公演情報
Sano ibuki ONE-MAN LIVE "Euphoria"
- 2024年12月12日(木)東京都 WWW X
- 2025年1月29日(水)愛知県 ell. SIZE
- 2025年1月30日(木)大阪府 Yogibo HOLY MOUNTAIN
プロフィール
Sano ibuki(サノイブキ)
2017年に本格的にライブ活動を開始し、同年12⽉に東京・タワーレコード新宿店限定シングル「魔法」をリリース。2018年7月に初の全国流通盤「EMBLEM」を発表し、2019年11月にアルバム「STORY TELLER」でEMI Recordsよりメジャーデビューを果たす。2021年7月には2ndアルバム「BREATH」を発表。その収録曲「pinky swear」「lavender」「ジャイアントキリング」ではミュージックビデオの監督および編集を自身で担当して映像クリエイターとしての才能も発揮した。2022年は「ASAHI WHITE BEER」のタイアップソングやテレビドラマ「高良くんと天城くん」のオープニング主題歌、テレビアニメ「惑星のさみだれ」のエンディングテーマを担当。繊細な歌声と叙情的な歌詞で物語を彩る。11月には2ndミニアルバム「ZERO」発表した。2023年10月にドラマ「ワンルームエンジェル」のエンディングテーマや「サブスク不倫」のオープニングテーマを収録したミニアルバム「革命を覚えた日」を発表。2024年4月にドラマ「ソロ活女子のススメ4」のエンディングテーマ「ミラーボール」を配信リリース。11月に2部作となる3rdフルアルバム「BUBBLE」をリリースし、12月に東京・WWW Xでワンマンライブ「Sano ibuki ONE-MAN LIVE "Euphoria"」を行う。