Sano ibukiが2ndミニアルバム「ZERO」を11月23日にリリースした。
空想の物語を紡いでその主題歌を描くように制作された1stアルバム「STORY TELLER」、私小説的な歌詞をつづりリアリティのある表現を追求した2ndアルバム「BREATH」を経て届けられた本作。テレビドラマ「高良くんと天城くん」オープニング主題歌「twilight」、「ASAHI WHITE BEER」タイアップソング「プラチナ」、テレビアニメ「惑星のさみだれ」エンディングテーマ「ZERO」など全6曲を収めたミニアルバムは、Sanoにとってシンガーソングライターとしての原点回帰とも言える作品となっている。
音楽ナタリーではSanoにインタビューを行い、アルバムの制作過程についてじっくりと話を聞いた。
取材・文 / 森朋之
ミニアルバムの起点となった「プラチナ」
──2ndアルバム「BREATH」を2021年7月にリリースされてから、その後のビジョンをどう描いていたんですか?
「BREATH」を出したあとは、あまり何もしていない日々でした。アルバムに入っている「ジャイアントキリング」「lavender」のミュージックビデオを撮ったり、書き物をすることはあったんですが、曲はそれほど書いてなくて。「SYMBOL」(2020年5月発売の1st EP)から「BREATH」あたりはコンスタントに制作を続けていたんですが、そのあとはちょっとボーッとしてたかも(笑)。
──ひとまず「BREATH」でやりたいことをやり切った感覚もあった?
そうですね。ibukiという名前にもつながるアルバムだったし、それを踏まえて、「次に自分がやれることはなんだろう?」と立ち止まって考える時間が必要だったというか。ありがたいことにアニメやドラマの楽曲のお話をいただけて、少しずつ制作が始まったという感じです。「立ち止まってる場合じゃないよ」という環境を用意してもらったところ、思ったよりもいろんな曲ができました。「だったら、ミニアルバムにしてリリースしようか」という流れですね。これまでのアルバムは最初にタイトルやコンセプトを決めることが多かったんですが、今回は1曲1曲に向き合って。1作目の「EMBLEM」(2018年7月発売の1stミニアルバム)を制作していたときの感覚に近かった気がします。
──まさに“ZERO”に戻るというか。もちろん「EMBLEM」の時期に比べるとスキルやセンスも向上していると思いますが。
自分としては「成熟してきた」と思ったことは1回もないんです。常に「この曲でSano ibukiを知ってほしい」という“はじめまして”の気持ちで作っているし、どれだけ聴いてくれる人に寄り添えるかを意識しているのはずっと同じなんですよね。
──なるほど。今回のミニアルバムの起点になった曲は?
「プラチナ」ですね。「BREATH」の初回仕様に収録されていたボーナストラック(「ぼっちtracks」)に「プラチナ」の弾き語り音源を入れていたんです。もともとは「弾き語りのボーナストラックを収録したいから、アルバムの中から何曲か選んで」という話だったんですけど、「だったら新たに1曲作りたいな」と思って。そのとき作ったバージョンはかなり粗削りだったんですけど、自分としては「すごく『BREATH』っぽい曲だな」という印象があったんです。別れを題材にしているんですけど、聴いてくれる方との距離感の近さだったり、寄り添える感じだったり。その中に「僕がいる場所はここじゃない」という思いを込めているところも含めて、あの時期の自分が書いた曲だなと。
──「真っ赤な止まれの合図に 始まりを感じて、おかしいね」という冒頭のフレーズも印象的でした。
信号機は歌詞でたまに使うモチーフなんです。なんていうか、僕は「赤信号でも進みたい」みたいな気持ちになることがあって。もちろん実際にはやらないんですけど(笑)、そうすることで何かが変わるんじゃないかと。逆に“青”でも進みたくなかったり、鬱屈とした矛盾が自分の中にあるんですよね。「プラチナ」の最初のフレーズはまさにそういう感覚を歌っているし、この切ないメロディにも合ってると思います。そのうえで改めて楽曲に向き合って、歌詞をブラッシュアップして、音を積み重ねて作ったのが今回の「プラチナ」ですね。歌詞のワード、そこから浮かんでくる景色もそうですけど、明確に「こういう音にしたい」というものがあり、アレンジをお願いした須藤優(XIIX)さんとかなり細かくやりとりさせてもらいながら制作しました。
“好き”を見つけた瞬間の気持ち
──1曲目の「twilight」は、ドラマ「高良くんと天城くん」のオープニング主題歌として書き下ろされた開放感のあるポップチューンです。この楽曲のアレンジも須藤さんですね。
自分で言うのもおこがましいですが、「俺の曲をアレンジしてくださってるときの須藤さんが一番カッケー!」と思ってます(笑)。須藤さんとは「BREATH」のときに初めてご一緒したんですけど、今はいちから説明しなくていいというか。「僕はこういう人間なので、こういう曲を書きました」と言わなくてもわかってもらえるし、純粋に曲に向き合える関係性なんですよね。「twilight」も「プラチナ」と同じように、細かくやりとりしながら作らせてもらいました。楽曲としては、「高良くんと天城くん」の原作をかなり読み込んで、自分との接点、リンクする部分を探すところから始めましたね。ドラマを観てくれた方から「このキャラクターのことを歌ってるのでは?」みたいなことを言ってもらえることも多かったです。
──「呼吸が止まった あの季節を覚えてますか」という歌い出しからグッと引き付けられました。歌詞を書くにあたって、原作のどんな部分に焦点を当てたんですか?
“好き”を自覚したところから始まる物語なので、自分自身が“好き”を見つけた瞬間だったり、“好き”と向き合っているときの気持ちを書こうと。具体的に言うと、音楽のことですね。「twilight」を作って改めて思ったんですが、音楽自体もそうだし、それを届けることが好きなんです。鬱屈した思いや、何かを見てきれいだと感じたときに、「これを誰かに伝えたい」と思うし、一番思いを届けられるのが音楽だったんです。それこそが音楽をやっている意義、Sano ibukiとして活動している意義なんだなと。
どんな人にも“夜もすがら”があると思う
──「夢日記」にはコード構成、リズムのアレンジを含め、個性的なアイデアがちりばめられていますよね。Sanoさんにとっても新機軸の楽曲なのでは?
遊びまくりましたね(笑)。今までとはかなり違った作り方をしてるんですよ。アレンジ、プログラミングをしてくださった小西遼(CRCK/LCKS、象眠舎)さんに僕の家に来てもらって、「こんな感じはどう?」と話しながら。小西さんの音楽は以前からすごく好きだったし、このタイミングでご一緒できてよかったです。
──新たなクリエイターとの出会いもあったと。「夢日記」にはSanoさんの少年時代の記憶が反映されているそうですね。
はい。僕はいまだに子供のままのところがあって。ずっと少年マンガ誌ばっかり読んでるし、歌詞の中で難しい言葉を使うこともあるけど、それも自分の中の厨二心が騒いでるだけなんですよ。「夢日記」に限らず、曲を作ってるときは「あの頃の自分が聴いて喜ぶかどうか」を意識しています。もちろん今は大人と言われる年齢だし、それなりに紆余曲折を経験しているけど、根底には10代の自分がいるんですよね。感覚としては、高校3年生の春休みの延長線上なんですよ、ずっと。上京したのもその時期だし、あの頃を引きずってるところもありますね。
──「終夜(よもすがら)」は鍵盤と歌を中心としたバラード系のナンバーです。「歌うよ。ここに僕がいるよ。」という歌詞、すごく率直ですね。
僕の曲にしては珍しく、めちゃくちゃストレートですね。ミニアルバムの制作が佳境に入ってから作った曲なんですけど、あまり気張らず、逃げないで歌詞を書こうと思って。普段は景色を描写することでリスナーに想像してもらうような書き方をすることが多いんですけど、この曲ではそうじゃなくて、“夜もすがら”(真夜中)の景色の中にいる人に向けて歌おうとしました。どんな人にも“夜もすがら”があると思うんですよ。
──物思いに沈んだり、モヤモヤを抱えた夜、確かに誰にでもありますよね。
そんなときの逃げ場になるような曲にしたくて。自分自身に向けて言ってるところもあるんですけど、寂しいという感情に捉われたとしても、「誰もいないんだな」と思わなくてもいいし、「この曲を聴いてくれたら、1人ぼっちにさせない」という。よく思うんですけど、「1人だな」と認識できるのは、誰かと一緒にいい時間を過ごした記憶があるからじゃないかなと。そう考えると、「1人だ」と思えるのは幸せなことかもしれないですよね。
──深いですね……。「終夜」はボーカルの表現力、伝える力も素晴らしいなと。
本当ですか? こういうことを言うのもどうかと思うけど、歌はそれほど得意じゃないんです。自分の声も好みではなくて。でも、だからこそ「どう歌えば、一番伝わるか」をすごく考えているんです。曲にもよりますけど、“叫び”みたいな強い感情を込めている曲もあるし、どうすればその曲が一番輝けるか、遠くまで届くかを意識しています。特に「終夜」は、「この声で届けるんだ」と覚悟して歌ったところはありますね。
──キャリアを重ねる中で、Sanoさんの歌声が好きというリスナーも確実に増えてるのでは?
そうだといいんですけどね(笑)。一緒にお仕事をさせてもらった方からも「歌声が素敵」という言葉をいただくことがあって、そういうときは素直にうれしいです。自分のコンプレックスがちょっとほぐれるというか。まあ、まだまだですけどね。
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“楽しい狂気”みたいなサウンド