Watsonくんとかralphくんを聴いちゃうと
──初期で言うと僕は「堕天使パジャマ」(2013年8月リリースの配信シングル、2014年5月発売の2ndアルバム「COMEDY」収録)がすごく好きです。
うれしいです。僕もこの曲すごく好きなんですよ。確か当時ケンドリック・ラマーがそれまでの3連符でのラップの表現を塗り替えるような曲を発表したんですよね。それに衝撃を受けて自分なりにケンドリックっぽい3連をやってみたっていう。今日来るときにも聴いてたけど、全然できてないですね(笑)。でもそのできてない感じをBLさんは面白がってくれたんだと思います。だからこれはヴァースもサビも歌詞もほぼ直してないです。
──普段は歌詞を直す指示もあるんですか?
最近でこそ少ないですけど、全然ありますよ。この間もBLさんのスタジオにある曲のサビを録りに行ったんですけど「ラッパーってもっと強めに言ったりするやん」と言われて。でもその日はそういうモードじゃなかったんで、別の日に録ることにしたんです。昔は何時間もかけてあれこれやってたんですけど、やっぱりできないものはできないということをこの10年で学びました。で、「すいません、次のレコーディングまでに書いてきます」とお伝えしたら、BLさんが「ごめん、言いすぎた……」って。それで「いやいや全然平気です、こちらこそすいません」みたいなやりとりがありました(笑)。
──「SPACE」(4thアルバム「INDIGO」収録)もSALUさんの代表曲ですね。
この曲はSUNNY BOYさんと出会って最初に作った曲なんですよね。
──今や引っ張りだこの人気プロデューサーですが、SALUさんはかなり早い段階からサニーさんと一緒に制作されてましたね。
以前SMAPのアルバムで香取慎吾さんのラップ曲を書くお仕事をいただいたんです。そのあと、コンペのお話をいただいて、そのときにTinyvoice Productionの方からサニーさんを紹介してもらいました。結果的にその曲はコンペを通らなかったけど、サニーさんとはすごく波長があったので、また曲を作ろうという話になって。後日彼のスタジオに行ってできたのが「SPACE」だったんです。ちなみに同じ日に「First Dates」もできたんですよね。
──サニーさん、当時からハンパないトラックを作ってましたよね。
ホント。「SPACE」はまさにさっき言ったようなフリースタイルで乗せて、サビは当時聴いてたZion.Tとかみたいな感じにしたかったんですよ。そしたらイメージ通りにすぐ作ってくれて。
──サニーさんは一緒にスタジオに入って、その場でどんどん作っていくスタイルなんですよね。当時からそういう感じだったんですか?
そうそうそう。2曲目は、僕がサーフロックが好きなので、そういう雰囲気を取り入れた感じにしたいと言って、「First Dates」(4thアルバム「INDIGO」収録)が生まれたんですよ。
──「SPACE」のリファレンスがZion.Tだったのは知りませんでした。
Zion.Tに限らずあの当時の韓国のR&Bやヒップホップをやってる人たちもみんなおしゃれでカッコよかったんですよね。
──DEANやSUMINが出てきた頃ですよね。
今でこそああいうスタイルは1つのタイプとして日本に定着してるけど、当時はあんまりやってる人いなかったんですよ。僕はもっといろんなタイプのヒップホップやラップがあっていいと思っていて。ブルーノ・マーズみたいのとか、ジャック・ジョンソンやドノヴァン・フランケンレイターみたいなサーフロックも好きだから「First Dates」でレイジーっぽい感じをトライしてみたんです。
──SALUさんはいつもさらっと新しいことをしてますよね。さりげなさすぎて、数年後に気付かされるパターンが多いです。
どうなんでしょうね。今思うと、僕の場合は「なんでこういう感じの曲がないんだろう?」という疑問が最初にくるんですよ。だったら作っちゃおうみたいな。「そのままやっちゃえばよくない?」「ガワだけ持ってきて(ラップ)入れちゃえばできるじゃん」って。方程式が目の前にあるようなもんじゃないですか。なんで誰もやらないんだろうという感覚でしたね。
──以前、SALUさんが歌うフロウをやり始めたきっかけについて聞いたときも同じようなこと仰られてました。
カニエ(・ウエスト)とかもよく聴くと、初期の頃にそういうラップをやってるんですよね。僕はそれをそのままやってみただけっていう。それが2011、12年くらい。別に新しいことをやってる意識はなかったです。今話してて思い出したんですけど、いつだったかRYKEYの家で、僕の1stアルバムをかけて「SALUはこの段階でこれをやってたんだよ」みたいに言ってくれたんですね。そのときは何を言ってるのかわからなかったけど、新しいことをやってるんだって僕に伝えてくれようとしてたのかもしれないですね(笑)。
──定期的に取材させてもらっていますが、こうして話を聞いて、記事にしてても、SALUさんの意図や見てることをちゃんと理解するのは数年後というパターンが多かった気がします。
そういう意味では僕はトレンドというよりも自分が興味あって、かつ日本にないものをやってた感じでしたね。けど今は流行の移り変わりが早いし、そもそもヒップホップはユースカルチャーなので、20代や10代後半の方たちがやってることをカッコいいなと見させてもらってる感じです。
──SALUさんのドリルとか聴いてみたいですけど。
何曲か作りました。でもやっぱり何かちょっと違うんです。ラブソングだったり、チルソングだったり。なんかやっぱりほかの人と同じことをやりたくないんでしょうね。それこそWatsonくんとかralphくんの曲を聴いちゃうと「もう普通にこれが一番カッコいいでしょ」って思っちゃう。そうなると僕がやる必要ないかなって。だから僕は基本的にみんながやってないことをやるんだと思います。
──それがSALUさんの面白さであり、アーティストとして一番重要なポイントだと思います。
ありがとうございます。
「Good Vibes Only」のバズは神様からの贈り物
──「Good Vibes Only feat. JP THE WAVY, EXILE SHOKICHI」(2019年12月発売の5thアルバム「GIFTED」収録)は最近のSALUさんの代表曲ですね。
そうっすね。「Good Vibes Only」はTikTokでいっぱい聴いてもらえるようになったのが、リリースしてから2年後なんです。そういう広がり方って昔はあまりなかったじゃないですか。すごく新しいと思いましたね。しかもコロナ禍であまり活動ができないタイミングでもあったから、なんか神様からの贈り物みたいな感じでした。「First Dates」もそんな感じ。特にこの「Good Vibes Only」に関してはもはや僕の曲って感じじゃないですね。改めて注目されたのは皆様のおかげという感じですごく感謝しています。
──そういう意味では、ラッパーとしてのプロップスをシーンで高め、同時に普遍性、大衆性、実験性を絶妙なバランス感でアウトプットしてきたSALUさんにようやく時代が追いついた部分があるのかもしれないですね。
僕はあんまり音楽とか、歴史とかについて詳しくないんです。全部独学だし、制作も感覚でやっちゃってる。ロジカルじゃないから自分のやってることがどういう文脈のどこに位置してて、どういうレイヤーを形成してるか、みたいなことがわかってない。いつもその時々の感覚でわーっとやっちゃってるだけなんです。でも、もしも「Good Vibes Only」にそういう自分の“層”が表れてるのだとしたら、それはすごくうれしいことですね。
──ベストアルバム収録曲の中では「The Girl on a Board feat. 鋼田テフロン」(1stアルバム「IN MY SHOES」収録)もすごく印象に残っていて好きな曲です。
これ、自分も好きなんすよ。なんかデビューしたての少年の気持ちがよく入ってる。ワクワクしてるし、キラキラもしてる。この曲を作った厚木時代、小田急線で新宿に行くと、当時のレーベルのスタッフの方々が車で迎えに来てくれて、東京都内のいろんなところでいろんな仕事をするんですね。それこそBLさんのスタジオに連れ行ってもらったり、インタビューしてもらったり、撮影してもらったり。「芸能人みたいだ」って。しかも自分が今までやってきたラップが商品になるという。それがすごくうれしかったんですよ。
──ちょっと前まで、一寸先は闇みたいな暮らしをされていたから余計に。
と同時に、いわゆる音楽業界や芸能の世界に対する恐怖心もあったんです。スタッフの方に運転してもらって東京を移動してると、モデルさんや女優さんが出てる広告看板をよく見かけたんですよ。僕はそれを見て「あの子たちは笑ってるけど、本当はつらい気持ちになってるんじゃないかな」と思ったりしてて。で、僕自身にもともとパラノイア的な気質があって、勝手に仮想敵を作ったり、業界の感じに耐えられなくなって、リアルに病んでいっちゃうんですけど(笑)。でも「The Girl on a Board」を作っていた段階で、自分がそうなることがもうなんとなくわかっていたんです。一方でキラキラした自分の状況もうれしくて。この曲は看板の“あの子”について歌ってるけど、それを歌ってるのは、まだこの世界の入り口に立ったばかりの、しかも車の後ろに乗せてもらって仕事に向かう僕なんですよね。
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KOHHくんとRYKEYが出てくるまでは本当に孤独だった