少なくとも自分の救いになるような音楽を作りたい

──この曲の詞について、さかいさんは「シンガーソングライターとして順風満帆とは言えない時期を長い間過ごしてきた僕にしか歌えないような、自分そのものを歌った自伝的な要素もたくさん含まれています」とコメントしてましたね。

さかい　はい。けっこういろいろありましたから。でもやっぱり、僕も日々歌に助けられてるんですよね。人にとって救いになるかはわからないけど、少なくとも自分の救いになるような音楽を作りたいなとは思ってるんです。この曲は聴くだけで自分も元気になれる。

──さかいさんが我が身のストーリーを曲に絡めるというのはあまり過去になかったですし、それでいて誰にでも当てはまるような愛の歌にもなっていて、グッときました。

さかい　やっとこういう曲が書けました。メロディの1つひとつの配置も、ここでロングトーンにして、ここでシャウトして、とか感情をすごく入れられるように蔦谷さんが作ってくれて。歌っててどんどん泣きそうになっていくメロディなんですよね。レコーディングでも「多少ピッチとかはズレてもいいからとにかく撒き散らしちゃって」って、自分ではやらないようなボーカルディレクションをしてくれて、思いっ切り歌いましたね。

──詞も蔦谷さんのアドバイスで変わったところがあるんですか？

さかい　ありますよ。内容というより、言葉のはめ方とか、感情の込め方とか抜き方とかの観点から。そういうアドバイスは歌ってるとリアルタイムでどんどん飛んでくるんで、それにがんばって対応しながら、無心で歌ってましたね。

蔦谷　たぶん、もともと自分でイメージしてる譜割りと違うことを俺が言ったりする場合もあるじゃない。その理由は、俺が“最初のリスナー”という感覚で聴いてるから、そっちのほうが絶対いいなあと思うからなんですよね。だから、さっき「2回目で歌えるようになった」と言ってくれたのはめちゃくちゃうれしいですね。それが理想だよね。

さかい　そうですね。

蔦谷　初めて聴いてもすぐ口ずさめるような歌じゃないと。それがすべて正しいわけじゃないけど、ヒットの1つの大事な要素ではあるなと思う。

J-POPで僕が一番好きな曲ができました

蔦谷　この曲の作業する前だったかな。ゆうくんと飲んだ日の話で印象的なエピソードがあって。中目黒にライブを観に行って、帰りにミュージシャンの方々と飲んだんですよ。8人ぐらいいたかな。

さかい　そうですね。

蔦谷　そのとき、「いやあ、ゆうはすごいよな」「俺たちの思うカッコいい音楽を、ちゃんとメジャーでやってる数少ないアーティスト」みたいな会話をしてて。けっこうキャリアのある、腕の立つ人たちで、ゆうくんを褒めてるんだけど、その前提として「ダサい音楽が世の中にたくさんある中……」みたいなことをずっと言っていて。まあ言わんとすることはわかるんだけど、俺は「この人たちが売れることはきっと一生ないな」って思いながらそれを聞いてたんですよ。

さかい　なるほど。

蔦谷　例えばブラックミュージックに憧れてて、スティーヴィー・ワンダーやダニー・ハサウェイが最高だと思ってて、そういう音楽をやってるヤツはカッコいい、で、売れてるポップなヤツはダサいって言っちゃうのは、それこそダサいなって思うんですよね。でも、そのときにゆうくんが「いや、僕もどうやったら売れるのかわからないけど、やるんだったら前のめりになって倒れたい」っていうようなことを言ってて、「この男は売れるな」って思ったの。

さかい　あはは（笑）。僕、一応40歳までに武道館目指してるから。

蔦谷　おおー。だからもう、視点が全然違うっていうか。

さかい　「別にその気はなかったけど勝手に売れちゃったんだよ」なんて人ってホントにひと握りだと思いますよ。ほとんどの人は、売れたくて、それに向かってチーム一丸となって走って、がんばってがんばって音楽を作っていくと思う。答えなんかわからずにひた走って、成功したらあとで「あれが正解だったんだな」っていうぐらいじゃないかな。

蔦谷　そうそう。

さかい　だからそういうふうに切り捨てる人は何様のつもり？って思っちゃいますよね。自分が結果出してないのに。そういうのはあんまり言うとダサいなあと思って、言わない。心で思ってても言わないようにはしてます。

蔦谷　悔しい気持ちはもちろんわかるんですけどね。

さかい　すごいあるけど（笑）。

蔦谷　だから、ネガティブなほうではなく、とにかく前に向かっていったほうがいいなって。そういう気持ちが詰まっていたレコーディングだと思うんですね。歌詞も二転三転したし、サウンドだって大サビ以降の流れ、転調する前のメロディ、イントロのフレーズ……2人でいろいろ考えて何度も作り直して。

さかい　けっこう練りましたね。結果、ほかの人と比べてどうこうじゃなくて、僕の今のベストは引き出していただいたような気がします。メジャーで5年キャリアを積んで、紆余曲折ありながら蔦谷さんと出会って、36歳のさかいゆうができる曲のど真ん中。あえてJ-POPと言わせてもらうと、このジャンルで僕が一番好きな曲ができました。日本人に向けられた日本語のポップスの、最高峰のものができたって思います。

蔦谷　やったー。

さかい　あとはもう、売れるか売れないかとかっていうのはいろいろな要因があってのことなので。努力はしますけど。