音楽ナタリー PowerPush - さかいゆう×日野皓正 対談
“無”が生み出す音楽
自分を証明するな
さかい 日野さんがおっしゃっている、自分の意思ではなく何かを“降ろしている”だけだという感覚って、医学的に近い説明がされてるんですよ。例えば100m走のオリンピック選手は、走ってるんだけど走ってる自分に気付かないぐらい集中して……集中ともまた違う状態、それを“ゾーンに入る”って言うんです。ランナーだと10秒かそこらのうち3、4秒も入っていればもうけもん、ぐらいの感じらしくて。たぶん日野さんも演奏中に“ゾーン”に入っているかもしれないし、それは数秒あるいは数分かもしれない。
日野 わかる。極度の集中力と、極度のリラクゼーションが同居したときに“ゾーン”に入るんだろうね。
さかい リラックスしないと、集中しないと……って考えた瞬間にそれはなくなるらしいんです。まったく日野さんのおっしゃる通りで、“無”なんでしょうね。ハードルの為末大さんが、お坊さんとお医者さんと話しているときに言ってたのかな。「自分が走っていることすらも忘れている。ゴールも見えていなくて、ゴールテープを切ったときに『ああ、大会だった』って初めて気付く。そのぐらい集中しているときにベストなタイムが出る」って。でもわかんないですよね、その“ゾーン”にどう持っていけばいいのか。
日野 “無”になるんだよ。
さかい それが僕らにはできないんですって(笑)。
日野 本当の“無”になるのは、そもそも人間には無理なんだよ。神にならなきゃ。ということは、一生無理なの。みんな戦いながら死んでいく。僧侶だってきっとそうなんだと思う。俺らよりは深みに到達しているだけで。昔アート・ブレイキーに「ヒノ、自分を証明するな」って言われたことがあってさ。
さかい 自分を証明?
日野 うん。自分にはこれだけのことができるんだってステージで主張するというか。それから何十年、今日は証明しないようにしよう!と思ってステージに立つんだけど、5分も経つとブルッとカッコつけてるわけ(笑)。「あーまたやっちゃったー」って。
さかい お客さんが喜んだら調子に乗っちゃいますよね(笑)。男だったら。
日野 でもね、60過ぎた頃に「待てよ、これもやっぱり誰かがアート・ブレイキーに言った言葉なんだ。やつもこれと戦いながら死んでいったんだ」と思ったら急に気持ちがラクになった(笑)。
Each One, Teach One
さかい そうですねえ。たまに70歳、80歳、90歳ぐらいのシンガーやピアニストがいるじゃないですか。そういう人のライブを観るとなんか泣けてくるんですよ。彼らはきっとモテたいとか、そういう気持ちはなくなってるから、必然的にすごくピュアな音が飛んできて、感動の涙が出てくるんです。例えば晩年のマイルスなんてどんな感じだったのかなあって。
日野 あの人は賢くて、嘘を言ってスカしたりするから(笑)。本当のところが知りたいね。マイルスの家を訪ねて行ったときも軽くスカされてさ。
さかい というかマイルスの家に行ったんすか(笑)。それすごいっすね! jinoとジャコ(・パストリアス)が一緒にやってたのも驚いたけど、軽く超えてきましたね(笑)。
日野 あるときはアル・フォスターから電話かかってきて、「ヘイ、ヒノ! マイルスがお前の演奏を聴きたがってる」って、電話越しに吹かされて(笑)。
さかい あはははははは!(笑)
日野 「Sounds Good!」って(笑)。あっちには「Each One, Teach One」という言葉があって、マイルスはアート・ブレイキーのこともそうだし、俺のことも「My Son」って呼ぶわけ。落語会と同じように、マイルスは同じ流れを汲むトランペッターだから俺のことも“息子”だと思ってくれてる。
さかい そうですよね、ウェイン・ショーターもマイルスもアート・ブレイキーの流れを汲む、親戚みたいなものですよね。
日野 でも俺はマイルスが死ぬまで、自分のことを息子だと思ってくれてるなんて知らなかった。いつもウィットに富んだ冗談しか言わないから。
日野皓正、ラップに意欲
さかい 面白いなあ。もっとマイルスとのこと聞きたいですね。
──アルバムの話ほとんどできてないですけど、もうそろそろお時間ですね(笑)。
さかい そんなわけで、日野皓正さんでしたー(笑)。
──あははは(笑)。じゃあ最後に。日野さんはアルバムの中でほかに気になった曲はありますか?
日野 3曲目のラップあるじゃない?
さかい ああ、Mummy-Dさんのラップですかね(マボロシ「記念日 feat. さかいゆう」)。
日野 うちのバンドでもこれやりたいなと思った。俺がラップして、管の演奏でメロディ吹くの。そのままじゃなくもっと断片的なメロディにしちゃって、アドリブはブワーッと。
さかい それ絶対面白いですよ。
日野 でも、あんな長くしゃべれない……。
さかい あはははははは!(笑)いや、いつもずっとダジャレ言ってるじゃないですか。それをメモっておけばいいんですよ。
日野 そうなの?
さかい 今日も取材の前に何個もありましたよ(笑)。
日野 できるかもね。じゃあ譜面ちょうだいよ。
さかい 自分でオリジナルを作ったらいいじゃないですか。
日野 カバーがやりたいの。スタンダードやってるみたいにさ。カバーされるの嫌なの?
さかい いやいや、やってもらいたいですよ! でもオリジナルもやりましょうよ。今度Dさん(Mummy-D)紹介しますから。彼なら面白がってすごいリリック書いてくれるかもしれない。
──日野さんが今ラップに意欲を示しているって、なかなかのトピックですね。
さかい 晩年のマイルスみたいじゃないですか。マイルスでも自分でラップまではやってないですよ(笑)。
- さかいゆう コラボレーションアルバム「さかいゆうといっしょ」 / 2015年2月4日発売 / アリオラジャパン
- 初回限定盤 [CD+DVD] 3996円 / AUCL-175~6
- 通常盤 [CD] 3186円 / AUCL-177
CD収録曲
- SHIBUYA NIGHT(featuring TOMOYASU TAKEUCHI) / さかいゆう
- 生まれてきてありがとう feat. さかいゆう / KREVA
- 記念日 feat. さかいゆう / マボロシ
- ピアノとギターと愛の詩 / 大橋卓弥(スキマスイッチ)
- シロクジ feat. さかいゆう / KOHEI JAPAN
- Magic Hour feat. さかいゆう / RHYMESTER
- LOVE & LIVE LETTER / 福耳
- いつもどこでも feat. さかいゆう / 冨田ラボ
- Hold You feat. Yu Sakai / Ovall
- ピエロチック feat. 秦基博 / さかいゆう
- Life is feat. Emi Meyer / さかいゆう
- 薔薇とローズ feat. Little Glee Monster / さかいゆう
- Mirror feat. お客さん / さかいゆう
- 闇夜のホタル feat. 日野皓正 / さかいゆう
初回限定盤DVD収録内容
さかいゆう TOUR2014 "Coming Up Roses" SPECIAL
- OPENING
- SHIBUYA NIGHT feat. 竹内朋康
- EMERGENCY feat. 竹内朋康
- Life is feat. Emi Meyer
- 愛するケダモノ feat. TOKU
- ピエロチック feat. 秦基博
- 薔薇とローズ
さかいの湯 Vol.3“さかいゆうといっしょ”スペシャル
2015年3月13日(金)
東京都 EX THEATER ROPPONGI
<出演者>
さかいゆう / KOHEI JAPAN / 土岐麻子 / RHYMESTER / Little Glee Monster
写真左:さかいゆう
高知県出身の男性シンガーソングライター。20歳で上京し、独学で音楽を始める。2001年に単身渡米しロサンゼルスでストリートパフォーマンスを行いながらピアノを習得。帰国後の2004年頃よりソロ活動を本格化させ、2009年10月にシングル「ストーリー」でメジャーデビュー。胸を打つ歌詞、透明感ある歌声が広く支持されている。また客演も多く、これまでにマボロシ、KREVA、RHYMESTERなどさまざまなアーティストとコラボレーションを行っている。2014年1月には3rdアルバム「Coming Up Roses」、同年9月にミニアルバム「サマーアゲインEP」を発表した。2015年1月には書き下ろしの新曲を含むコラボレーションアルバム「さかいゆうといっしょ」をリリース。3月にはEX THEATER ROPPONGIにて、このアルバムのスペシャルイベント「さかいの湯 Vol.3 “さかいゆうといっしょ”スペシャル」を行う。
写真右:日野皓正(ヒノテルマサ)
1942年東京生まれ。9歳の頃からトランペットを学び始め、13歳の頃には米軍キャンプのダンスバンドで活動を始める。1967年に発表された初のリーダーアルバム「アローン・アローン・アンド・アローン」が大きな注目を集め“ヒノテル”ブームを巻き起こした。1975年にはアメリカ・ニューヨークに渡り、1989年には日本人として初めてジャズの名門レーベル・Blue Note Recordsと契約。 近年はチャリティー活動や後進の指導にも情熱を注ぎ、個展や画集の出版など絵画の分野でも活躍が著しい。唯一無二のオリジナリティと芸術性の高さを誇る日本を代表する国際的アーティストである。