斉藤壮馬インタビュー|新作「my beautiful valentine」で紡ぐ、閉じた世界の物語

斉藤壮馬が2月9日に新作音源「my beautiful valentine」をリリースした。

2020年12月リリースのフルアルバム「in bloom」に続き、今作の収録曲はすべて斉藤自身が作詞作曲を担当。「ラプソディ・インフェルノ」「ないしょばなし」「埋み火」といったタイトルの書き下ろし曲で、ダークな世界観にフォーカスしたストーリーが描かれている。音楽ナタリーでは斉藤にインタビューを行い、昨年行われた初のツアーの所感や「my beautiful valentine」の制作エピソード、今後の展望を聞いた。

取材・文 / 酒匂里奈

ツアー最終日にギターを購入

──昨年4月から5月にかけて、斉藤さんにとって初となるツアー「斉藤壮馬 Live Tour 2021 “We are in bloom!”」が行われました(参照:斉藤壮馬が全曲作詞作曲手がけた新作のツアー終幕、自前のテレキャスターかき鳴らし音楽性やルーツ表現)。斉藤さんとバンドメンバーの方との間にグルーヴを感じたのですが、リハはどのくらいされたんですか?

2回ですね。バンドメンバーの皆さんがプロすぎるのでどうとでもなるという感じで(笑)。自分は10代の頃に趣味でバンドをやっていたので、ライブをするなら生バンドでやりたいという希望があったんです。今回バンドメンバーの皆さんと一緒にツアーを回って、公演を重ねるごとにバンドとしてのグルーヴ感が高まっていくのを感じましたね。楽しかったです。本当に。残念ながら大阪には行けなかったので(大阪公演は緊急事態宣言の発出に伴い中止)、次があったら絶対に行きたいなと思っています。

──ライブの内容でいうと、「いさな」での斉藤さんのシャウトや長尺のアレンジが印象に残りました。

ありがとうございます。「いさな」はもともと8分くらいある曲なんですけど、「ライブでは10分超えにしちゃってもいいですか?」と提案をして、アウトロを伸ばしました。「いさな」はきれいめな曲だと思うんですけど、そういう曲をライブで高い音圧で聴いてもらって、「ただきれいなだけの曲じゃないんだ」と皆さんに感じてもらえたらいいなと思いまして。この曲は僕もやっていてすごく楽しかったですね。

斉藤壮馬

──ツアー中に斉藤さんは30歳の誕生日を迎えられましたが、30歳という節目はどういうものだと考えていますか?

子供のときには30歳ってすごく大人だなと思っていたんですけど、まったくですね(笑)。30歳になってもやっぱり適当だし子供っぽいなと思いますけど、そうじゃないように見せるのではなくて、そのままの自分を受け入れていくことが必要だなと。自分の中にある子供らしさを素直に受け止めていくことが大事なのかなと思いました。そういえばツアーの最終公演の日に、ギターをもう1本買いたいなと思って休憩中にいろいろ見て回って、直感でビビッときたものをライブが終わったあとに買ったんです。欲しいと思ったものをすぐに買う、自分はそういう人間なんだなというのを大事にしていこうと思いましたね。

──30代はありのままの自分を認めて、自分の心の声に従っていくと。

そうですね。バンドの皆さんもそうですし、SACRA MUSICの方もそうですけど、いいチームの皆さんと出会えたなと思っているのでそのありがたさを噛みしめつつ、「還元するからギター買います!」みたいな感じでしたね。

──どんなギターを買われたんですか?

フェンダーのStrat Jazz Deluxeです。ギターって形によって音も違えばできることも違うんですけど、僕はシューゲイザーという音楽ジャンルが好きなので、ワンワンと音を揺らすことのできるトレモロアームというものが付いていて、音鳴りがいいギターが欲しかったんです。

──ちなみにそのギターは新作「my beautiful valentine」のレコーディングで使われました?

今回は使わなかったんですけど、今後使っていけるんじゃないかなと思ってます。すごくいい音のギターだったので。お披露目できる日を楽しみにしています。

最後のバレンタイン、最後のmbv

──「in bloom」のインタビューのときに「もっとディープな音楽を追求したい」というような話をされていたと思うんですけど(参照:斉藤壮馬「in bloom」インタビュー)、「my beautiful valentine」は一貫してディープかつダークな世界観で、いよいよ斉藤さんの芯の部分がむき出しになってきたなという感じがしました。

ははは(笑)。ありがとうございます。

──制作はいつ頃から始めたんですか?

2021年の早めの段階から「こういうのありますよ」とSACRA MUSICの方とデモのやりとりはしていたんですけど、実際に作り始めたのは2021年8月ですかね。自分のツアーだったり、作品のライブ案件が立て込んだりしていてなかなか制作に身を入れることが難しかったので。8月に1つ大きいライブがありまして、それが終わってから本格的に作っていった感じですね。

──アーティスト活動を始められた当初はポップさやリスナーの聴きやすさを重視されていたと思うんですけど、「my beautiful valentine」はそういうものは気にせずに制作されたような印象を受けました。

一応ポップミュージックとしての聴きやすさは保っておこうと思ったんですけど、言ってくださったようにわかりやすさみたいなものは、今回に関してはそこまで考えなくていいかなと思いましたね。

──制作当初からこういう作品にしようという青写真があったのでしょうか。

アルバムやシングルと違ってEPの場合は、自分の好きなことをやれる場所という位置付けで考えているんです。前作の「my blue vacation」(2019年12月リリース)もそうですね。なので今回はけっこう最初からダークな感じでいこうというのは決めていました。

──タイトルの「my beautiful valentine」は、My Bloody Valentineから?

そうですね。「my blue vacation」も頭文字がmbvで、その流れを汲んでいこうかなと。もはや今回はまんまですけど(笑)。制作を進めているときにリリース時期について話していて、バレンタインデー付近に決まったんです。じゃあマイブラも引っ張ってこられたらみたいなところから、アイロニカルな感じにしたいと思って付けました。「私の美しいバレンタイン」というタイトルですが、僕はタイトルから連想されるイメージそのままの曲は書かないので。ありがたいことに皆さんもそう思ってくださっているようで、そんな皆さんに「きっと彼がこのタイトルにするならば、ただキラキラしているだけの曲ではないものが来るんじゃないか」というようなイメージをお届けしたかったんです。でもこのmbv縛りは3rdEPのときはやめようと思いました。そろそろもうネタがないので(笑)。最後のバレンタイン、最後のmbvですね。

──制作初期からタイトルが決まってたんですね。「in bloom」のときはけっこうあとに決まったとおっしゃっていましたが。

タイトルは制作の最後のほうに付けることが多いんですけど、そういう意味では今回は「my beautiful valentine」というコンセプトのもとに制作を進めていった感じはありますね。

──それが伝わってくるコンセプチュアルな作品ですね。アーティストの方は自分の中にインプットしたものを制作でアウトプットされることが多いと思うんですけど、斉藤さんの場合は音楽もそうですし、文学にも影響を受けているかと思います。今回の制作のインスピレーションにつながった作品はありますか?

どちらもありますね。って、“インプットしてます風”で話しておきながら、実際最近はそんなにインプットできてないんですけど……。でも「my beautiful valentine」には今自分が好きな音楽、言葉、ムードを反映できているんじゃないかなと。そう思うと今回は本や作家の方を想起できるような曲が多いですね。例えば「ラプソディ・インフェルノ」だと(J・D・)サリンジャーとカート・ヴォネガット、「幻日」は梶井基次郎。「埋み火」はコーマック・マッカーシーの「ザ・ロード」という作品に影響を受けました。崩壊してしまった世界の中で父と息子が歩いて行く、みたいな話ですね。あと「ざくろ」は倉橋由美子さんですね。もしこのインタビューを読んで曲を考察したいという方がいらっしゃったら、「ラプソディ・インフェルノ」なんかはサリンジャーを読んでもらうと意外とイケるんじゃないかなと思いますね。