斉藤朱夏「555」インタビュー|決意表明のアーティストデビュー5周年ミニアルバム

斉藤朱夏がアーティストデビュー5周年記念ミニアルバム「555」を7月10日にリリースした。

「555」は変化や人生の転機を意味する数字。斉藤はミニアルバムにこの数字を冠し、初タッグとなるクリエイターとともに作り上げた全5曲を通して、新たな表情を見せている。アニバーサリータイミングということで、これまでのスタイルを踏襲した集大成的な作品にすることもできただろう。それでも斉藤は大きな変化を求め、新しい自分を見せることに徹底的にこだわった。

デビュー5周年のその先で、斉藤は私たちにどのような景色を見せてくれるのだろうか? 強い覚悟を持って大きな一歩を踏み出すことを選んだ、彼女の思いを感じ取ってほしい。

取材・文 / 中川麻梨花

新たな幕を開けるために

──アニバーサリータイミングということで、これまでの集大成的な作品がくるのかと思っていたら、新しい表情を見せることに振り切ったミニアルバムが届いてびっくりしました。

そうですよね(笑)。

──サウンドから歌っている内容、歌のアプローチまで、すべてが新しくて。すんなりとこういった方向性に決まったんですか?

いや、けっこう悩みました。本音を言うと、このデビュー5周年というタイミングで、ミニアルバムに何を落とし込めばいいのか最初はわからなかったんです。昨年は歌のアプローチ、ライブに対する向き合い方、人間関係とか、いろんなことに悩んでいた1年で。それを経て、今何をみんなに伝えるべきなのか、どこまで伝えていいのか……自分の中で気持ちを整理するのに時間がかかりましたね。

──これまでデビューからの5年間、ハヤシケイ(LIVE LAB.)さんのプロデュースのもと音楽活動を行ってきました。今作のクリエイターにはAqoursなどで関わりのあった方もいますが、ソロでは全員はじめましてですよね?

そうなんです。斉藤朱夏として新たな幕を開けるためにもいろいろな方と一緒に楽曲を作っていきたいなと思ったことがきっかけです。

──昨年末に「日本武道館に立ちたい」という目標を初めて公言されていたので、こういうチャレンジングなアルバムになったのは、「その場所に行くためには、これまでとは違う表情を見せる必要がある」という気持ちもあるのかなと思っていました。

それもありますね。私、「日本武道館」という言葉をこの5年間で一度も口にしたことがなくて。「大きいステージに立ちたいです」みたいな漠然としたことは言っていたんですが……でも、なんとなくもう言わないとダメなタイミングだなと去年思って。「私、本当に日本武道館に行くから」という決意表明ですね。「日本武道館」という言葉を出したことによって、今、回ってるライブハウスツアーでファンのみんなの熱量が高まってるのがすごくわかりますし、みんなも「一緒に行きたい」と思ってくれているのが伝わってきます。

斉藤朱夏

“未解決”の曲を書きたかった

──1曲目「だらけ。」の作詞作曲を手がけたのはJunxix.さんです。ミニアルバムを締めくくる5曲目「みかたっ」もJunxix.さんの提供曲ですが、今回どういった経緯でタッグを組むことになったんですか?

もともとJunxix.さんとはフェスで会ったことがあって。そのときJunxix.さんがほかのアーティストさんのプロデューサーとしてフェスに来ていたんです。そのあと、去年の秋に荒井麻珠ちゃんが私のラジオにゲストで来てくれたときに、彼女のプロデューサーとしてJunxix.さんがいて、「あれ? 見たことある人がいる」と。「お会いしたことがありますよね」という話をきっかけにいろいろと話していたら、「朱夏さんの曲を書くのが夢なんです」と言ってくれたんです。そういう言葉って、アーティストとしてめっちゃうれしいじゃないですか。Junxix.さんに曲を書いてもらえたら幸せだなと思って、このタイミングで「今回一緒にやりたいんですが、どうですか?」という話をさせてもらいました。

──朱夏さんはクリエイターの方とじっくりと話し合って、お互いの人柄を理解し合ったうえで楽曲を丁寧に作り上げていくタイプですよね。Junxix.さんともイチからお話しされた?

かなり話しましたね。Junxix.さんはもともと私の曲を知ってくれていたんですが、楽曲提供にあたって、これまでの私の曲を改めて全部聴いてくださったんですよ。お互いを知るために、私もJunxix.さんが作った曲を全部聴いて。「この曲はどうしてこういう構成になったんですか?」みたいな話をたくさんしました。今回デモから一緒に作ったんですけど、制作中も腹を割って話し合って。歌詞に関しては私のプロットがもとになってるんですが、「この言葉は絶対に使ってほしい」などたくさん話しながら作っていきました。

──「だらけ。」はサウンドや曲調に朱夏さんらしい爽快さはありつつ、歌詞における感情のアウトプットの仕方がすごく新鮮でした。まったく取り繕ってないというか。

はい(笑)。

──デビュー5周年ミニアルバムの1曲目が「人生波乱万丈 嘘だらけの街 あぁもう疲れちったよお」で始まるなんて、「何があったんだろう?」と思いました(笑)。

あははは。この曲には、去年悩んでいたことをすべて落とし込んだんです。「結局やっぱり1人だったわ、自分」と感じた瞬間もあったし、「なんか噂だらけだな。誰が本当のこと言ってんのかわかんないな」というモヤモヤした気持ちがあった。それをどうしても消化ができなくて、「もう孤独だ。どうしよう」と思ったときに「人生波乱万丈」というワードがポンと出てきて、そこからプロットを書き始めました。

──最後は「バラバラに壊れたあたしのハートは残念ですが 修復不可能、未解決だー!」というフレーズで終わっていますが、朱夏さんの曲が“未解決”のまま終わることって今までなかったですよね。

なかったです。「この曲は絶対に未解決で終わってほしい」という話をJunxix.さんにして。人生に起こる問題がすべて解決して終わることなんてないよなあと思うんです。私も未解決のまま終わったことがたくさんあって、そういうことを絶対に書きたかった。リスナーの中にも、同じような思いをしている人たちがたくさんいるだろうし。

──朱夏さんにプロットについてお話を聞くと、これまでもモヤモヤしてるときに書いていたことがわりと多かったと思うんですよ。いつもはそれが歌詞になったときに、クリエイターのフィルターを通して最終的にちょっと柔らかくなったり、前を向いて終わっていたりして。今回はそうじゃないから新鮮だと思ったんですよね。

「ここまでリアルに書いていいの?」ってJunxix.さんに聞かれました(笑)。でも、リアルに書かないと、今までと同じ表現になっちゃうから。

──なんでここまでリアルに書きたいと思ったんですか?

それはたぶん、リスナーに対して「もう全部見せても平気だな」という信頼があるから。「もう君たちにここまで見せても大丈夫だな」という安心感がある。そういう気持ちになったのは、5年間ライブを重ねて、自分をさらけ出してきたからだと思います。あと、このデビュー5周年のタイミングで“斉藤朱夏”がどんな人なのか、もう一度伝えたかったんです。結局私もみんなも、きっと同じようなことで悩んでるんですよ。だからこそ、リアルに書くことで、みんなとの距離がより近付くんじゃないかなと……。だから、今回は取り繕わずに書きました。

楽曲は明るく、歌詞は切ない

──曲調やサウンドに関しては、Junxix.さんとどういう話し合いをしましたか?

歌詞は切ないけど、サウンドはめっちゃ明るいものにしてほしいという話をしました。最初にみんなが聴いたとき、いつもの斉藤朱夏っぽい明るい曲だと思わせたくて。でも歌詞カードを読むとめっちゃ切ない感じにしたかった。それが本当の私っぽいなって。心から笑って話すときもあるけど、意外と笑いながらごまかしてることもある。自分の中のそういう部分を楽曲に落とし込むとなったら、楽曲は明るく、歌詞は切ないというのを大事にしたかった。

──今までこういう勢いのある曲は、力強くエネルギッシュに歌っていたことが多かったような気がするんですが、今回余計な力が入ってない感じがして。

歌い方はめちゃめちゃ練りました。高音のパキッとしたところを出す部分、柔らかく歌う部分とか、どこにどういうニュアンスを付けるのかは特に考えましたね。

──意図が正しく伝わるように?

はい。どうやって歌ったら、曲の背景が見えるのかなって。それはアルバム全体を通して意識していました。

──「だらけ。」につづったモヤモヤした気持ちは、今はどうなりましたか?

すごくスッキリしました!(笑) “未解決”で終わってるけど、この曲を作ったことで「うわー、解決できた!?」という感覚があります。

怒ってるんじゃなくて、ただただ悲しいんです

──2曲目の「こころ」はアコースティック調の楽曲です。これまで「秘密道具」「はんぶんこ」といった柔らかい雰囲気のアコースティックナンバーはありましたが、「こころ」はマイナーコードで曲調が決して明るくないという。こちらも朱夏さんの楽曲としては珍しいタイプですね。

アルバムを通して、1曲目から5曲目にかけて1本の物語を作りたいと思っていたんです。「だらけ。」では怒ってるけど、2曲目では「怒ってるんじゃなくて、ただただ悲しいんです」ということを伝えたかった。私のプロットをもとに、703号室さんに作詞してもらったんですが、「怒ってるんじゃなくて悲しいの」というワードだけは絶対に入れてくださいとお話ししました。この曲で私が一番言いたかったことは、それだったので。

──703号室さんは「こころ」のほか、3曲目の「離れないで」も作詞していますが、どういうご縁で?

ディレクターが私のプロットを見て、「703号室さんの歌詞は、朱夏さんの世界観と似てるから合うと思うんだよね」と紹介してくれて。直接お会いして、お話もしましたね。

──「こころ」はこれまでの朱夏さんの曲にないような、叙情的な歌詞が印象的でした。

703号室さんが書く歌詞って詩的ですよね。だから、歌詞をいただいてから「このフレーズは、プロットのどの部分を表現してるんだろう?」というのをけっこう考えました。

──「そっと頬が緩んで気付く 弱さは翼だ」という言葉で楽曲が締めくくられていますが、このフレーズに関してはどのように解釈していますか?

「弱さは翼だ」という言葉を見たときに、「誰よりも弱い人でかまわない」のことが頭に思い浮かんだんです。

──デビューミニアルバム「くつひも」の収録曲ですね。それまで「強くならないといけない」と思って生きてきた朱夏さんにとって、自分と向き合うきっかけになった曲だったと話していました(参照:斉藤朱夏「くつひも」インタビュー)。

自分にとって、原点とも言える曲です。「こころ」をいただいたとき、デビューから5年を経て、原点に戻ってきたような感覚があって、ちょっとゾクッとしました。自分は“弱さ”というものからはきっと逃げられないんだろうなって。弱い部分を見せられたときに、一歩前に進める。飛び立つための翼が生まれる。そんな感覚です。自分にとってはまさに「初心に戻れ」と言われているようなフレーズでした。

──悲しい曲ですけど、感情的に歌っているわけではなく、悲しみがひたひたあふれているような、憂いを感じるボーカルです。

そもそも楽曲自体が聴いていてズシンとくる曲なので、そこに歌でも「悲しい」を全面に出してしまうと、重くなりすぎちゃうなと思って。ちょっとかすれた声を出してみました。ミックスボイスも使っているんですが、サビでは私らしく地声で高い音を出したいというイメージもあって。そのあたりは、けっこう考えて歌いましたね。