しますよ、いい匂い
──“1人バンド”の新曲からは、2023年の生身の斉藤さんがリアルに伝わってくる。一方で「明日大好きなロックンロールバンドがこの街にやってくるんだ」のように、大編成で演奏するファンクロックも入っていて。そこが「PINEAPPLE」というアルバムの、表現の幅になっていると思うんです。
ありがとうございます。この楽曲は、2022年に「THE FIRST TAKE」というYouTubeのチャンネルで一発録りしたテイクがあって。今回はそこに、新たにホーンセクションを加えて再レコーディングしました。詞の内容からいっても、これはバンドで集まって、顔を見て演奏したほうが絶対いいだろうと。いろんなミュージシャンの息遣いがぶつかり合うスリルってやっぱりありますからね。そこはもう、曲のタイプによるのかなと。
──ほかにもいい曲がたくさんありますが、私自身は11曲目の「マホガニー」に強く惹かれました。これも1人多重録音の書き下ろし新曲ですが、50代後半になったからこそ書ける境地というか……。
ああ、うん。なるほど。
──否応なく歳を重ねることや時間が無情に過ぎていく感覚が、肯定するでも抗うでもなく、そのまま歌になっている気がしたんです。
そうかもね。
──この曲のイメージはいったい、どこから出てきたんですか?
これも感覚的には日記に近くてね。歌詞にある通り、少し前に新品のギターを買ったんですよ。普段はギブソンのアコギを使うことが多いんだけど、珍しくマーチンの小ぶりなやつ。うれしくて、いろいろ爪弾いたりして。もっとずっと若かった頃、新しいギターを手にしたときの新鮮な気分を思い出したりしてたんです。あんなにドキドキしながら楽器を触ることって、もうなかなかないよなって。ちょうど同じ頃、20年一緒に暮らした猫が亡くなりまして。
──ああ……そうでしたか。
猫って、人より一生のサイクルが短いでしょう。だからちょっと、凝縮された自分の人生を見ている感覚もあったりして。長く一緒にいた子だし、いろいろ思い出すことが多かったんですよね。でも、我が家は寂しさに耐えきれず、数カ月後に新しい保護猫ちゃんたちを迎えることになったんです。そうすると新しい子猫たちは、もう家中駆け回って遊び倒して(笑)。好奇心いっぱいで、何にでもちょっかい出している。旅立った猫のほうは、晩年は静かに寝てばかりいたから、もうギャップがすさまじいわけ。
──うれしくて寂しくて、なんとも言えない気持ちになりますね。
ですね(笑)。で、ある日、さっきお話しした作業場に行きまして。せっかく新しいギターも買ったし、これで何か歌ってみようかなって思ったんですよ。もう明け方の帰り際でしたけど、何も考えずにマイクに向かったら、ほとんどこのままの形で、ポコッと曲が出てきたんです。
──なるほど。それもすごいですね。
少し時間を置いて、冷静になって聴き直してみましたが、特に直すところもなかった。今回のアルバムで言うと、6曲目の「君のうしろ姿」も同じパターンだったかな。要は、字余りでも字足らずでも、韻が踏めていてもいなくても、あまり気にしない。とにかく自分の中から出てきたものを素直に録った曲です。
──ちなみに新しく買ったギターの「サウンドホールの中から マホガニーの甘い匂い」がするというのも、本当なんですか?
うん。しますよ、いい匂い。すごく細かいことを言うと、本当に甘く香るのはマホガニーよりもメイプル素材なんだけどね。ディープなギター好きの方は、そこにツッコみたくなるかもしれない(笑)。でもまあそれは、記憶の甘い匂いも含まれているということで。
こんなに適当なままでいいんだろうか
──今年の8月で、デビューからまる30年ですね。ベタな質問ですが、何か感慨のようなものはありますか?
自分でも冗談みたいだなと。「ウッソーン! ヤダヤダー」って感じです(笑)。今年で57歳ですけど、もう「サザエさん」の波平さんを余裕で超えてますから。昔なら定年退職して、なんなら隠居しててもおかしくない年齢なのに。こんなに適当なままでいいんだろうかと。
──はははは。そうですか?
最近、同世代のミュージシャンたちと会うと、「この仕事、いつまでやるんだろうね」みたいな話になったりするんですよね。まあ、そうは言ってもほかにやることもないですし。音楽はやっぱり大好きだし。今みたいなペースでずっと、なんとなく続けていく気はしてますけどね。
──そこがいいんじゃないでしょうか。飾らずに、淡々と自分をさらけ出して、好きな音を鳴らす生身っぽさ、と言うのかな。だからこそ聴いていて楽しいし、元気になる。今回の「PINEAPPLE」でも、改めてそう感じました。
そうですかね。まあ確かに、必要以上にこねくり回さないようにはなってきた気はします。もちろん曲作りに悩まないわけじゃないけど、もっと別の表現があるんじゃないかとか、何か詩的な含みを持たせてみようとか、そういうのはあまり考えず。すっと出てきたメロディなり、言葉に任せようと思うようになりました。そう言えば「マホガニー」の歌詞の中に、「電池がいつか切れても 誰かが替えてしまうのさ」というくだりがあるでしょう。
──はい。とても印象的な一節です。
同じフレーズが、2回目のリフレインでは「替えてくれるのさ」に変わってるんですけど、これ最初は気付かなかったんですよ。作業場で1人で録ったときは、自分でも無意識に歌っていて。あとで聴き直して、初めてわかった。
──へええ、推敲して変えたわけじゃないんですね。意外です。
緻密さがなくて、プロとしてはどうかとも思うけれど(笑)。そういうやり方が、今の僕には合ってるんですよね。たぶんそのほうが、聴く人にとっても風通しがよくなる気がするし。何より自分自身、「これってどういうことなんだろう」といろいろ考えられるほうが面白いので(笑)。今回のアルバム「PINEAPPLE」も含めて、そんな感じでいいんだろうなって気分ではありますね。
ツアー情報
KAZUYOSHI SAITO LIVE TOUR 2023
- 2023年4月29日(土・祝)千葉県 市川市文化会館 大ホール
- 2023年4月30日(日)千葉県 市川市文化会館 大ホール
- 2023年5月3日(水・祝)熊本県 市民会館シアーズホーム夢ホール(熊本市民会館)
- 2023年5月5日(金・祝)福岡県 福岡サンパレス ホテル&ホール
- 2023年5月6日(土)長崎県 長崎ブリックホール
- 2023年5月12日(金)奈良県 なら100年会館 大ホール
- 2023年5月13日(土)和歌山県 和歌山県民文化会館 大ホール
- 2023年5月15日(月)大阪府 オリックス劇場
- 2023年5月16日(火)大阪府 オリックス劇場
- 2023年5月21日(日)山梨県 YCC県民文化ホール(山梨県立県民文化ホール)
- 2023年5月27日(土)栃木県 栃木県総合文化センター メインホール
- 2023年5月30日(火)広島県 広島文化学園HBGホール
- 2023年6月1日(木)岡山県 岡山市民会館
- 2023年6月3日(土)京都府 ロームシアター京都 メインホール
- 2023年6月4日(日)兵庫県 神戸国際会館 こくさいホール
- 2023年6月7日(水)東京都 NHKホール
- 2023年6月10日(土)神奈川県 神奈川県民ホール 大ホール
- 2023年6月15日(木)北海道 札幌文化芸術劇場hitaru
- 2023年6月16日(金)北海道 苫小牧市民会館
- 2023年6月18日(日)北海道 コーチャンフォー釧路文化ホール(釧路市民文化会館) 大ホール
- 2023年6月24日(土)秋田県 あきた芸術劇場ミルハス 大ホール
- 2023年6月25日(日)青森県 八戸市公会堂
- 2023年6月27日(火)宮城県 仙台サンプラザホール
- 2023年6月29日(木)山形県 酒田市民会館 希望ホール
- 2023年7月6日(木)新潟県 新潟県民会館
- 2023年7月8日(土)石川県 本多の森ホール
- 2023年7月9日(日)長野県 ホクト文化ホール 大ホール
- 2023年7月13日(木)三重県 三重県文化会館 大ホール
- 2023年7月15日(土)愛知県 刈谷市総合文化センター アイリス 大ホール
- 2023年7月16日(日)静岡県 静岡市民文化会館 大ホール
- 2023年7月22日(土)埼玉県 川口総合文化センターリリア
- 2023年7月26日(水)島根県 石央文化ホール
- 2023年7月27日(木)山口県 KDDI維新ホール
- 2023年7月29日(土)広島県 ふくやま芸術文化ホール・リーデンローズ 大ホール
- 2023年7月30日(日)愛媛県 松山市民会館 大ホール
プロフィール
斉藤和義(サイトウカズヨシ)
1966年生まれ、栃木県出身のシンガーソングライター。大学時代に曲作りを開始し、1993年に「僕の見たビートルズはTVの中」でメジャーデビューを果たす。1994年にリリースしたシングル「歩いて帰ろう」が子供番組「ポンキッキーズ」にて使用されて以降、「歌うたいのバラッド」「ウエディング・ソング」「ずっと好きだった」など数々の代表曲を生み出し多くのファンを獲得する。2011年には人気ドラマ「家政婦のミタ」の主題歌として書き下ろした「やさしくなりたい」がヒットを記録し、一般層にもその名が広く浸透。2023年4月に21枚目のアルバム「PINEAPPLE」をリリースした。同年8月にデビュー30周年を迎える。
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斉藤和義スタッフ (@saitokazuyoshi) | Twitter