何も注文してないのに大森南朋が
──アルバム1曲目の「BUN BUN DAN DAN」は、コーラスも入れると斉藤さんの1人10役ですね。面白いのは、多重録音ならではの“1人バンド感”みたいなものがあって。リアルなバンドとはまた違った濃密さとか、生々しいグルーヴも伝わってきます。この曲はどこから生まれたんですか?
「BUN BUN DAN DAN」は、ベースラインが最初に浮かびました。それこそ映画「ザ・ビートルズ: Get Back」を観返していたら、ポール(・マッカートニー)がリハーサルで、バイオリンベースに黒い弦を張ってたんです。ブラックナイロン弦っていうんだけど、その音がすごくよくて。ちょっとウッドベースに似た響きなんですよ。
──視点がマニアックですね。
ですかね(笑)。で、さっそく自分が持ってるヘフナーのベースに張ってみて。適当に弾いてるうちに、導入部のリフができた。で、これで1曲作ろうと。
──最近よく耳にする「分断」という言葉が、「BUN BUN DAN DAN」という掛け声に分解されています。このアイデアも最初からあったんでしょうか?
いつだったけな? たぶんベースを弾いているうちに、自然に出てきた気がします。「ブンブンダンダン」って適当に連呼しているうちに「あ、これ、分断だ」みたいな。で、世の中で二極化しているものをどんどん歌詞に並べていったんですけど、それだけだと文句ばかりに聞こえちゃうので、僕なりの願いや祈りとして「小さな針に 願い込めて 穴を開けるよ」みたいなフレーズを足して。1つの曲として仕上げていきました。
──この曲には俳優の大森南朋さんがコーラスで参加していますね。「ウッホ、ウホウホ」というワイルドな声が、なんとも言えずおかしくて。
南朋くんは前にも「罪な奴」って曲で「オギャー、オギャー」と叫んでもらったことがあって。自分でバンドもやってるし、歌も歌うから、このコーラスには最適だなと(笑)。連絡したらすぐ来てくれました。やっぱ役者さんってすごいですよね。全体のメリハリとか、後半どんどん壊れていく感じとか。こちらは何も注文してないのに、独自の解釈でどんどんイメージを広げてくれて。何か、舞台の1人芝居を観ている感じもありました。
──緻密な計算に基づいた、絶妙なバカっぽさを感じます。
そうなんですよ! そこ、一番大事だったので。
たかだか歌
──2曲目の「問わず語りの子守唄」も、書き下ろしの新曲。これも斉藤さんの1人多重録音ナンバーです。アルバム冒頭のワンツーパンチは、すごく肉感的な肌触りとスピードがありますね。
この曲はね、アルバム「Toys Blood Music」(2018年リリース)の時点でオケはほぼできていたんです。あとは「問わず語りの子守唄」というサビの一節も、自分の中で決まっていて。でもそれ以降、なかなかまとめきれずに放置していた。今回、それこそアコギ系のロックアルバムをイメージしたときに、絶対に入れようと思って。「BUN BUN DAN DAN」とほぼ同時にガーッと歌詞を書き上げました。で、あとからエレキギターをちょっぴり足したりして。
──冒頭に出てくる「アルゴリズム」というワードが鮮烈でした。「アルゴー、リズーム」という譜割りが独特で。もしかしたら、このひと言がメロディに乗ったのも大きかったのかなと。
あ、そうですね。まさに、その単語が突破口でした。歌い出しのワードって、パッと降りてくることもあれば、数年間寝かしちゃうこともあって。この曲は後者の典型ですね。何度かチャレンジしてみたんだけど、どれもハマらなくて。でも今回、ふと「アルゴー、リズーム」と口を突いて出たら、あとは一気呵成に書けました。日々感じていることを、どんどん連ねていく感じで。
──世相をリアルに映しているという部分は、前のアルバム「55 STONES」に入っていた「2020 DIARY」にも通じますよね。曲の後半ではネトウヨの跳梁、防衛費増額、原発運転期間延長、統一教会問題、東京五輪汚職など、いわゆる時事ネタが怒濤のように歌われます。でも、これはメッセージソングなのかと問われると、個人的にはそういう印象も薄くて……。
そうですね。僕が日々、なんとなく抱えているモヤモヤをとりあえず吐き出しただけなので。何か正しいことを言おうとか、明確なオピニオンを示そうとか、そういう気持ちはないんですよ。自分は政治家でも活動家でもないから。でも、普通にニュースやネットを見ていたら、どうしても気になったり腹立つことはあるわけで。そういう心の引っかかりがドバッと出てるんだろうなと思います。結論なんてないけれど、思っちゃったものは仕方ないでしょ、というね。まあ、たかだか歌じゃんって思いもありますし。
──たかだか歌。斉藤さんにとって、その感覚は大事なものですか?
うん。大事。歌だからポジティブに終わらなきゃとか、道筋を示さなきゃとか。そんなこと全然ないと思っているので。もちろん確固たるメッセージソングは、それはそれで素晴らしいんですけどね。少なくとも僕にとっては、途中段階の定まってない状態でもまるでかまわない。世間が移ろい自分の考えも変わったら、替え歌にしちゃえばいいわけですし(笑)。ここ数年は、それぐらいの温度感でずっとやっています。
藤原さくらによって開けた世界観
──アルバムタイトルにもなった「Pineapple(I'm always on your side)」はカントリーロック調のハートウオーミングな1曲です。全編英語詞のオリジナル曲というのは、これが初めてなんだとか。
そう。サビだけ英語というのはあったんですけどね。この曲も、出だし部分は30年くらい前にできていて。ただ当初は、ここまでカントリーフォークっぽいイメージはなかったんです。で、少し前の自粛期間中に、CSN&Y(クロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤング)のライブ盤なんかもよく聴いてまして。4人のハーモニーが、当たり前だけどめちゃめちゃ気持ちいい(笑)。もともと、映画「小さな恋のメロディ」(1971年公開)の劇中で流れる彼らの「Teach Your Children」も大好きな曲だし。あんなテイストの曲もいいなと思ったとき、30年前に作ったメロディを思い出しました。
──サビの歌詞は、「君はパイナップルを持っている ナイフとフォークもある 固い皮を破けば いつだって甘い果実が待っているんだ」という意味ですね。英語のことわざみたいなこのフレーズは、どこから思いついたんですしょう?
最初に「Teach Your Children」のイメージがあったので、若い世代を祝福するような内容にしたいなと。そういう気持ちは最初にありました。で、いろいろ言葉を探しているうちに、「あ、ここの部分は口がPINEAPPLEって言いたがってるぞ」と感じて(笑)。そこから生まれたフレーズですね。
──へええ。何より先に、パイナップルという響きがあったと。
そう。ほんと偶然なんですけどね。で、ざっと英語の歌詞を仕上げたところで、アメリカに住んでいる友達の鹿野(洋平)くんに英語をチェックしてもらった。彼も「パイナップルのところの表現が英語っぽくて面白い」と言ってくれて、安心しました。僕の中でこれは、どこか今回のアルバムを象徴する曲というか。シンプルだけど、わりといろんな要素を入れられたんじゃないかなと。
──ゲストの藤原さくらさんのコーラスと斉藤さんのファルセットボイスが、いい塩梅で混ざり合っているのもよかったです。
これ、本来ならもう少し、さくらちゃんの声を立たせたかったんですけどね。女性にはちょっぴりキーが低かったのか、予想以上に同化しちゃった。なので、2コーラス目は1オクターブ上のパートも重ねてもらって。後半はよりはっきり聞こえると思います。レコーディングはすごくスムーズでした。彼女は留学の経験もあって英語もうまいし。スモーキーな声質も、こういうカントリー調の楽曲にはぴったりなので。1人アカペラの面白さもありますが、さくらちゃんに参加してもらったことで、曲の世界観がグッと開けた気がします。
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しますよ、いい匂い