音楽ナタリー Power Push - 斉藤和義

10年来の盟友チャーリー・ドレイトンと作ったロックンロールアルバム「風の果てまで」

斉藤和義が通算18枚目となるアルバム「風の果てまで」をリリースした。

近年“1人多重録音”スタイルでアルバムを作ってきた斉藤にとって、アメリカ・ロサンゼルスで盟友のチャーリー・ドレイトンとレコーディングされた本作は、彼の新たな挑戦を詰め込んだ1作となった。

来年50歳を迎える彼にとって「風の果てまで」はどのような意味を持つ作品なのか。じっくりと話を聞いた。

取材・文 / 大谷隆之
Photo by Rumble Cats & Koh Sasaki

シンプルなロックンロールで思いきりギターを弾きたい

──通算18枚目のアルバムにして、初めてのロサンゼルスレコーディングですね。なぜここにきて海外でレコーディングをしようと?

斉藤和義

今回はとにかく、昔から知ってるドラマーのチャーリー・ドレイトンと一緒にアルバムを作りたかったんですよ。その気持ちがまず最初にあって。で、お互いのスケジュールを調整したら、チャーリーが5月にロスでまとまった時間が取れそうだと。それで俺が、東京で準備した素材を持って向こうに出かけることになった。話としてはすごくシンプルなんです。

──お2人が初めて出会ったのは確か……。

2003年にリリースした「NOWHERE LAND」ってアルバムのレコーディングですね。そのときの演奏がとてもよくて、ずっと心に残っていた。で、去年の冬に一緒にライブハウスツアーを回りまして。レコーディングじゃなくステージで共演するのは初めてだったんですけど、改めていいなあ、ほんと最高のドラマーだなって。

──3~4人の小編成で全国7都市を回った「RUMBLE HORSES」ツアーですね。初めてライブで共演して、何がそんなに心に残ったのでしょうか?

カッコよさが増していたところですね。彼とは年齢も1つしか違わなくて、同世代なんです。ただ、実は再会する前は、ちょっとだけ心配だったんです。もともとはジャズもやってた人で、なんでも叩けるオールマイティなドラマーなんですよ、彼は。だからこの10年の間に音が変わっていたらイヤだなあと。でも実際はそんなこと全然なかった。よりパワフルで、なんとも言えない魅力が増してました。ライブでの相性もすごくよかったし。トータル10数本のツアーだったんですけど、最後まで「もっとこうしよう、ああしよう」ってアイデアもどんどん出してくれた。これはもう、次のアルバムは全面的に入ってもらうしかないと自分の中で盛り上がって。

──それが初の海外レコーディングにつながったんですね。そう考えると「風の果てまで」というアルバム自体、チャーリーさんの持ってるグルーヴにインスパイアされて生まれた部分も大きいのでしょうか?

斉藤和義

というか、それに尽きるかもしれません。2013年に出した「斉藤」と「和義」という2枚のアルバムは、自分としては作り込んだサウンドで。そのあとのツアーも、わりと大所帯のバンドでCDのアレンジを忠実に再現したんですよね。それはそれで新鮮だったんだけど、今回またちょっと気分を変えたくなったというか。シンプルなロックンロールナンバーで思いきりギターを弾きたいという願望もありましたね。

──確かに今作の収録ナンバーは、曲調こそバラエティに富んでますが、いつになくソリッドな手触りがあります。音がヒリヒリしてる感じで……。

今回、何人かのゲストに入ってもらってますが、曲の骨格になる部分は基本的にチャーリーと一発録りしたんですよ。まず2人でスタジオに入って。歌とギター、ドラムでベーシックトラックを完成させて。そのあとで俺がベースとかギター、鍵盤なんかを重ねていった。だから1人多重録音で土台を作ってきたこれまでのアルバムに比べると、どこかユニット感があるというか……。ある種、チャーリーとの対決感覚も出ていると思う。そこは今までの作品と違うところかもしれませんね。そもそも彼とはグルーヴの感覚もまるで違うし。

チャーリーが生み出す“ロール”の虜に

──斉藤さんはチャーリーさんのどこに惹かれたんですか?

チャーリー・ドレイトン

うーん、なんでしょうね……。言葉で説明するのは難しいんだけど、とにかく彼が作り出すグルーヴが心地よくて。一度乗っかっちゃうと、どこまでも転がっていける。キース・リチャーズの有名な台詞に「ロックはあるけどロールはどうした?」っていうのがありますけど、まさにロックンロールにおける「ロール」の部分が続いていく気持ちよさ。まあ、いわば俺は、その虜になっちゃったわけです(笑)。

──「風の果てまで」は、まさにその“ロール感”を追求したアルバムでもあると。

そうです。あと、シンバルからバスドラムまで、チャーリーは1つひとつの楽器の鳴らし方を本当によく知っている。これは以前、アメリカでの活動が長かった小原礼さんから聞いて「なるほど」と腑に落ちた話なんですけど、ロックのグルーヴっていわゆるタイミングだけで出せるもんでもないみたいなんですね。

──へえ、どういうことでしょう?

グルーヴについて、よく「前ノリ」とか「後ノリ」みたいなことを言うじゃないですか。ジャストのリズムに対して、ほんの少しつっかけるとか、微妙に引っ張るとか。そういう意図的なズレみたいなのって、テクニックのあるドラマーなら多かれ少なかれ意識してると思うんですね。でも、それとはまた別に、楽曲そのものを気持ちよくさせるスイートスポットみたいなものが存在して……。チャーリーは、楽曲に応じてそのポイントを見つけるのが抜群にうまいんですよ。例えば「スネアはここ、バスドラはここ」っていう感じでスイートスポットを絶対に外さないから、気持ちよさがある。ハイハットの叩き方1つとっても本当に深く知り尽くしてるなあって。

──確かに1曲目の「あこがれ」などを聴くとそう感じますね。繊細に変化するハイハットの音色が、“流行りもの”をちょっと皮肉ったアップテンポのロックンロールに豊かなニュアンスを付け加えていて。

斉藤和義

うん。でもそれでいて、頭で考えて作り込んでるわけじゃないんだよね。例えばアルバムに入っている「あこがれ」は今回のアルバム用に初めてレコーディングした曲ですが、結局2テイクしか録ってない。チャーリーも俺も同じことを何度も繰り返すのは嫌いで、あくまでその瞬間に出てくるものが大事なんです。しかも、レコーディングはサクサク進むのに、楽器のセッティングやチューニングにはめちゃくちゃ時間をかけるんですね。例えばシンバルにしても、スタジオに何百枚も持ち込んで(笑)。毎回、楽曲に合わせて取っ替え引っ替えしてました。

──シンバルだけで数百枚!

例えばなんだろう……書道家が紙を前に精神統一して、気合いが満ちた瞬間、「エイヤッ!」って一筆書きする感じに近いかな(笑)。で、一旦演奏が始まると文字通り歌うように叩いてくれる。日本語の詞はわからないはずだけど、曲の内容を大まかに伝えただけで、俺の気持ちの抑揚にもぴったり付いてきてくれるし。

──まさに1対1の真剣勝負ですね。緊張しませんでしたか?

いい意味でしました。すごい人たちと一緒にやると、こっちも一発勝負の気合いでいかないと置いていかれてしまうし。そういう緊張は自分にとっても作品にとっても、すごくプラスになった気がします。

──斉藤さんは、中村達也さんとMANNISH BOYSというユニットもやってますよね。ドラマーに創作意欲を刺激されるところがあるんでしょうか?

ああ、それはあるかもしれないな。自分自身、ドラムを叩くのが好きなので、すごいドラマーに対して、興味と憧れが強いのかもしれません。チャーリーと達つぁんでは、タイプはまったく違いますけどね。チャーリーのドラムは、ボーカルを引き立てつつも、なんとも言えない歌心を感じさせる。一方達つぁんのドラムは、歌伴としては決して歌いやすくないんです。でも激しい演奏から、彼の持ってるポップさだったりロマンティックな優しさだったり、豊かなエモーションがあふれてて、それに歌を絡ませていく面白さがありますね。どちらもまったく違うスリルがあります。

ニューアルバム「風の果てまで」2015年10月28日発売 / SPEEDSTAR RECORDS
初回限定盤A [CD2枚組+DVD] 4752円 / VIZL-1020 / Amazon.co.jp
初回限定盤B [CD2枚組] 3780円 / VIZL-1021 / Amazon.co.jp
通常盤 [CD] 3240円 / VICL-64600 / Amazon.co.jp
CD収録曲
  1. あこがれ
  2. さよならキャディラック
  3. 傷口
  4. 攻めていこーぜ!(Album ver.)
  5. アバリヤーリヤ
  6. 夢の果てまで
  7. 小さなお願い
  8. シンデレラ
  9. 時が経てば
  10. Player
  11. Endless(Album ver.)
初回限定盤A・B 特典CD収録曲
  1. NO!
  2. 明日も今日の夢のつづきを
  3. ワンダーランド
初回限定盤A DVD収録内容
  1. 愛に来て
  2. やぁ 無情
  3. おつかれさまの国
  4. ドント・ウォーリー・ビー・ハッピー
  5. COME ON!
  6. ずっと好きだった
  7. Stick to fun! Tonight!
  8. ウサギとカメ
  9. やさしくなりたい
  10. 月光
  11. ワンモアタイム
  12. Always
  13. かげろう
  14. ひまわりの夢
  15. カーラジオ
  16. 攻めていこーぜ!
斉藤和義(サイトウカズヨシ)

1966年生まれ、栃木県出身のシンガーソングライター。大学時代から曲作りを開始し、1993年「僕の見たビートルズはTVの中」でメジャーデビューを果たす。1994年にリリースしたシングル「歩いて帰ろう」が子供番組「ポンキッキーズ」にて使用され注目を集めて以降、「歌うたいのバラッド」「ウエディング・ソング」「ずっと好きだった」など数々の代表曲を生み出し多くのファンを獲得する。2011年には人気ドラマ「家政婦のミタ」の主題歌として書き下ろした「やさしくなりたい」がヒットを記録し、一般層にもその名が広く浸透。2013年10月、アニメ映画「名探偵コナン 絶海の探偵(プライベート・アイ)」主題歌「ワンモアタイム」、デジタル一眼レフカメラ「PENTAX K-50」CMソング「Always」、映画「潔く柔く きよくやわく」主題歌「かげろう」といったシングル曲を収録したアルバム「斉藤」「和義」を2枚同時リリースする。2015年10月に2年ぶりとなるオリジナルアルバム「風の果てまで」を発表した。飄々とした飾らないキャラクターも、男女問わず愛されている。