ナオトの夢叶う、クラブでかけられるさだまさしの曲
──「パスワード シンドローム」はナオトさんとの共作ですね。
「パソコンのパスワードが覚えられない」という話から始まったんですよ。歌詞は主に俺が書いたんけど、ナオトが「この言葉はこっちのほうがいい」と言った箇所がいくつかあって、納得したらそっちに変えて。だから作詞作曲の表記も“ナオト・マサシ・インティライミ”にしたんです。レコーディングのときもね、あいつがうるさくて(笑)。「リズムの縦の線をそろえろ」だの「ここは同じ音量で引っ張れ」だの。「俺、そういう歌い方しないんだけど」って言ったら「うん、でもやって」だって(笑)。Auto-Tuneを使ったのも初めてだったし、すごく楽しかったね。
──エレクトロ系のトラックもナオトさんのセレクトですか?
もちろん。EDMではなくて、今の最先端のトラックを持ってきてくれて。ナオトが言うには、人に聴かせると「え、これ、さだまさし?」って笑うらしいんですよ(笑)。で、最後まで聴くと「カッコいい!」って。DJにもウケがいいみたいだね。「クラブでかけられるさだまさしの曲を作る」というのがナオトの目標だったから、よかったなって。すごくフックになる曲だから、このアルバムは話題になるかもしれない(笑)。ただ、コンサートでやるときは大変だろうね。この前も打ち合わせてして、「低音をガンガン出して、会場をクラブみたいにしちゃえばいいんだよ」って話してたんだけど、よくよく聞いてみると、スタッフ誰もクラブに行ったことがないっていう(笑)。
──(笑)。「パスワード シンドローム」はラジオなどでもオンエアされていますが、ファンの皆さんの反応はどうですか?
結論から言うと、すごくウケてるみたいです。僕のお客さんはずっと耐えてきてるからね(笑)。去年のアルバム(「惠百福(たくさんのしあわせ)」)では盆踊りをやったし、たぶん、俺は日本で最初期にラップをやった1人なんですよ。「ねこ背のたぬき」(1985年発売の11thアルバム「自分症候群」収録曲)という曲なんだけど。そうやっていろんなことをやってると、ときどき「さださん、フザけた歌はもう要らないですよ」と言われるんです。「哲学的、文学的な歌こそが、さだまさしでしょう」って。かと思えば「いや、フザけてる歌がさださんのよさですよ」という人もいて。コンサートだってそうですよ。トークを聴いて笑ってるくせに「しゃべりはいらないんだけどな」という顔をしている人もいれば、逆に「トークを聴きに来てるんですよ」というお客さんもいて。そういうときは「歌も聴けよ」と言いたくなるけど。
──(笑)。いろんな意見があると。
そうなんです。でも、「パスワード シンドローム」はめちゃくちゃウケてるし、受け入れられてるみたいですね。もうちょっと驚いてくれてもいいんじゃないかと思うけど。
“さだまさし”にうるさいレキシ
──レキシこと池田貴史さんがプロデュースした「黄金律」については?
デモテープを渡して、あとは基本的にお任せです。最初「『好きだ』って何だろう」という歌詞は最後に置いてたんだけど、池ちゃんが「これを大サビにしたい」って言い出したんですよね。適当に歌ってた「ラララララ」という間奏をフレーズはそのまま生かして、そこに「『好きだ』って何だろう」を持ってきて大サビにして。あと「ある日 海の向こうから 戦がやってきて」の“戦”も別の言い方をしてたんだけど、「回りくどいから“戦”にしてください」って。池ちゃんは「5歳から14歳まで、さだまさししか聴かなかった」という人だから、さだまさしにうるさいんだよね(笑)。
──ナオトさんも池田さんも、さださんへの愛がすごいですよね。
ありがたいよね。次は俺がナオト、レキシの作品に参加しないといけないなって。ちょっと心配なのは若旦那(湘南乃風)が怒っていないかなってこと(笑)。若旦那はフジテレビの廊下で初めて会ったとき、俺に向かって、延々とさだまさしを語った人だから(笑)。
──(笑)。さださんをリスペクトする下の世代のアーティストとのコラボレーションは、この先も続きそうですね。
そうですね。いろんな人とコラボしたときに、「こういう歌、こういうサウンドは俺の発想にはなかった」というものを持ってきてくれるとうれしくなるんですよ。これだけ長くやってると、大抵のことはやってるでしょ? フルオケもやったし、エレキギターが鳴りまくる曲もやったし。だから今回のアルバムでナオト、レキシとやれたのはすごくよかったと思う。コラボだけでアルバムを作るのもいいよね。25周年のときにもコラボアルバム「季節の栖」を作ったんですよ。小椋佳さん、ポール・サイモン、谷村新司さん、南こうせつさん、永六輔さんなどに参加していただいて、歌詞か曲を提供してもらって。またそういうこともやってみたいですね。
僕はお城にこもっている殿さまではなく、ずっと戦場にいる武将
──ブルーステイストの「へたっぴ」、豊かなオーケストレーションが印象的な「都会暮らしの小さな恋に与える狂詩曲」など、バラエティに富んだサウンドもこのアルバムの魅力だと思います。
「へたっぴ」は酔っぱらった先輩が後輩に説教しているような歌なんだよね。「おまえの目は澄んでる! ヨセミテ公園の小鹿みたいだ! ヨセミテ公園は行ったことないけどな!」っていう(笑)。そういう歌はブルースが合うかなと。「都会暮らしの~」は1番の歌詞の中に(ジョージ・)ガーシュウィンが出て来るんだけど、そこで「Rhapsody in Blue」のメロディがスッと入ってきて。2番はそこが(セルゲイ・)ラフマニノフになっていて、最後に「パガニーニの主題による狂詩曲」のフレーズを取り入れているんです。レコーディングのとき、ナベちゃん(アレンジを担当している渡辺俊幸)わかってるなってニヤっとしちゃったね。ナベちゃんにアレンジを依頼すると、必ず歌詞を要求するんです。歌詞を膨らませるのが編曲だし、そこでキャッチボールできるのもアルバム作りの楽しみなので。ナオト、レキシのときもそうだったしね。あとは「茅蜩」のギター。いつもレコーディングに来てくれるギタリスト(田代耕一郎)が心臓のバイパス手術を受けて、今回は参加できないことになって。この曲の自分のアコギがどうも気に入らなくて「あとで録り直すから、残しておいて」と言ってたら、田代くんが間に合いそうだということで「じゃあ、彼に弾いてもらおう」と。今度のアルバムに彼の名前がないのは寂しいなと思っていたから、すごくうれしくてね。そういうマジックが起きるんですよね、レコーディングって。
──“パソコンのパスワードが覚えられない”というテーマをラブソングに結びつけた「パスワード シンドローム」、アルバムのコンセプトと直結している「Reborn ~嘘つき~」「まぼろし」などもそうですが、楽曲の中に物語があって、しっかり結末があるのもさださんの特長だと思います。
優れた短編小説を読むと、最初の一行と最後の一行が直結していることが多いんですよね。一行目で物語の世界に入ってもらって、紆余曲折があって、最後に“サゲ”があるんだけど、実は最初と最後がつながっている。それは意識しているかもしれないですね。「さださんの曲を聴くと1本の映画を観たような気持ちになる」と言われることも多かったし、そういう“物語ソング“を作る人がいなかったから「じゃあ、俺がそれをやろうかな」と思っていた時期があったんだけど、そのうち「またこういう歌?」と言われるようになってきて。「ナックルボールばっかりじゃないか。たまにはストレートを投げてみろ」っていう。そうかと思って真っ直ぐな歌を作ると、それはそれで文句を言われ(笑)。すごく難しいけど、新しいことはやっていかないとね。ただね、45年前に書いた歌と今回のアルバムの歌を並べたときに、どっちが新しいかわからないはずだという自負はあるんですよ。楽曲のクオリティ、さだまさし的な金太郎アメ感を含めて。自分のブランドとして守らなくちゃいけないところもあり、一方で「これはやったことがないよね」ということにも挑戦するという。それはね、あくなき戦いですよ。だから僕はお城にこもっている殿さまではなく、ずっと戦場にいる武将なんだと思う。攻撃は最大の防御なりって言うけど、今までの遺産を守ってるだけでは続かないからね。
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これからは自分の寿命と音楽寿命との勝負
- さだまさし「Reborn ~生まれたてのさだまさし~」
- 2018年7月4日発売 / Victor Entertainment
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[CD]
3400円 / VICL-65021
- 収録曲
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- 大盛況 ~生まれたてのさだまさし~
- パスワード シンドローム
- Reborn ~嘘つき~
- まぼろし
- きみのとなりに
- 黄金律
- 茅蜩
- 桜ひとり
- へたっぴ
- おんまつり
- 都会暮らしの小さな恋に与える狂詩曲
- さだまさし
- 長崎出身のシンガーソングライター、小説家。3歳8カ月でバイオリンを始め、バイオリン修業のため小学校卒業と同時に上京する。1972年に高校時代の音楽仲間である吉田政美とグレープを結成。2ndシングル「精霊流し」が大ヒットし、「第16回日本レコード大賞作詞賞」を受賞した。グレープ解散後、1976年にソロデビューすると「雨やどり」「秋桜」「関白宣言」「北の国から」などの国民的ヒット作品を発表し、数々の音楽賞を受賞。精力的なコンサート活動も特徴で、ソロデビュー後のコンサートの回数は2018年4月現在で4300回を超える。音楽活動45周年を迎える2018年にはビクターエンタテインメントに移籍し、ニューアルバム「Reborn ~生まれたてのさだまさし~」を発売した。また小説家としては「精霊流し」「解夏」「かすてぃら」「はかぼんさん」「ラストレター」「風に立つライオン」など10作品を発表しており、うち8作品が映像化されている。NHK総合「今夜も生でさだまさし」のパーソナリティとしても人気を博している。