宇野友恵×安部博明×南波一海×君島大空×ウ山あまね
新しい音楽を生む世代が誕生している
──君島さんは昨年5月に配信リリースされ、今回のアルバムに収録される楽曲「水硝子」を手がけられています。安部さん、南波さんが君島さんにオファーした経緯から聞かせてください。
安部 君島くんの音楽が、今一番カッコいいなと思ったんですよ。とにかくアーティストとして尊敬していたので、彼にお願いしたいと。普段、オファーを断られることもけっこうあるんですよ。「アイドルだから難しい」「そっちの業界はよくわからない」って。君島くんに連絡したときもマネージャーの阿部淳に「返事はちょっと待ってください」と言われて、「これはやんわり断られてるのかな」と思ったんですけど、それから数カ月後に電話がきて「君島がやると言ってます」とOKをいただきました。それで「水硝子」を作ってもらって、人としても尊敬できたし、真摯に向き合ってくれる人だったので、今回のアルバムでもお願いしました。
南波 さっき話したような「音楽って自由だよね」という思いに関しては、「ファルセット」が完成した段階で手応えがあったんですよ。アルバム制作の終盤にできた「ALIVE」や「ナイスポーズ」のリアクションもよかったので、ポップソングのフォーマットにハマりすぎない音楽でも受け入れられるんじゃないかって。そんな中で君島さんの名前が挙がりました。
──君島さんは「水硝子」を作るにあたって、どんなことを考えていたんですか?
君島大空 「この曲、人にあげたくないな」と思ったのを覚えてますね(笑)。「自分の曲として出したいな」って。自分の作品として出したいと思える、そんな曲じゃないとダメだなと考えてたんです。そういう曲ができあがるまで10曲くらい書いて、ようやく「水硝子」ができました。「これはあげたくない曲だから、あげます」って(笑)。とにかく気持ちで作った印象ですね。僕が20歳の頃、佐藤望さんが書かれたRYUTistの楽曲(2017年発表のアルバム「柳都芸妓」の収録曲「夢見る花小路」)にギターとして参加したことがあるんです。だから、楽曲提供で声をかけていただいたときは「絶対に佐藤望を超える曲にする」という裏テーマが浮かびました(笑)。
安部 はははは。
君島 南波さんの話とは逆になっちゃうんですけど、めちゃくちゃポップな曲を作ろうと思ったんです。だから、自分の中の明るい部分を出そうとしました。ポイントになったのは、新潟に行ったときに感じた水のイメージ。海、川も含めて水がきれいな場所だから、そういう新潟ならではの風土は曲作りのヒントになりました。あと、僕の願望として「好きな人の中に入りたい」という思いがあって。そういうちょっとドロドロした、人に受け入れられそうにないものを、明るさで乗り切ろうぜというテンションで書きました(笑)。
安部 あのとき僕は胃腸炎になっていて、かなり体調が悪かったんですけど、「水硝子」を聴いた瞬間に腹痛が収まるぐらいの衝撃を受けましたね。君島くんの中から出てきた正当なポップスって、僕らからしてみるとすごく新しく感じるんです。自分たちが持っていたポップスの概念とは違う、新しい音楽を生む世代が誕生している。2020年くらいから面白い音楽が増えたなという気がしていたし、その流れの中で作品を作りたいという思いがあって。新しいポップスの形をメンバーに渡せたというか、「水硝子」のデモが届いた段階で「そう! これなんだよな」という漠然とした達成感みたいなものを感じました。
南波 さっきも同じような話が出ましたが、最近のモードとして、楽曲制作をお願いしている方々にのびのび作ってもらいたいという気持ちが強くて。こちらからいろいろと言いたくないんですよね。
安部 ディレクションが入りすぎると、つまらなくなっちゃうんですよ。手垢が付けば付くほどプロデュースミュージックになってしまう。
南波 安部さんの好きなコード感や音色に寄せていくと、全部似た曲になっちゃうからね。
安部 そうそう。あとから「こうしたい」「ああしたい」と言うんじゃなくて、最初にテーマやビジョンを伝えることが大事だと思います。
君島大空の鬼の部分を見た
──君島さんは「水硝子」のほか、「(エン)」のオープニングを飾るインスト楽曲「支度」、それに続く2トラック目の「朝の惑星」を提供しています。「朝の惑星」についてはどんなことを意識して作ったんでしょう?
君島 「朝の惑星」は前からデモがあって、いつか自分が歌おうと温めてたんです。そしたら新たに楽曲提供のお話をいただいたので、この曲を渡そうと思いました。「水硝子」は自分的にめっちゃ明るく書けたんですけど、もうちょっと暗くてもRYUTistには合うかなと感じて。そういう意味で「朝の惑星」はピッタリでした。そこからどんな歌詞にするか考えあぐねていたら、戦争が始まったりと暗いニュースが立て続いて、そんな沈んだ気持ちに寄り添う仄暗さみたいなものを歌詞にできたらいいなと考えました。これは出勤して満員電車に乗るときの応援ソングなんです。地下鉄の満員電車に乗るときの、ふわっと足が入っていく瞬間の映像が頭の中にずっと浮かんでいて、そういう人たちに向けて書きたいという思いがありました。
宇野 レコーディングのときに「暗い感じで歌って」と言われたのを覚えてます(笑)。
君島 けっこうしんどいディレクションをしてしまったかもしれない(笑)。みんな暗い声で歌ってくれてうれしかったです。
宇野 メンバーみんな根が暗いのかもしれないです(笑)。
君島 そこにシンパシーを感じました。みんなどこか仄暗い雰囲気を持っていて、決して明るくはない……これは褒めているんですけど(笑)。
安部 君島くんのレコーディングは蓮沼くんやermhoiさんとは真逆で、めちゃくちゃ時間がかかったんですよ。「君島大空の鬼の部分を見たな」「よくぞやってくれた」と思うぐらい、すごかったですね。ファーストテイクがいいという蓮沼くんのようなやり方ももちろんいいなと思うんですけど、僕はどちらかと言うと作り込みたいタイプで。「ここで折れてほしくないな。もっと詰めてもメンバーは大丈夫だからね」とこちらが思っていても、遠慮しちゃう方もいるんですよ。でも、君島くんは1回休ませてからさらに録り続けていて、「やっぱりすごいアーティストだな」とボーカルディレクションを通して感じました。
南波 今までにないような生々しい歌声になったし、曲に人間性が出ましたよね。
安部 サウンドにエッジが効いているから、そっちに耳が行きがちですが、実は君島くんはすごくボーカルにこだわってるんですよ。ミックスは自分ともう1人のエンジニアさんでやって、どうしてもトラックの部分をあれこれいじりたくなっちゃうんですけど、途中で「君島くんはずっとボーカルに重きを置いていたんだ」「俺たちが間違ってたんだ」と気付きました。君島くんに「ちゃんとこの曲に彼女たちが存在してて、いいミックスです」と言ってもらえてうれしかったですね。メンバーの声を最後まで大事にしてくれていたので、そりゃあレコーディングでも時間がかかるよなと。
宇野 何テイクも録らせていただいて。レコーディング中は「すみません」と言ったら罰金というシステムでした(笑)。
君島 謝っちゃダメっていうことです(笑)。
宇野 「水硝子」からみんなの歌い方が変わったと思います。踊りながら歌うのが難しい曲で、最近やっとライブでちゃんと披露できるようになったと感じています。
南波 シンプルに言うと上手になったんです。「水硝子」を経験したことで成長したというのは絶対あるよね。
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一番重要なピースを埋めてもらった