「夜が明けたら迎えにゆくよ」ReNが生み出す“希望の光”の音楽

2019年11月にCD+DVD作品「Fallin'」を発表したのち全国ワンマンツアーを実施するも、新型コロナウイルスの感染拡大により、ファイナル公演の延期を余儀なくされたReN。コロナ禍へと突入した状況に真摯に向き合い、温かな歌声で再会を誓う「We'll be fine」、山岳ランナー・上田瑠偉が出演したミュージックビデオも話題を呼んだ「Running Forward」といった新曲のリリースを挟み、今年4月にツアーを無事締めくくった。

そんなコロナ禍の中、彼にとって3枚目となるアルバム「ReNBRANDT」が完成した。雲の切れ間から差し込む光を指す、レンブラント光線からインスピレーションを受けたアルバムタイトルが示すように、本作には新たな1歩を踏み出すためのさまざまなメッセージが込められている。音楽ナタリーではReNにコロナ禍での生活を振り返ってもらいつつ、本作の制作背景を語ってもらった。

取材・文 / 高橋拓也撮影 / 山崎玲士

先は見えないけど、必ず落ち着く日は来るから

──コロナ禍に入った直後、2020年6月に発表された「We'll be fine」は不安に満ちた日常について歌った曲でした。当時のインタビューを見ると、別作品の制作を行っていた中で一旦コロナ禍についてしっかり向き合わなければいけなかったため「We'll be fine」を制作した、と語っていましたね。

ReN

去年の春は曲をいっぱい作っていて、次のアルバムに向けて用意を進めていました。ただ、その流れの中でコロナ禍の状況を無視することはできなくなって。みんなが抱えている不安を完全に取り除くことは難しいけど、少しでも緩和できるような曲を作らなくちゃいけないと思ったんです。そこでどんな言葉や音楽が必要か考えていくうち、「僕も先は見えないけど、大丈夫だよ」と声をかけることが大切だなって。

──まさに「We'll be fine」(私たちは大丈夫)だった。

はい。「大丈夫」と唱えることによって、少しでもポジティブな気持ちが生み出せるんじゃないかなって。僕自身もそういう言葉をかけてもらいたかったのかもしれません。正直、「大丈夫だよ」と言い切れないぐらい厳しい状況は続いているし、「お前に何がわかるんだよ」という意見もありました。でも、こんな事態だからこそ「必ず落ち着く日は来るから、そのときはまたみんなでお祝いしよう」と伝えたくて。

──「We'll be fine」の歌詞には「夜が明けたら 君の住む街まで 迎えにゆくよ」という言葉が使われていたことも印象的でした。例えば「また会おう」だとお互いがどこかで待ち合わせることが前提になりますが、「迎えにゆくよ」だと皆さんのもとに向かう、という姿勢が込められていますよね。このフレーズにReNさんの優しさを感じました。

「迎えにゆくよ」は当時の気持ちを素直に表現した言葉で、僕自身も「こんな感覚でライブをやっていたんだな」と気付かされました。これまでさまざまな街で歌わせてもらって、お客さんからもらったエネルギーが大きなモチベーションにつながっていたんです。そんな大切な人たちに向けて、なんとか手を差し伸べたかった。「会えない状況は続いているけど、必ず迎えにゆくよ」という心情が表れていますね。

手のやり場に困ったReNの行動

──その後10、11月には「We'll be fine」「Life Saver」の2曲で「THE FIRST TAKE」に出演されました。再生数の多さもさることながら、海外リスナーからの感想コメントも多数見られ、大きな反響がありましたね。

「THE FIRST TAKE」はかなり緊張しました……。即興でのパフォーマンスは慣れていると思っていたんですけど、収録スタジオの雰囲気がとにかくシリアスで。控え室からスタジオに入る時点でもうカメラが回っているから、演奏前から張り詰めた空気でした。しかも収録前に「ミスした部分もそのまま使います」と説明されて。そんなこと言われたら絶対に間違えられないですよ(笑)。だけどその分パフォーマンスに集中できたし、結果的にファンだけでなく、この動画で僕のことを知ってくれた方や「THE FIRST TAKE」シリーズをチェックしている人、海外のリスナーにも届いてうれしかったです。

──「We'll be fine」はピアノ伴奏とボーカルのみなのに対し、「Life Saver」はLoop Stationを駆使し、少しずつ音を重ねていく過程が収められています。演奏形態を変えることでReNさんの魅力が最大限に引き出されていて、どちらも見応えがありました。

Loop Stationを使ったパフォーマンスは曲選びに悩みましたね。番組スタッフが「Life Saver」をリクエストしてくれたので、この曲を披露しました。逆に「We'll be fine」は演奏することは決まっていたけど、アレンジをどうするか定まっていなくて。ギターの弾き語りも検討しましたが、歌に特化した「THE FIRST TAKE」ならではのチャレンジとして、あえてピアノ演奏をほかの方にお願いしました。いつもライブではギターを持っているから、手のやり場に困っちゃって。それで収録を終えたあと映像を観たら、ヘッドホンのコードをものすごい触ってましたね(笑)。

──しかも終盤は指先にコードをグルグル巻きにして、すごいことに(笑)。

最初にいただいた映像では、その手元がかなりピックアップされていたんですよ。恥ずかしかったです(笑)。なるべく気にならないよう編集してもらったんですが、それでも目立ちますよね。そんな状況でも歌に集中していて面白かったです。

「違うだろ?」と思ったことはちゃんと言える人でいたい

──コロナ禍以降もReNさんのSNSでの発言をよくチェックしていたのですが、Black Lives Matter(黒人に対する暴力や人種差別の撤廃を訴える運動)についてや、人をけなすことに対する意見を書き込んでいましたよね。殺伐としたムードが強くなっている中、一連の思いを発言してくれたことはとても心強かったです。

ReN

Black Lives Matterについては数年前ロサンゼルスに行ったときから意識し始めたのですが、現地で黒人のミュージシャンたちとセッションしたことがきっかけになりました。彼らは「お前はどう考えているんだ」と聞いてくれて、自分の思いを発言し合える状況を作り、人として真摯に接してくれたんです。そんな体験があったから、Black Lives Matterは人ごとに思えなくて。Instagramでも彼らが現地の状況を積極的に投稿してくれたことで、事態がどれだけ深刻なのか知ることができました。それこそ人が亡くなったり、若者たちが暴動を起こしてしまうところまで発展していて。そういった状況を少しでも多くの人に伝えることは大事だと思ったんです。

──ReNさんはSNSでご自身の思いを発信する際、どんな点を意識していますか?

僕はそんなに投稿するほうじゃないけど、猛烈に違和感を感じたことは書き込むようにしています。最近ではがんばっている人たちを馬鹿にしたり、後ろ指を指す行為が許せない一方、失敗した人が立ち直れなくなるほど叩かれる世の中になっている気がして、とても怖いです。誰かが失敗するのを待っていて、見つけた途端みんなで一斉に叩く様子をよく見るようになって。がんばり方を間違って失敗する人もいるし、失敗する覚悟を決めて取り組んでいる人もいるのに、その背景を知らずに叩いているようで。言われたほうは深く傷つくのに、発言した人はすぐに忘れてしまう。それは納得がいかないです。ただ、ほかの人に賛同を求めているわけではなく、どちらかというと「違うだろ?」と思ったことはちゃんと言える人でいたい、という気持ちが強いです。

──まさにそのような場面に対し、私も「なぜそこまで叩く必要があるのだろう」と感じた反面、「自分だけが考えすぎなのかな」と悩んでしまうことが多々ありました。その中でのアーティストの発言は、自分自身の考え方を見つめ直したり、改めて意識するきっかけになりました。

僕も一緒で、「自分の考えは正しいのかな」という不安は常にあります。でも同じような疑問を抱えている人と対話する機会があったら、その人たちの言葉に耳を傾けて、一緒に考えることで1つの正解を導き出せるんじゃないかと。もちろん、異なる意見があることも当然で。否定せず、いろんな意見を理解して、自分なりの答えを常に持てば、不安に飲みこまれることは減ると思いますね。

ReNの望む世界を描いた「ReNBRANDT」

──新たなアルバム「ReNBRANDT」は、雲の切れ間から差し込む光を指すレンブラント光線から着想を得たこともあり、作品全体を通して「光」や「前へと進むこと」が表現されています。

「光」はこれまで発表してきた作品でもテーマに掲げてきましたが、今回は「人々の心に光が差したらいいな」という願いがより強く出ていますね。

──具体的に例を挙げると、悩みながらも明日に向かって走り続ける姿を表した「Running Forward」、肩の力を抜くことの大切さを歌っている「Laid back」、“僕の道を歩む”と宣言する「Teenage Dreamers」など、さまざまなシチュエーションや語り口で前へと進む様子を表現していますね。

まさにそうですね。アルバムに向けて作り貯めた曲だけでなく、新しいスタイルに挑戦した楽曲も並べて、そこに「こんな世界であってほしい」という思いを宿らせたのが「ReNBRANDT」です。楽曲ごとの細かいテーマは異なるけど、必ず最後には希望につながるようにしました。自分自身の成長も新曲を通して表現できたし、やってみたかったことはほぼトライできた気がします。

──恒例となった恋愛に関する曲も、男性ではなく女性の視点から歌った「あーあ。」のアプローチは新鮮でした。

「あーあ。」というタイトル自体も、これまで発表してきた楽曲とは大きく異なりますよね。実際に聴いてみるまで「あーあ。」というタイトルがどんなシチュエーションを示しているのか、わからないところがいいなって。

──確かに、これまで発表してきたReNさんの楽曲は英語のタイトルがほとんどで、ここまで抽象的な日本語を用いたものは珍しいです。

女性目線の歌も過去に作ったことはあるんですが、今回はより明確に振り切りました。男性も女性も経験したことがあると思うんですけど、異性に気に入られたくて、がんばって合わせちゃうことってありますよね。一緒にいるときは楽しいけど、家に帰った途端ドッと疲れちゃう(笑)。でも、その窮屈さも嫌いじゃなかったり。自分もそんなところがあって、この曲では女性目線の歌詞とうまくリンクして描けたと思います。

──楽曲のシチュエーションやキャラクターはどのように決めていくんでしょうか?

ReN

最初はざっくり設定して、少しずつ現実味のある内容に調節していくことが多いですね。曲調は最初に想定していたメロディや言葉とは大きく異なるものが思い浮かんで、ガラッと変えちゃうこともあります。「あーあ。」はあまり設定を固めずに作り始めたら予想以上に手応えがあって、急遽配信シングルとして発表したんです。スタッフから「転調も加えて、もっとドラマチックにしよう」という意見もあったのですが、そこはあえて抑えました。リスナーが自身の体験を当てはめることができる余韻を残したかったので、シンプルなアレンジにしています。

──恋愛系の楽曲だと、「Can't get enough of you」では恋人に会えない歯がゆさが歌われていますね。こちらは男性寄りの視点になっていて。

こっちは女々しい男の歌ですね。「あーあ。」の男性バージョンみたいな曲も作ってみたくて。ちょっとビターな世界観になっていますけど、「あーあ。」とは対になる1曲になったんじゃないかと。