基本、空虚なんですよ
──自分が空っぽというのは、思春期や青年時代には、あんまり思わなかった?
いや、むしろ若いときは、ずっと思ってたんですよ。それが、この仕事始めてから、俺ってなんかみんなに認められてるし、中身あんのやな、みたいなふうにちょっと勘違いしてきたっていうか。それを罪やと僕は思ってないし、勘違いしたことによる副産物もありますけれど、いざ自分自身が何をやりたいのかっていうと、基本、空虚なんですよ(笑)。で、なんもないところで何か始めようとするとなると、ずるいカードを使うか、自分と向き合うかしかない。今、僕はそれしか方法を持っていなくて。で、自分と向き合って、空っぽな状態で出てきた音ってやっぱり宝みたいなもんですから。それでやってきているという自負はすごくあるんですけど、そのことを一般化させるための武装みたいなものって、どんどん年を取って経験を重ねるほどいっぱいできてくる。
──職人ふうになってくる。
そうですね。で、交響曲をやったときに、やりたいことをすべてやったという実感があったんですね。出し尽くした。そこから戻ったときに、やっぱり一番デカいのって、リリックがあるのと、バンドのメンバーがいるということ。それがまあ、すごくおっきくて。あと、今痛感してるのが電気を通すってことですね。それと憧れのバンドと同じ機材やマイクで当時と同じような環境で録るということ。僕が20年やってきて思うことって、「結局音楽を作るのってシンプルや」っていうところにどれだけ近付けるか。その選択肢をどれだけ持てるかということ。シンプルな音探しというか、もうそれに惑う必要はないですから。ただ「こういう音が欲しい」とか、「こういう気持ちやからこういう音を出したい」というときに、過去の遺産を使って中身のない気持ちで立ち向かったとしても、身体ひとつで今のプラグイン、プリセット文化を凌駕できる強さだけは作れるというのは今回ちょっと実感しました。
──そうでしたか。
ロックとして魅力のある表現方法って1つじゃないと思うんですけど、このレコーディングで気付いたのは演奏のダイナミックレンジをしっかり表現することだなって。僕、ルー・リードとかすごい好きで、エネルギーの高さで音楽の論理を捻じ曲げてしまうみたいなことって、いまだに惹かれる。なんかようわからんことやってるけど何かに気付いてるみたいな。感性でやってるのとも違う……。
──ルー・リードは僕もかなり好きですけれど、絶対どこか間違ってると思うんですよ。
うん。絶対、間違っている。
──でも、その間違ったことを信じている強さは、絶対的に合ってる。
そうですね!
──だからこそ聴いていて腑に落ちるというか、肚にくる音楽になっている。今回のくるりの新曲もそうで、なかなか頭では作れないし、演奏力だけでも作れないものを出されたな、という話なんですけど。
あの、そうなんです(笑)。一番言っていただきたいことを言っていただいた。
裸一貫で出かけていったら……
今回あまりプロモーションらしいプロモーションをしてなくて、説明が全然できないんですよね。すっごく難しくて、自分でも説明ができないっていうか……。
──音の響きの面でもちょっと、よくわからないものになっている。
そう。よくわからないものになったんですよ。僕らが日常的に触れる今の流行りのポップスとか、iPhoneを通して入ってくる情報とか、そういうすべての出来事ってカッコよすぎると言うか、できすぎている。なんかいざ裸になって自分をどこかに置いてみて、そこから見える景色がかなり貧しかったときに、けっこう元気になったり気持ちいいんじゃないかと。
──やけくそではなくて、自分の身体の持ってる地力というか、胆力がわかってくる感じですね。
あ、ほんまにそうです。この曲を僕はなんも考えんと8年前くらいに書いて、改めて録音して。で、なんかタイトルのことも、歌詞のこともよくわかってないんですけど。
──このタイトルはけっこう捉えるのが難しいと思います。
ええ。ギャグすれすれですもんねえ(笑)。
──語感から出てきたものが、実はけっこうな悟りだったみたいな。でも、頭ではわからないんだけど、気持ちがわかる感じってありません?
わかります。わかります。僕、ほんまそれだけなんですよ(笑)。京都の大学で授業をやってるんですけど、この学生たちとか、二十歳前後の若い人たちに音楽を聴いてほしいと思ったとき、素直に接するのでないと無理やなって思ったんです。今までも素直に人と接しようと思って音楽を作ってるつもりではあったんですけど、なんかこの曲はそれがすごくうまくいった気がしたんです。今僕、本厄抜けて後厄で、いつ死ぬかとかはわからんけど、僕は人生のちょうど中心にいると思ってて。なんか今、初めて自分を俯瞰している気持ちがあって、一番見晴らしのいい場所にいるような感覚がある。ここからたぶん、もっと偏ったこととか、好きなことをさらにやっていくと思うんです。まあ、この曲をずっと完成させなかったのが、今というときを待っていたと言うと、ちょっと話ができすぎているように思うけど、そういう感じです。
──それが今、自然にできたと。
はい。バルトークとフィボナッチ数列の話ってあるじゃないですか。計算したんやなくて、知らず知らずのうちに、自然に黄金比になっていたら最高やなと思って。で、今の常識に抗う方法っていうのが、僕にとってはそれなんです。で、この曲はわりと、自分の中のそういう方向性が出た曲で。何をもってこの世の中に「No!」と言うか、自然にやったらどうなるかということですね。
──それは最大の実験ですよね、言ってみれば。
そうなんです。普通に生きていたら何もなく、よくよく考えたら自分は空っぽやっていう悲しみの世界ですよね。全部剥いでそのままでいたら、世間から排除されてしまうかもしれないっていう。背徳感とか、責任感ではない残念な義務感みたいなものって、僕を動かしている原動力でもあるんですけれども。あとがない状態で自由にやったものが、この世の中にどう響くかということを、音楽でずっとやってきたと思うんですね。オーケストラのスコアまで作って。でもなんか、昔作った曲をやってみようかと思ったときに、素直にその曲を描けてた感じがしたんです。たぶん裸一貫で出かけていったら人に捕まるって思ってたのが、気負わず外に出てみたら賞状をもらえたみたいな(笑)。
次のページ »
完全分業制で生まれたバンドらしさ
- くるり「その線は水平線」
- 2018年2月21日発売 / SPEEDSTAR RECORDS
- CD収録曲
-
- その線は水平線
- ジュビリー from 京都音楽博覧会2017
- everybody feels the same from 京都音楽博覧会2017
- 特別な日 from 京都音楽博覧会2017
- 京都の大学生 from 京都音楽博覧会2017
- WORLD'S END SUPERNOVA from 京都音楽博覧会2017
- 奇跡 from 京都音楽博覧会2017
- その線は水平線 Ver.2
- 配信曲
-
- その線は水平線
- その線は水平線 Ver.2
- くるり「春を待つ / その線は水平線」
- 2018年3月21日発売 / SPEEDSTAR RECORDS
-
[アナログ]
1944円 / HR7S088
- 収録曲
-
SIDE A
- 春を待つ
-
SIDE B
- その線は水平線
- くるり
- 1996年に立命館大学の音楽サークル「ロック・コミューン」内で岸田繁(Vo, G)、佐藤征史(B, Vo)、森信行(Dr)により結成。その後メンバーチェンジを経て、2011年からは岸田、佐藤、ファンファン(Tp, Key, Vo)の3人編成で活動している。1998年10月にシングル「東京」でメジャーデビューを果たして以降、11枚のアルバムと30枚のシングルを発表した。なお2007年より主催イベント「京都音楽博覧会」をスタートさせたり、「ジョゼと虎と魚たち」「奇跡」といった映画作品の音楽を担当したりと、その活動は多岐にわたる。2017年には、岸田による交響曲「交響曲第一番」の初演の模様を収めたCD「岸田繁『交響曲第一番』初演」がリリースされた。2018年2月にシングル「その線は水平線」を、翌3月に7inchアナログ「春を待つ / その線は水平線」を発表。