くるりが新しいシングル「その線は水平線」を2月21日にリリースした。「その線は水平線」という謎かけのようなリリックが、濃密なバンドサウンドの中で魔法のように響く。結成“20回転”のその先である“22回転”目の新作で、くるりは剛直な真っ向勝負をかけている。
思い返せば、くるりにとって2016年は特別な年だった。結成20周年を迎え、岸田繁(Vo, G)は作曲家として「交響曲第一番」を発表し、オーケストラを用いての音楽創作に新境地を開いてみせた。17年にリリースした通算30枚目のシングル「How Can I Do?」では、管弦楽書法での冒険を生かしたアレンジで軽妙な魅力を放った。
しかし、「その線は水平線」では一転して、ロックバンドとしての真骨頂を高らかに鳴らしている。新たな始まりを告げる作品にふさわしく、ずっしりとした手応えがある。春を待つ今、この曲について、岸田に聞いた。
取材・文 / 青澤隆明 撮影 / 須田卓馬
くるりにとって王道の世界観
──岸田さんの「交響曲第一番」の初演から、もう1年と少しになりますか。
なんか早かったですね。まあ、くるりでひさしぶりにまとまったレコーディングをしてまして、この曲をシングルで出しましょうということになって。
──オーケストラの経験をくるりの音楽にうまく混ぜ入れるのか、それはそれで切り分けていくのか。「How Can I Do?」は色彩的にうまくハイブリッドされていましたが、新作「その線は水平線」はむしろロックバンドの側にがっつりと寄せていますね。
そうですね、はい。曲自体も、だいぶ昔に作ったので。
──とんちんかんな言い方になるかも知れませんけど、聴き始めた途端、「あ、ヨハネス・ブラームスみたい」と思いました。ロマン派の王道という印象を受けたんです。
あ、そこきました? はい、そうです(笑)。王道って恥ずかしい、っていうんですかね。僕らがやってきたことは、ちょっと皮肉っぽいですけれど“すき間産業”感があるっていうか。普段使わないものを「これいいよ」って言って買ってもらったり、僕らはそういうのが好きですし、そういうやり方に寄っているところがあって。でも、「くるりが好きな人にとっての王道はなんや?」ってことを考えると、僕らもよくわからないんです(笑)。実のところよくわからないけど、ライブでやって人が喜んでくれたり、感動してくれたり、聴きたいって言ってくれるのが「ハイウェイ」や「ロックンロール」、「HOW TO GO」のようなシンプルでロック色の強い曲で。そういうものに仕上げようと思ったわけではないんですけど、今回このシングルはファンの人たちにとって「王道のくるり」の世界観と言うのか、図らずもそういう感じになった感じがします。で、ブラームスって、僕、王道すぎてダメなんですよね、どちらかというと(笑)。
──そうでしょうね。
でも、そこを超えてしまえば、やっぱり王道って強い。くるりは一風変わったサウンドと変わった視点の曲をやることが多かったので、王道なもののほうが間口が広いっていうのはあるのかもしれないですね。あとは意外と、僕らにとって王道なことをやると、いい意味で世間とズレてるのを実感するというか。こちらの側がズレることはむしろ簡単なんです。でも、自分が素っ裸になって出たら、全然世間の標準と違うた、っていうのってちょっとかわいいというか。そういう丸裸な感覚っていうか、ワイルドというか……今回は“あかんとこ”の編集をしてないんですよね。冷蔵庫の中のもので作ったいつものやつを、ありのままで出したような感じ(笑)。
変わったやり方で王道の曲を落とし込んでみた
──私がブラームスぽいと思ったことのひとつは、音の存在感や厚み、全体としての音の強さとか、音が塊で出てくる感じとか。いい意味で直情的だなと。
はいはい、わかります。
──ただ、歌の声はわりと遠くから聞こえてくる印象なんですよね。
そうです。
──どちらかというと、歌が止んで、ギターだけでグワッと来たときに心をわしづかみにされる感じがある。声は距離があって、例えばボーカルが水平線なら、波打ってるほうがサウンドだったり。音圧と存在感、質感、遅いテンポを含めて、聴き手を突き放すのではなく、グッと飲み込んでくる感じが交響曲的だと思いました。
そういう意味では、「交響曲第一番」よりも交響っぽいかもしれないです。特に強い思い入れがあった曲ではなくて。今まで2回録音してるんですけど、ボツってるんですよね。それも特段理由はなくて、そのとき満足いくものが録れなくて、面倒くさくなったからっていう感じだった。当時はこの曲、けっこうライブでやったりして、ファンの人たちやスタッフの反応がよかったんですね。で、あまのじゃくな僕はそれを見て、「わかっとらへんなあ」って思ったんです。当時は、家着のまま出てきたような曲を書こうと思っていなかったから。今もそうですけど。そんなものがたまたま出て、「これこそがくるりだ」って言われたから、ちょっとへこんだというのもあって。それでもなんかあるごとに「あれ、やってみる?」「『水平線』録ってみる?」みたいな話がメンバーから出て、ちょっとやってみるんですけど、どうも家着の曲なんで、カッコいいアレンジをしようとすると、曲が台なしになってしまう。
──いろんな服を着せてみたけれど……。
全然似合わなかったんですよね。で、「なんか怖いな、もう完全に置いとこう」と思ったんです。「この曲わからへんわ」って。それからだいぶ間が空いて、いろいろ録り始めている段階で、「歌モノだけのアルバムを作りましょか」ってなって。この曲も今まで録ってない曲とか、ボツったものの中から、選んで録ってみようと始めたプロジェクトの一環なんですよね。
──懐かしいような、だけど新しいような響きがしますね。
で、録り始めたら、たまたまなんですけど、僕が教えている京都精華大学のスタジオに同じ大学の教授もやられているエンジニアさんがいて。とても音楽の好きな方で、古い機材をたくさん持ってはって、録り方も東京のスタジオと全然違うんです。そのレコーディングセッションでの音作りは、今の僕らにとってはすごく刺激的で。ボーカルが遠い感じというのも、当たり前のように普通のレコーディングでかかっているコンプレッサーをかけてないからなんですよ。ベースにもかけてない。かなり特殊な音像です。今のセオリーとは違うけれど、かつては一般的だったかもしれないやり方。相当変わったやり方で、くるりにとって王道の曲を録ってみた。特にこの曲は録っただけというか。そのやり方が怖いっていうのもあったけど、いざやってみたら、なんか新しい感じがして。
──ロックナンバーなのに、ガーッていうんじゃない。それを遠いと言ってしまうとあれなんですけど(笑)。
もともと遠い人の素が出た、みたいな(笑)。
──しかも「その線は水平線」と歌い出されるから、どうしても距離について考えざるを得ない。
わかります。ただ、この曲がそれを考えて書いたかというと違う。というか僕、曲書くときなんも考えてないんで。
──たぶん「その線は水平線」って言葉がぽっと出てきて、そのままスッと言葉を書き継いでいかれたんだろうなと思いました。
ぽっと浮かんだんですけど、僕そういうときって、なんらかの直感に従って書いてることが多いので。先ほどいただいた距離感の話に通底する最近のテーマになっているのが、自分自身との距離感なんです。他人との距離感を考えたときに、やっぱり自分自身と自分との距離感について考えることが必要やなって最近思ってて。目を凝らさなくても見えるような対人トラブルとか、いろんな問題について考えたときに、自分自身に向き合うことって、やってるようでやってないなと思って。
──できないですよ、なかなか。相当勇気がいるだろうし。それに今の岸田さんならば、いくらでも自分がカッコよく見える服は作れるし、ほかの人がちょっとできなさそうなデザインもできるわけじゃないですか。
そうなんですよ。
──今までの経験で培ってきた描写力や語彙力を使って。でも、裸がカッコいいのが一番カッコいいに決まっている。いろんな経験を積んだうえでまっさらで岩場に立ってみようというのはなかなかできないし、若いとき勢いでできたこととも違う。「その線は水平線」をこの形で出したのはすごいことだと思います。
それは痛感しますわ、ほんまに。僕、バンド20年やってきて、こう、自分自身を開けたら空っぽやんって思って。「俺は空っぽだぜ」みたいなカッコ付けた感じじゃなくて、かなり空っぽ(笑)。もともとなんもない。ここに生まれてきて、たまたまこういう仕事を請け負って、音楽を作ってるというのをあたかも自分だけの力でやったことのように勘違いしているだけ。本来私が何をしたくて、何を正義だと思ったり、何を実感やと思ったりしていることとかって、実は空っぽなんではないかと。それが最近のテーマになってて。
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基本、空虚なんですよ
- くるり「その線は水平線」
- 2018年2月21日発売 / SPEEDSTAR RECORDS
- CD収録曲
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- その線は水平線
- ジュビリー from 京都音楽博覧会2017
- everybody feels the same from 京都音楽博覧会2017
- 特別な日 from 京都音楽博覧会2017
- 京都の大学生 from 京都音楽博覧会2017
- WORLD'S END SUPERNOVA from 京都音楽博覧会2017
- 奇跡 from 京都音楽博覧会2017
- その線は水平線 Ver.2
- 配信曲
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- その線は水平線
- その線は水平線 Ver.2
- くるり「春を待つ / その線は水平線」
- 2018年3月21日発売 / SPEEDSTAR RECORDS
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[アナログ]
1944円 / HR7S088
- 収録曲
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SIDE A
- 春を待つ
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SIDE B
- その線は水平線
- くるり
- 1996年に立命館大学の音楽サークル「ロック・コミューン」内で岸田繁(Vo, G)、佐藤征史(B, Vo)、森信行(Dr)により結成。その後メンバーチェンジを経て、2011年からは岸田、佐藤、ファンファン(Tp, Key, Vo)の3人編成で活動している。1998年10月にシングル「東京」でメジャーデビューを果たして以降、11枚のアルバムと30枚のシングルを発表した。なお2007年より主催イベント「京都音楽博覧会」をスタートさせたり、「ジョゼと虎と魚たち」「奇跡」といった映画作品の音楽を担当したりと、その活動は多岐にわたる。2017年には、岸田による交響曲「交響曲第一番」の初演の模様を収めたCD「岸田繁『交響曲第一番』初演」がリリースされた。2018年2月にシングル「その線は水平線」を、翌3月に7inchアナログ「春を待つ / その線は水平線」を発表。