大阪、京都を拠点とする4人組ロックバンド・PK shampooが、11月に1stフルアルバム「PK shampoo.wav」をリリースした。PK shampooは、2018年に関西大学の音楽サークルのメンバー4人で結成されたロックバンド。哲学科出身のヤマトパンクス(Vo, G)が紡ぐ独特の歌詞や、ノイジーかつメロディアスなサウンドで支持を集めており、アルバムリリース後、東京・USEN STUDIO COASTでのワンマンライブも成功させた。
音楽ナタリーではアルバムのリリースを記念して、ヤマトパンクスと、PK shampooのファンだというマンガ家・魚豊の対談をセッティングした。魚豊は地動説の証明に命を懸ける人間たちの物語を描いた作品「チ。-地球の運動について-」で注目を浴びている気鋭のマンガ家。彼は「なぜ宇宙に惹かれるのか」「生きるのは楽しいか?」といった質問でヤマトパンクスを困惑させつつ、PK shampooの魅力を熱く語ってくれた。
取材・文 / 西澤裕郎(SW)撮影 / 斎藤大嗣
突き詰めた個人の悩みは普遍性を獲得する
──今回の対談は魚豊先生の強いラブコールから実現したそうですが、PK shampooのどういう部分に惹かれているんでしょう?
魚豊 「ヤバいバンドがいる」というネットの記事を読んだのがPK shampooを知ったきっかけだったんですけど、試しに聴いてみたら衝撃を受けて。ノイジーだけどメロディアスだし、退廃的なんだけどデカダンに終始していない。僕は作家性と大衆性を両立させている作品が一番好きで、PK shampooはその両方を100%の力でやっているところがすごく刺さったんです。突き抜けた結果、普遍性と大衆性を獲得している気がめちゃくちゃしたというか。
ヤマトパンクス ちょっと照れますね(笑)。「チ。-地球の運動について-」を読んだとき、今言ってもらったのと同じような印象を持ったのでうれしいです。天文や歴史のマンガと言えばその通りなんだけど、別に天文に関する専門知識がなくても読めちゃう。普遍性を帯びるレベルまで、作画もストーリーテリングも演出もすべてを高めていっている。それこそ100%……100%じゃないですけど、ほぼまったく同じことを僕も目指してやっていますし。僕の場合はずっと自分のことしか歌っていないというか、私小説みたいなところがあって、自分の書けるものしか書けないんですけどね。
魚豊 個人的に好きな考え方なんですが、突き詰めた個人の悩みって絶対に普遍性を獲得すると思うんです。閾値を超えたら開かれるというか、みんなが共感できるものになる。逆に、みんなのウケを狙ってマーケティングした結果、誰の顔も見えないものになってしまうこともある。ヤマトさんの歌詞はものすごく私的で、どこまで本当の自分の考えや記憶を入れているのかはわからないけど、固有名詞がすごく多い。ミクロとマクロが行ったり来たりするところもすごく好みで。90年代とか00年代の空虚さみたいなものもサンプリングしている気がするんですけど、そのオマージュに終わっていない。30年後の高校生が聴いてもしびれると思います。そういうところまで到達してて、今までの既存素材をサンプリングしているんだけど、1つのオリジナルジャンルになっている。僕もそういうことをマンガでやってみたいと思っていたんです。
なぜ宇宙に惹かれるのか
──今日は魚豊先生がヤマトパンクスさんに聞いてみたいことを、いくつか用意してくれているんですよね。
魚豊 はい。今日一番聞いてみたかったのが、「宇宙」というモチーフがなぜ歌詞に異常に登場するのかという部分で。
ヤマトパンクス 宇宙が登場しないほうがおかしいんじゃないですか?(笑) 家族を語るときにお父さん、お母さん、自分が出てこないのがおかしいように、なんで宇宙が出てこないの?という感じに近い。例えば、二条とか、天王寺という言葉も出てきますけど、テリトリーの話をするときに、自分が生まれ育った土地や思い出の場所、そこで付き合っていた女の子とか出会った友達が当然出てくるわけで。土地とか、例えば学校の先生とかから始まって、最終的には宇宙にまでいく。そういう射程の取り方をするのは当然で、むしろ、なぜみんなそうならないんだろうって思います。
魚豊 確かにそれを話さずして何を話すんだという気はしますね。宇宙の中にある地球に生きているわけだから。人間の知的探究の最初にあるのは驚異だ、というようなことを、それこそプラトンとかアリストテレスとか古代ギリシャの人が言っていますよね。例えば、空にある異常な数の点を見て、それが星だとわからない時代の人たちは「あれ何?」と思ったわけで。手が届かないけど毎日夜になると現れて、異常な数あって、でも、どのくらい遠くにあるかも正確にはわからない。宇宙は何かを考えるときに再帰的に行き着く場所でもあるし、始まる場所でもある気はしますね。
──「チ。」では宇宙法則の美しさも描かれています。それは、魚豊先生自身が感じられていることでもあるんでしょうか。
魚豊 宇宙の法則が理路整然としている、少なくとも現状はある程度そう思えるのはすごいなと。ただ、それも1つの信仰ではあって、それを美しいと感じる人も、美しくないと感じる人もいると思うんですけど、あまりに簡単な数式で書けちゃう場合があるとすごいと思いますね。美的感覚として。もちろん、僕はそんな数式が学術的に理解できる人間ではないですが(笑)。ヤマトさんはSFが好きだったんですか?
ヤマトパンクス 好きですけど、特定のジャンルが好きというわけではなくて。SFも好きなものの中に入っているくらいの感じです。
魚豊 オタク的に凝っていったわけではないってことですね。
「めちゃくちゃわかる」というか「あげぽよ」
──ヤマトさんは小さい頃、図書館の本を全部読んだんですよね。
ヤマトパンクス 地方の小さい分室みたいなところにある本を全部、小学校のときに読んだだけの話ですよ。
魚豊 でも、本を読んでないと出てこないワードが多すぎるなと思ったから、読んでいるだろうなと思っていました。
──それこそ「チ。」もかなりの文献を読んだり、知識がないと書けないかなと思う大作だと思います。宇宙の話だけじゃなく、哲学的な言葉もたくさん出てきますし。
魚豊 哲学は高校のときくらいから好きだったし、宇宙も同様に好きでした。浅学という前提はありつつ、本を読んだり、自分でやれる範囲では調べています。それに今はググればいろいろと出て来ますし(笑)。
ヤマトパンクス 出会う前から、たぶん哲学を専攻していた人なのかなと思っていたんです。作中に普遍論争(普遍は実在するのか、あるいは人間の思考の中で存在するのかという中世スコラ哲学の論争)という言葉もさらっと出てきますよね?
魚豊 はい、普遍論争に言及した感想を見たことがなかったのでうれしいです(笑)。
ヤマトパンクス それを大衆マンガにまで落とし込めている作品を僕は初めて見たので「やってんなこいつ!」って(笑)。ストーリーマンガというか娯楽マンガの中に、学術用語が落とし込まれている。普遍論争という言葉を、ただのスノビズムじゃなくて、意味のある形でストーリー中に出すことが可能なんだと思って。自分で言うのもあれですけど、僕も科学用語や天文用語をパンクに落とし込むことをがんばってやってきたので。「うわーめちゃくちゃわかる」というか、「あげぽよだな」って(笑)。
魚豊 (笑)。スノッブにならないようにとはめっちゃ思います。PK shampooの音楽はそういう点で相当深いところに行く道もあったと思うんですけど、ちゃんとわかるようなポップスになっているじゃないですか。新しいし、みんなが聴いていいと思うけど、媚びるようなことは絶対しない。その3本柱がアティテュードとしてカッコいい。例えば外国人が聴いても曲だけでカッコいいと思えると思う。そこがすごくいいなと思うし、他者性があって公共性があって、一番戦っている感じがしますね。
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「チ。」というタイトルの由来