ピロカルピンが8枚目のアルバム「ノームの世界」を5月10日にリリースした。
アルバム制作にあたりクラウドファンディングサイト「muevo」で資金を募り、176%という高い達成率でこれを成功させたピロカルピン。音楽ナタリーでは岡田慎二郎(G)と松木智恵子(Vo, G)にインタビューを行い、アルバムが生まれた経緯や新体制になって初の作品となる今作の手応えについて話を聞いた。特集後半には「muevo」の中山顕洋氏、田中健司氏を加えた4人によるクラウドファンディングについての座談会の模様を掲載する。
取材 / 小林千絵 文 / 酒井優考
撮影 / moco.(kilioffice / インタビューカットおよび文中イメージカット)
ピロカルピンの音楽はオーガニック
──今作は音楽のためのクラウドファンディングサイト「muevo」で資金を集めて制作されました。また特設サイトでは今作の制作レポートを岡田さんご自身が制作資金のことを含めて細かく記しています。お金についての話題は表に出したくないアーティストも多いと思いますが、なぜピロカルピンは音楽制作の実態をすべてさらけ出したのでしょうか。
松木智恵子(Vo, G) 私の個人的な意見としては、できることであれば見せたくない部分ではあります。ただ「いいものを作るためにはお金が必要だ」って言っても一般の方はなかなか理解しにくいと思うんですよね。なので、こうして裏の部分を出すことで少しでもわかってもらえるきっかけになればいいなと思ったんです。
岡田慎二郎(G) 僕らがやりたいバンド音楽は安いコストではなかなか表現できない部分があります。とはいえバンド音楽を聴きたいという人がいっぱいいるわけで、そういう方たちにアーティストを支えていただくためにも、具体的に何にいくらぐらいお金がかかって、それがクオリティにどう影響するのかを説明する義務があると思ったんですね。例えば料理に使われている食材の産地がどこで誰が作ったのかまで書いてあるような、そういう感覚に近いかもしれません。「この料理はこれだけ手間暇かけてできた食材を使っているので、これくらいのお値段になります」みたいな。
松木 こうして話を聞いてると、オーガニックみたいですね。
相乗効果で完成した最高傑作
──「ノームの世界」はクラウドファンディングで目標金額を達成してから作り始めたんですか?
岡田 そうですね。下準備はしていましたけど、本格的に動き始めたのはクラウドファンディングの目標達成後ですね。
──資金面での不安が解消されてアルバム制作が始まったということですが、今作はピロカルピンが新体制になって初めての作品です(参照:ピロカルピンからドラム荒内塁が脱退)。
岡田 「ノームの世界」にはベーシストのサカモトノボルくんとドラマーの冨田洋之進(omoinotake)が参加しています。2人共サポートとして割り切ってやるというよりは正式メンバーのように関わってくれているので、サポートメンバーと演奏しているという実感はあまりないですね。
松木 そうですね。新鮮な気持ちでしたけど、2人の音楽性が今回の作風にすごく合っていたので。
岡田 松木が作って僕がアレンジするっていうのはずっと昔から変わってないので、その軸がブレなければ大きな変化はないと思っていたんですけど、本当にいい2人が集まってくれて、いい感じでできたなって思っています。それと共同プロデューサーに牧野(“Q”英司)さんが入ってくれているので安心して制作ができましたね。
──新たな編成でアルバムを作ってみた手応えはいかがですか?
松木 ミックスが上がった時点で「これはもう、次元が上がったな」と感じました。ピロカルピンにとってのクオリティを示す作品になったし、私自身が「クオリティとはこういうことだ」と知った作品になりました。それで最高傑作だなと思いました。
岡田 かと言って最初から「最高傑作を作るぞ」って意気込んで作ったわけではなくて。ただいつもよりは気負いがなかったというか、蓋を開けたらこんなにいいものができてしまったという感じですね。
松木 そうですね。そこにはクラウドファンディングによる資金面での安心感もあったし、牧野さんとの信頼関係もあったし、サウンドのコンセプトも最初からしっかりしていたし、そういったことがあったから相乗効果でできあがったものなんだなと感じました。
音の響きを豊かに出したい
──サウンドのコンセプトというのは?
岡田 ただ単に「いい音で、いい曲ですね」という作品にはしたくなくて「特徴がはっきりと言えるアルバムにしたいな」と思っていました。そこで考えたのが「音の響きを豊かに出したい」というコンセプトでした。
──「音の響きを豊かに出す」とは?
岡田 昨今いろんな音楽がありますけど、ロックにしてもポップスにしても、どちらかというとドライめでパキッとした音像の作品が多いと思うんですよね。でも僕らが好きなものはもう少しウェットでリバーブがかかった感じなので、そういう部分をもっと押し出したいと牧野さんに明確に伝えました。で、牧野さんももともとそういう音が好きな方なのでやろうと乗ってくれたんです。
──サウンドとは別に作品自体のコンセプトはあったんですか?
松木 サウンドコンセプトはしっかりとあったんですけど、アルバム自体のコンセプトはもともと決めてなくて。でも自然体で選曲していくうちに、前からあるのに発表するタイミングがなかった曲がこのアルバムにピッタリと当てはまったりして、すごく不思議なものを感じました。
岡田 松木は一本筋が通っていて、例えば歌詞に関しては放っておいても1つのストーリーができてしまうタイプだと思うんですよね。なのであまり最初からガチガチにコンセプトを固めずに、できたところから「今回はこんな感じじゃない?」ってだんだんと方向性を修正していくことが多いです。
松木 そうですね。それと歌詞は音の世界に入ってミュージカルみたいなイメージで書くことが多いんですけど、今回は音の響きを重視していたのもあって音の世界に入っていきやすかったですね。より現実から離れた状態で歌詞を書くことができました。
──歌詞は曲ができあがってから書くんですか?
松木 そうですね。歌詞は最後です。
岡田 とは言っても最初から曲によくわからない歌詞が付いていることが多くて、そこからサウンドのイメージが湧いてくることもあるんです。例えば「小人の世界」には最初から歌詞に「アイロニー」って言葉が入っていて、それを聴いて皮肉っぽいイメージが湧いてきて「じゃあ音も一筋縄にはいかない感じにしよう」などと考えるんです。そのアレンジを松木が聴いた結果、歌詞ができあがっていくという感じです。
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最初は収録するのを拒んでいた「小人の世界」
- ピロカルピン「ノームの世界」
- 2017年5月10日発売 / miracle oasis music
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[CD+DVD-ROM]
2160円 / DDCZ-2155
- CD収録曲
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- 精霊の宴
- 朝
- 赤色のダンサー
- ピノキオ
- 流星群
- 小人の世界
- グローイングローイン
- 風立ちぬ
- DVD-ROM(※初回生産分のみ)
- アルバム全曲分のハイレゾ音源データ(96kHz / 24bit)
- ピロカルピン「『ノームの世界』リリースワンマンツアー『small small world!!』」
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- 2017年6月3日(土)東京都 下北沢CLUB Que
- 2017年6月10日(土)大阪府 ROCKTOWN
- 2017年6月11日(日)愛知県 ell.SIZE
- ピロカルピン
- 松木智恵子(Vo, G)と岡田慎二郎(G)によるロックバンド。2003年に松木によって結成され、2009年7月にタワーレコード限定シングル「人間進化論」とHMV限定シングル「京都」を同時発売しインディーズデビュー。2010年11月から2カ月連続でシングル「存在証明」「終焉間際のシンポジウム」を発売し、繊細な世界観とダイナミックなサウンドで話題を集める。2012年5月にはアルバム「蜃気楼」でユニバーサルJよりメジャーデビュー。2014年12月に自主レーベル「miracle oasis music」を設立し、翌2015年5月にアルバム「a new philosophy」をリリース。2016年8月から10月にかけてアルバム制作のクラウドファンディングを実施し、176%の達成率で大成功に。この資金をもとに制作されたニューアルバム「ノームの世界」を2017年5月10日に発表した。