ペダルスティールギターをフィーチャーした編成、ロック、ファンク、ソウルなど多様なスタイルを取り入れた音楽性、リスナーの気分を解放してくれる心地よいメロディ。PHONO TONESはニューアルバム「SHARE」でインストバンドとしての個性をしっかりと確立して見せた。
音楽ナタリーでは、メンバーの伊地知潔(Dr / ASIAN KUNG-FU GENERATION)、猪股ヨウスケ(B / Dr.DOWNER)、飯塚純(Key / UNDER LIFE)、宮下広輔(Pedal Steel Guitar)にインタビュー。「音楽の楽しさ、喜びを世界とシェアする」をテーマに掲げたアルバム「SHARE」の制作過程、PHONO TONESというバンドに対する意識の変化、メンバー自身の人となりなどについて聞いた。
取材・文 / 森朋之撮影 / 入江達也
ようやく制作スタイルが確立できた
──ニューアルバム「SHARE」、楽しく聴かせてもらいました。前作「BUBBLE」(2022年4月)以上に音楽的な幅が広がり、自由度が増した印象もありますが、皆さんの手応えはどうですか?
猪股ヨウスケ(B) レコーディング自体は「BUBBLE」のあとも途切れなく続けていたんですよ。アルバム全体の印象は違うかもしれないですけど、個人的には前作からの延長線上というイメージがあります。
宮下広輔(Pedal Steel Guitar) そうだね。前作と違うものを作ろうと思っていたわけではないので。
飯塚純(Key) 「BUBBLE」は7年ぶりのアルバムで(参照:PHONO TONES「BUBBLE」インタビュー)、1曲もストックがない状態から制作がスタートしたんですけど、最終的にはアルバムに入りきらないほどの曲ができて。その中からシングルとして「GOLD」を先に出したんです。「GOLD」が起点になって、今回のアルバムにつながった感じもありますね。
伊地知潔(Dr) 3カ月に1回くらいのペースで3、4曲ずつまとめて録ってたんですよ。自分たちとしては「BUBBLE」と「SHARE」で2枚組みたいな感じもありますね。制作を重ねれば重ねるほど、レコーディングのやり方や、自分たちのやりたい音楽に対する理解が深まって。ずっと同じエンジニアさん(D.A.N.、スカート、蓮沼執太などの作品も手がける葛西敏彦)と一緒に録っているし、今回は楽器テックの方にも入っていただいて、チームとして動けたのもよかったですね。ようやく制作のスタイルが確立できたというか。
猪股 なるほど。さすが説明名人。
伊地知 何か間違ってたら言ってください(笑)。
──PHONO TONESとしてやりたいことも明確になってきた、と。
猪股 やりたいことというか、できることがわかってきた感じかな。
宮下 うん。例えばジャズ寄りの曲やファンク寄りの曲を持っていったとしても、このメンバーでやると、もともと思い描いていた通りにならないことが多かったんですよ。それはいいことでもあるんですけど、以前は「本当にこれでいいのかな」と不安になることもあって。でも今回は楽器周りのスタッフが入ってくれたことで、それがかなり解消されたんです。ドラムテックの三原重夫さんが参加してくれたことで、ドラムの録り音が劇的によくなったり。そのことでプリプロ時に感じていた不安が解消されて、「何も心配しないでやれればいいんだ」と思えたんですよね。
──その影響か、サウンド自体のクオリティも上がってますよね。
伊地知 たぶんそこが一番大きな変化でしょうね。
飯塚 生のピアノを使ったのも初めてだったんですよ。
猪股 ピアノは全部生だっけ?
飯塚 「Liverpool」だけエレピで、あとは生のピアノ。いい音で録れる環境を準備してもらいました。
伊地知 高崎のスタジオにすごくいいグランドピアノがあって。しかも高崎市がスタジオ利用料として補助金を出してくれてるんですよ。
──素晴らしい。当然ですが、インストバンドにとって“いい音で録る”ことはめちゃくちゃ大事ですよね。
猪股 そうですね。今話したようにエンジニア、楽器テックの方の存在も大きいんですけど、レコーディングを続けたことがよかったんだと思います。やり方自体は変わってないんだけど、精度が上がったので。
The Beatles愛あふれる「Liverpool」
──アレンジに関してはどうですか? 前作以上に多彩なアイデアが飛び交ったんだろうなと想像したのですが。
伊地知 僕以外の3人が曲を持ってくるんですよ。本来、作曲者が主導権を握らなくちゃいけないんですけど、今回はけっこう宮下が中心になり、ほかのメンバーがちょこちょことアイデアを出しながら進んでいくという感じでした。
猪股 そうかも。俺の場合は、曲の一部しか作っていかないことが多いんですよ。一応デモは作るんですけど、メインのテーマと構成くらい。あとは宮下がどうにかしてくれるっていう。
宮下 (笑)。まあ、曲の骨があればね。
猪股 純くんはデモの段階からしっかり作ってくるんですよ。
宮下 デモのクオリティがすごく高いんですよ。だから構成などはほとんどそのまま生かすことが多くて。あとはシンセを加えたり、「このフレーズはピアノとペダルスティール、どっちにしようか?」みたいな話をしたりするくらいかな。
飯塚 そういう話ができるのも楽しいんですよね。デモの段階でかなりイメージが特定されちゃうんですけど、みんなと話す中で少しずつ形が変わるので。
──飯塚さんが作曲したのは、どの曲ですか?
飯塚 4曲目の「1LDK」、7曲目の「Art is」、8曲目の「Liverpool」ですね。
猪股 どの曲も純くんっぽいよね。とにかくメロディがいいんですよ。
──「1LDK」「Art is」はどちらも鍵盤のフレーズが軸になってますよね。「Liverpool」はThe Beatlesの有名なフレーズがちりばめられていて。
飯塚 はい。The Beatlesが大好きなので。
伊地知 中学生みたいだな(笑)。
飯塚 The Beatlesのリフを組み合わせて、このバンドで演奏したらどんな曲になるだろう?っていう。それだけの曲ですね(笑)。
猪股 オマージュですね。
メロディとリズムに漂う“猪股節”
──猪股さんが作った曲は?
猪股 2曲目の「Sayonara Goodbye」と、9曲目の「Sad City Ondo」です。さっき言ったように僕はメインのリフしか持っていかないことが多いんですが、「Sayonara Goodbye」は軸になってるフレーズが「Sayo, nara, Sayo, nara……」と言っているように聞こえる気がして……。
伊地知 わかりづらいよ(笑)。
猪股 そうか(笑)。「Sad City Ondo」のほうは、僕がやってるDr.DOWNERに「〇〇音頭」という曲がいくつかあって。そのシリーズの一環ですね。悲しいお祭りみたいなイメージかな。
宮下 そのイメージは何かのアニメの影響?
猪股 いや、なんか普通に街を歩いてて思いついた。たぶん横浜とかだと思うんだけど、「一見、盛り上がっているように見えて、実は闇が深い」感じ。すごく寂しいんだけど、その雰囲気を音頭にしてみたら楽しくなるんじゃないかなと。
宮下 この曲、エンジニアの葛西さんがアイデアを出してくれたんですよ。曲の雰囲気を汲んで、ペダルスティールの主旋律に1オクターブ高いフレーズを加えて。あれ、幽霊っぽくていいよね。
猪股 うん、あれはよかった。あと、ドラムを自分で打ち込んで、潔さんに「この通りにやってください」とお願いして。イントロのドラムパターンが曲のキモだったから、潔さんに断られたらどうしようかと思ったけど、やってくれてよかったです。
伊地知 (笑)。この曲もそうだけど、猪股が作る曲は全部“猪股節”が効いてるよね。
──個性や癖が出てる?
伊地知 そうですね。猪股とは10代の頃から知り合いなんですよ。会ったときは高校生だった?
猪股 ギリ卒業してました。
伊地知 それ以来、彼が作る曲をずっと聴いてるので、すぐわかるんですよ。横浜界隈には猪股の影響を受けてる若いバンドがけっこういて、「こいつら、猪股の曲が好きだな」というのがすぐわかる(笑)。
宮下 メロディとリズムに特徴があるからね。
猪股 むしろゴリ押ししてるからね、それを。
伊地知 その感じが好きなんでしょ?
猪股 そう。まずは自分のやってることを好きにならないと。
伊地知 そのわりにはネガティブワードが多いよね(笑)。
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“そういう気分になれる”チャイニーズ風ファンク