三月のパンタシア「愛の不可思議」インタビュー|愛に向き合うための光と影の物語

三月のパンタシアの5枚目のフルアルバム「愛の不可思議」がリリースされた。

小説と音楽を掛け合わせ、これまでさまざまな物語を描いてきた三月のパンタシアが、今作で向き合ったのは“愛”という大きなテーマだった。愛は人の心にどういった影響をもたらすのか? 愛は本当に必要なものなのだろうか? 三月のパンタシアにとっての愛とは? このアルバムは全11曲を通して、愛について考えを巡らすことができる作品となっている。

音楽ナタリーでは5曲の新録曲の話を中心に、みあに愛のさまざまな側面について語ってもらった。

取材・文 / 中川麻梨花

みっともなさや滑稽さも物語に変えていきたい

──2022年3月発売の「邂逅少女」以来、約2年半ぶりのアルバムとなりますが、その間、三パシは配信も含めて積極的に楽曲を発表されていました。みあさんにとってこの2年半はどういうものでしたか?

「邂逅少女」をリリースする前に、初めて本当の自分自身の姿で人前に立つタイミングがあって。

──ずっと顔出しをせず活動されていましたが、2021年11月にライブ「三月のパンタシア LIVE2021『物語はまだまだ続いていく』」のステージで初めて素顔を明かしましたよね(参照:三月のパンタシアの新たな物語が始まる、再会の場所で見せた“ありのままの姿”)。

デビュー前からネット上の人として振る舞ってきましたが、もう少し生身の人間としての声を届けてみたいという思いがどこかにあって。“物語を音楽にしていく”という三月のパンタシアのコンセプトはずっと変わらないけど、素顔を明かして、その意思をはっきりと表明してからは、その物語に自分の生々しい感情が反映されるようになったと思います。例えば、「マイワンダー」(2022年12月配信)とか。

──「マイワンダー」は創作活動への憧れや葛藤が描かれた楽曲でしたよね(参照:三月のパンタシア特集|みあ×はるまきごはん対談+みあ単独インタビューの2本立てで紐解く“新章”)。

悔しい気持ちや挫折みたいな、カッコ悪くてみっともない感情は、本当は人にあんまり知られたくなくて、できれば隠しておきたい。周りには、うまくいってる自分の姿だけ見せたいと思っちゃう。でも、素顔を公開してからはそういうみっともなさや滑稽さも物語に変えていきたい、歌ってみたいと思うようになって、素直な感情がそのまま歌詞に投影されるようになった。そういう楽曲が、ここ2年半の間に増えたような気がします。

──まさに今回のアルバムも、その変化が大きな要素になっています。今回は“愛”をテーマにしたアルバムですが、その中には三月のパンタシアにとって、みあさんにとっての愛の形がストレートに描かれた曲もあると感じます。

はい。あとは「ゴールデンレイ -解体新章-」(2023年8月発売のEP)のタイミングで「三月のパンタシア、新章に突入します」と謳ったのも大きかったです。今までは淡くて切ない、青春の甘酸っぱい情景を主に物語を描いてきましたけど、青春時代ってキラキラした部分だけではなくて、ドロドロした感情や、それこそ滑稽でみっともない思いを抱くこともあるもの。「青春の暗部も暴いていきたい」と思って、「青春を、暴く」という新たなテーマを掲げたのは、分岐点の1つでした(参照:三月のパンタシア、新テーマ「青春を、暴く」掲げて新曲「ピアスを飲む」配信リリース)。自分の書きたいものを書きつつ、「もっといろんな場所に行ってみたい。新しいところに進んでみたい」という思いでチャレンジを続けてきた2年半だったのかなと思います。

愛には不可思議な力がある

──「愛の不可思議」と題されたこのアルバムでは、さまざまな側面から“愛”というものが描かれています。愛は人に光をもたらすこともあれば、人の心に影を作ることもある……そこには「キラキラしたものだけではなく、その裏側にあるものも暴いていきたい」というような、今話してくださった新章のテーマの影響も感じましたが、どういうふうに愛と向き合ってアルバムを作っていったんですか?

「人を愛する気持ち」と聞くと、美しくて尊いものという、明るいイメージが浮かぶ人がどちらかというと多いんじゃないかと思うんです。もちろん、何かを愛することで勇気をもらえて、それが力に変わるという経験は自分もしてきた。ただ、愛することで深く傷付くことだってあるなって。それもまた自分の経験の中で思い当たることがある。やっぱりそういう傷付いた経験をすると……愛って、衣食住と違って、なくても生きていけるものだなと思うんです。

──究極的に言えば、そうですよね。

生きていくうえで他者との関わりは持たなきゃいけないけど、そこを薄く浅く築いて、自分の心を強く持ってさえいれば、別に1人でも生きていけるのかもとか、自分の感情に他者が介入することで、深く傷付いたり、振り回されたりするくらいだったら、もう愛なんていらないって思っちゃうこともある。ただ、そうやって傷付いたとき、もう一度そこから立ち上がる力をくれるのも、何かを愛する気持ちなのかなって。そのくらい愛すること、または愛されることって、人間の心の色彩を簡単に塗り替えてしまう。愛ってそういう不可思議な力があるなと思うんですよね。愛というものが、人の心にどういうふうに作用するのか……それを今改めて物語にすることで「愛は本当に必要なのか?」「傷付いてまでどうして人は愛することをあきらめないのか?」ということについて考えてみたいなと思って、アルバムを作っていきました。

「愛の不可思議」完全生産限定盤ジャケット

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愛するがゆえにやってることが、結局愛をダメにさせる

──新曲の中でも、愛が人の心に影を落としてしまったことを歌う曲から話を聞いていきたいと思うんですが……「完璧彼女」はクリエーターコラボレーションスペースのMECREを通して、みあさんの小説「君のことを知りたい」を元にデモを公募して作られた曲です。主人公が自分の彼氏のスマートフォンを勝手に見まくって検索履歴などから理想の彼女に近付いていこうとするという物語ですが、なかなかすごい内容の小説をテーマにしましたね。

確かに(笑)。公募させていただくということで、キャッチーなテーマがあったほうがいいのかなと思って、わかりやすく歪んだ愛情を持った女の子を主人公にしてみようかなと。恋人のスマホを見るか見ないかの論争ってありますよね。見たいかどうかで言ったら、純粋な興味として見たい人のほうが多いんじゃないかなと思うんですけど。

──ただ、実際に見るかどうかという話ですよね。

そう。ほとんどの人は見ないんじゃないかなって、周りの人の話を聞いていても思う。でも、見たいという気持ちもわかるんですよね。相手のことを強く思うからこそ不安になることもあるでしょうし。ほかの異性と交流を持ってるんじゃないかなという不安が生じて、「明日バイトって言ってたけど、本当にバイトかな?」と思って、Googleカレンダーを見たくなっちゃう人もいるかもしれない。あと、「いつも検索窓で何か調べてるけど、何を調べてるのかな?」とか。好きな気持ちからどんどん相手のことを知りたいという欲求に発展していって……。

──気になりだしたら止まらない。

「好き」という気持ちが「知りたい」につながるのって、そんなに否定されるべき感情ではないと思うんですけど、この主人公は「知りたい」が熟しすぎて、「彼のことを乗っ取りたい」「自分のものにしたい」という支配欲が占めてる。小説の中に「支配こそ自由だ」と書いてるんですけど、相手のことを自分がコントロールすることで、初めて自由に愛せる。彼女にとっては、相手のことが好きだからこそやってること。だから、「愛がゆえの行為なんだよ」と彼女は言いたいんでしょうけど、それって結局そばから見たら狂ってるんです。愛するがゆえにやってることが、結局愛をダメにさせるという一例です(笑)。愛情が人を闇落ちさせる物語があったら面白そうだなって。

──でも、側から見たら闇落ちしてますが、主人公の女の子自身は、自分が狂ってるという自覚がそんなにないですよね。

そうですね。狂ってはいるけど、この子自身は愛することで弱くなっていなくて、むしろ強くなってるような……たぶん振られるので、このあとめっちゃ病むと思うんですけど(笑)。

──(笑)。でも、その強さがあるからか、曲調はそこまで重くないですし、むしろ軽やかな部分もあって。キャッチーなリフも入っていますし、そこにこの主人公らしさも出てるように感じました。

今回は公募だったので、いろんな曲調の楽曲が集まって。その中でも、ドロッとした感情だからこそ明るくかわいく狂気的に歌うのが面白そうだな、歌詞を書いてみたいなと思って、この曲を選ばせてもらいました。印象的なリフもデモの時点で入っていて。全体的にデモのアレンジから、ほとんど変わってないですね。

──そこにみあさんが歌詞を付けられたと思いますが、この曲、ちょっとゾクッとするようなパンチラインが多いですよね。「インスタDM全力でスクロール」とか、「パスコード 目をつむっても打てちゃうよ」とか。みあさん的にはスラスラ書けた感じですか?

そうですね。リズミカルな楽曲だったのと、「こいつは狂ってるぞ!」という主人公像が自分の中にすごくはっきりとあったので。書いていて楽しかったです。1番のサビの「交友関係 LINE Google検索履歴」のハマりのよさとかは、自分でも気に入っていますね。でも、やっぱり書くのに勇気が必要だった曲で……「こういう人なんだ」って思われたくないから(笑)。

──誤解されてしまうリスクはありますよね。

やっぱり、作り手や歌い手と歌詞の内容を重ねて聴く部分があると思うんです。自分もリスナーとして、普段そういう聴き方をしていますし。だから、この曲を世に出すことで、「恋人のスマホ見る系の人なのかな?」って思われたらどうしようって(笑)。もうちょっとマイルドな歌詞にしようかなと考えたんですけど、これも文章で表現する人間の宿命かなとも思って、そのまま発表することにしました。

──三月のパンタシアの作品は、愛によって歪んでいく主人公の曲がけっこうあると感じていて。歪み方は主人公それぞれですが、愛と歪みというのは、みあさんの中で密接につながっている?

そうですね。恋人だけじゃなくて、友人同士でも愛は生じると思うんですけど、その関係がうまくいくことばっかりじゃないと思うんです。ものすごく信じていた恩師や友人に、実は影で裏切られたり。それを知った瞬間の心の衝撃って、やっぱりものすごく大きい。自分もそういう経験があるし、衝撃が大きければ大きいほど、愛は歪むものだと思う。でも、それが人間の生の姿だとも思うので、そのグロテスクさも、描き切ってみたいなという気持ちがあります。