ナタリー PowerPush - パスピエ

これぞ「幕の内ISM」、コミック&お笑い異世界のあの人と邂逅

大胡田なつき×魚喃キリコ対談

大胡田なつきが“対談したい人”として名前を挙げたのは、「Strawberry Shortcakes」「blue」などで知られるマンガ家の魚喃キリコ。魚喃作品を愛読し多大な影響を受けてきたとあって、大胡田は緊張した面持ちで対談に臨んだが、2人はすぐに意気投合。憧れの“キリコさん”を前にした彼女は、絵について、詞について、バンドについて、そして普段は多く語らない自身について明かしていった。

取材・文 / 宇野維正

すごい! 生きてるって感じがしますね!

魚喃キリコ なつきさんってお呼びしていいですか?

大胡田なつき はい! じゃあ、私はキリコさんって呼んでいいですか?

魚喃 うれしいー! お願いします(笑)。

──この企画は、大胡田さんに、まずは実現できるかどうかは考えずに、自分が一番対談をしたい方の名前を出してもらったんですね。そこで最初に名前が挙がったのが魚喃さんで。無理を承知でお声をかけてみたら、なんとこうして快諾していただけたという。

大胡田 あまりインタビュー記事などを拝見したことがなかったので。

魚喃 今、私は41歳で、デビューをしたハタチのときから35歳くらいまではけっこう表にも出てたんですよ。きっと、なつきさんが私のマンガを読んでくれるようになったあたりから、ちょうど出なくなったんだと思う。

大胡田 東京に出てきてからキリコさんのマンガに出会ったので、ちょうどその時期ですね。

──魚喃さんがメディアにあまり出ないようになったのには、何か理由があるんですか?

魚喃 作品をあまり出さなくなったので、表に出る理由がなくなった。それだけです。でも、マンガ家であることを辞めた、表現者であることを辞めたわけじゃなくて、今は自分が生きていていろんなことを経験している中で、人間としての経験値を上げて、ネタを溜めている時期です。なので、また、何か形になったら発表するつもりで、今も少しずつやってる感じですね。

大胡田 すごい! 生きてるって感じがしますね!

ずっと実体験を描いてきただけ

──大胡田さんが初めて魚喃さんの作品に触れたのはいつ頃だったんですか?

大胡田 東京に出てきたばかりの頃なので、7、8年くらい前ですね。その頃によく会っていた人の部屋に魚喃さんのマンガがあって。

魚喃 それは男の人?

魚喃キリコ「blue」

大胡田 女の人です。その人の部屋に「blue」があって。最初に読んだのはそのときです。それが今まで読んだことのないマンガの感じで。線とかも、あまり描き込んだりしないじゃないですか。

魚喃 そうですね(笑)。

大胡田 それが、なんかキレイだなと思ったんです。そこからどんどんファンになって自分で作品を買い集めていきました。

魚喃 「blue」は私が高校生でマンガ家を目指しているときに、プロになったら絶対にこれを描こうって高校時代から思ってた話。

大胡田 じゃあ、あのお話は体験談というか、ご自分のことなんですか?

魚喃 うん。だけど、「blue」からほかの作品に手を出したときに、違和感とかなかったですか?

魚喃キリコ「ハルチン」

大胡田 違和感はなかったです。最近買って読んだのが「ハルチン」なんですけど、あれもキリコさん自身の話なんですか?

魚喃 そう。あれはね、「Hanako」って雑誌から2Pマンガの連載をやってみないかっていう話があって。ハルチンは最初23歳なんだけど、私もそのとき23歳で、ずっと実体験を描いてきただけ。私が歳を重ねていくのと同時に、ハルチンもどんどん歳をとっていくの。あれを読んだとき、裏切られたとか思わなかった?

大胡田 思わなかったですけど、「blue」も「ハルチン」も実体験というお話を今聞いて、いったいどういう方なんだろうなって謎がどんどん深まるというか。

自分の隣の部屋にこういう女の子が住んでるのかなって

魚喃 私もなつきさんに対して似たような感じを抱いてます。パスピエの音楽からは、クールで繊細でかわいくってっていうイメージを持つんですけど、描かれている絵がね──言葉は悪いけど、いい意味のつもりで言うね──意外にちょっと頓馬な絵を描いたりするじゃないですか(笑)。だから二面性があって面白い人だなと思った。

大胡田なつきが描いた「幕の内ISM」アートワーク。

大胡田 私、これまで生きてきて、わりと自分のことがコントロールできてないというか、人生を通して、あんまりキャラが定まってないんですよね(笑)。それがパスピエというバンドに入ったことで余計に、ただでさえ定まってないのに、「パスピエの大胡田なつき」っていう新しいアウトプットまでできてしまって。それまではけっこう内面にこもって生きている人間というか、頭の中でいろいろ考えてるような生き方だったんですけど、パスピエに入ってから、ちょっとだけふざけられるようになったというか。もともと人と話をすることがすごく苦手で、最近やっとこうやって話せるようになったので。今日も、自分からお願いしておいて、いざ対談が実現することになったら、すごく緊張して(笑)。

魚喃 「対談」って2文字が悪いよね。「おしゃべり」にしようか(笑)。でも、今なつきさんが言ってたこと、自分も少し似てるって思っちゃった。パスピエの大胡田なつきがいるっておっしゃってたじゃないですか。1人の身体だけど、中に何人かのなつきさんがいるっていうことだよね? 私にもそういう感覚があって。私の身体は1個だけど、魚喃キリコっていう人間がいて、友達とかと遊んでるときのキリコっていう人間がいて、あとは本名の自分がいて、みたいな。多重人格とかそういうんじゃないけど、それをいつも使い分けてる感じ。

大胡田 それはすごくわかる。女性って、普通にそういうところあるのかもしれないですね。もちろん男性にもあるんでしょうけれど。なんていうか、女性のほうがもっと“普通に”という感じで。

魚喃 ありがちな例で言うと、合コンの最中も、友達と連れ立って行くトイレでの態度と、席に座ったときの態度が全然違うとか(笑)。

大胡田 キリコさんのマンガには、そういうシーンがよく描かれてますよね。彼が席を立ったら、すごい勢いで化粧を直すとか。私、キリコさんの作品を読んでいると、自分の隣の部屋にこういう女の子が住んでるのかなって思うんですよね。

魚喃キリコ「blue」のワンシーン。 (c)魚喃キリコ / 祥伝社フィールコミックス

魚喃 それはたまに言われます。隣の部屋で起きている出来事みたいだって。そう言われて私が思うのは、「あ、自分のこととは思わないんだ」ってこと。私は、表現者としての自分の仕事は、人に感情を伝えることだと思ってるの。人の感情を動かせないようだったら、人にものを伝える資格がないくらいに思ってて。それで、いろんなことを自分で体験していって、それを表現していくと、結局ノンフィクションになっていっちゃうんですよね。だから、私の作品は私小説というか、私マンガみたいなものなんです。「本当にこういうことあったの?」とか親にまで言われたりしてたけど(笑)。マンガ描くと親に怒られるの(笑)。当時は「読んでんじゃねーよ」とか思ったりしてた(笑)。

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大胡田なつき×魚喃キリコ対談
成田ハネダ×うしろシティ対談
パスピエインタビュー
2ndフルアルバム「幕の内ISM」 / 2014年6月18日発売 / unBORDE
2ndフルアルバム「幕の内ISM」
初回限定盤 [CD+DVD] / 3000円 / WPZL-30860~1
通常盤 [CD] / 2484円 / WPCL-11854
幕の内盤(DISC 1)
  1. YES/NO
  2. トーキョーシティ・アンダーグラウンド
  3. 七色の少年
  4. あの青と青と青
  5. ノルマンディー
  6. 世紀末ガール
  7. とおりゃんせ
  8. MATATABISTEP
  9. アジアン
  10. 誰?
  11. わすれもの
  12. 瞑想
幕の外盤(DISC 2)※初回限定盤のみ

パスピエ TOUR 2013 “印象・日の出外伝” at AKASAKA BLITZ (2013.12.21)

  1. OPENING ~ S.S
  2. デモクラシークレット
  3. トロイメライ
  4. 名前のない鳥
  5. とおりゃんせ
  6. フィーバー
パスピエ

パスピエ

2009年に成田ハネダを中心に結成。メンバーは大胡田なつき(Vo)、成田ハネダ(Key)、三澤勝洸(G)、露崎義邦(B)、やおたくや(Dr)の5名。都内を中心にライブを行い、2010年3月に自主制作盤「ブンシンノジュツ」をライブ会場限定で発表。2011年に1stミニアルバム「わたし開花したわ」、2012年に2ndミニアルバム「ONOMIMONO」をリリースし、卓越した音楽理論とテクニック、ポップセンスで音楽ファンの話題をさらう。2013年3月に初のシングル「フィーバー」、6月にメジャー1stフルアルバム「演出家出演」を発表し、その後数々の大型ロックフェスに出演。また東阪で行われたパスピエ主催によるイベント「印象A」「印象B」や初のワンマンツアーも全公演ソールドアウト。2014年は3月に両A面シングル「MATATABISTEP / あの青と青と青」、6月に2ndフルアルバム「幕の内ISM」をリリースした。

魚喃キリコ(ナナナンキリコ)

魚喃キリコ

1972年新潟県生まれ。1993年、月刊漫画ガロ(青林堂)に「hole」が掲載されデビュー。必要最小限のネームで作品を構成するクールな作風で人気を博す。代表作に「blue」「Strawberry shortcakes」があり、両作は実写映画化に至るヒットを記録している。1998年、Hanako(マガジンハウス)にて連載されていた「ハルチン」の単行本が刊行され、2008年には同作の未刊行分をまとめた「ハルチン2」が祥伝社より刊行された。またフランス語圏での人気も高く、2008年には現地の美術賞を受賞。翌年のアングレーム国際漫画祭では「魚喃キリコ展」も開催された。マンガ家としての活動以外に、NHKラジオ第1放送で2008年まで放送された番組「土曜の夜はケータイ短歌」にて、ふかわりょうとMCを務めていた経験を持つ。


2014年6月26日更新