画面が小さくて面倒くさいことはメリットでもあるんです
──1990年代の機材を実際に触ってみて、どんなところに魅力を感じました?
西山 まず音以外の部分で言うと、やっぱカッコいいじゃないですか(笑)。
柴田 筐体がね(笑)。
西山 車とか時計とかと一緒だと思うんですよ。でかくてカッコいい筐体から音が鳴るっていう、その時点で自分たちはめちゃくちゃ魅力的に感じて。自分たちが音楽を始めたときにはDTM用の機材はほとんどソフトシンセに切り替わってたんで、むしろあの筐体を新しく感じたんですよね。
──なるほど。
西山 古いシンセは、モデリングとかリメイクでソフトウェアに移植されているものも多くて、音的にもすごい再現度だし、ノイズも少ないし、絶対にソフトのほうに分があると自分たちも思っているんですよ。でも音楽を作るときに、実機のツマミをいじってプリセットを探しながら「この音いいな」ってやってるとすごく……。
柴田 テンションが上がる。
西山 ですね。そうなると、音から受けるインスパイアも全然違ってくるから、ソフトシンセを使ってもたぶん同じ曲はできないと思います。
柴田 あと昔の機材ってスペックが低いから、“ギター”って名前の音色なのに変な三味線みたいな音だったりするんですよ(笑)。けど、そういう音はギターの代わりとしては使い物にならなくても、ギターとして使わなければいろいろな使い方ができるんですよね。そこが面白いです。
西山 僕はギターを弾いてたので、初めて音源モジュールにプリセットで入ってるギターを聴いたとき、全然ギターの音じゃないのに“ギター”って書いてあるのに腹が立ってきて(笑)。でもいろいろやってるうちに「ギターって書いてあるのが悪いんであって、この音が悪いわけじゃないな」と気付いたんです。例えば打楽器的に使うとか。ベースも同じで、シンセベースって名前だからといって低音で鳴らさないといけないルールはなくて、高い音を出してもいいんですよ。古い機材でも使い方を変えると、聴いたことがないような、新しいシンセみたいな音に聴こえるんです。
柴田 テクノロジーの発展途上の時代に作られた機材だから、今の機材には入ってないような、用途不明な音が多いんですよね。そういう「こんなんどこで使うの?」みたいな音が、すごく僕たちの創作意欲をかき立てるんです。曲を作りたくなる音なんですよね、絶妙に。
──今までの話を聞いてると「1980年代に、二束三文で投げ売られていたTB-303を金のないトラックメイカーが買って、開発者が想定していた“エレキベースの再現”とは全然違う使い方をしたことでアシッドハウスが誕生した」という話に共通するところがありますね。
柴田 ああ、そうですね、偶然(笑)。
──「この機材だからこそいい音楽が作れる」というのはわかりましたが、それ以外の部分、例えばエディットなどの操作が面倒だとか、機材のコンディションが不安定だとか、ライブのとき持ち運ぶのが一苦労とか、たぶんデメリットもいろいろありそうですよね。その中で一番つらいことってなんですか?
柴田 画面が小さいことですね。面倒くさくて「音作りあきらめよう」って気持ちになるんですよ(笑)。でもそれはメリットでもあって、曲作りに集中できるんです。パラメーターをずっといじってると、いつまでも音色作りをしてしまって自分でもわかんなくなってくるんですけど、妥協点があると先に進められるので。
西山 僕も柴田くんも優柔不断なので、なんでもやれる状況だと、何をやっていいかわかんなくなっちゃうんですよね。だから「自分が持っている音源モジュールのプリセットからしか音を選べない」という縛りがあるとやりやすい。たぶん「どんな楽器でも入れていいよ」ってなると、収集が付かなくなっちゃうんです。それに、さっき“ギター”の音の話でも言いましたが、「制限があるからこそ工夫次第で新しいことができる」という面もあるので。デメリットがメリットになっているところはあると思います。
──確かに。
西山 とはいえもちろん大変ですけどね。最近引っ越したんですけど、引越業者を使わないで友達と一緒にハイエースで運んだら、ラックに入れた音源モジュールを全部持っていくのがしんどくて(笑)。同じような音しか出ないのばっかりなんですけどね。ドラムマシーンも20台くらいあったから半分くらい実家に置いていくことにして、「俺は何をやってるのかな」って気持ちになりましたね(笑)。
柴田 僕も部屋がケーブルだらけなんですけど、飼ってるハムスターに噛まれて「わー」みたいな(笑)。
西山 カフェとかでラップトップ1台で音楽を作ってる人を見ると、うらやましく感じるときはあります(笑)。
サンプリングはしないけど、サンプリングの感覚に近いかもしれない
──先ほど、ソフトシンセを使わない理由については伺いましたが、時代の空気感をエッセンスとして取り入れるには、サンプリングも1つの手段なのかなと思います。それについてはどうですか?
柴田 Art of Noiseだったり、一時期の砂原良徳さんのように、サンプリングというものをコンセプチュアルに考えているのであればいいと思うんです。例えばボーカルのカットアップだけで曲を作るとか。そういう“ゲームのルール”のようなものがあってサンプリングを使うのは面白いと思うんですけど、さっきの音作りの話と同じで、サンプラー自体は箱だから何でも取り込めちゃうので。
西山 前に一度「当時の質感を取り入れたい」と思ってサンプリングしたことはあるんです。音源モジュールに「ROMプレイ」っていう機能が付いていて、要するにデモ演奏なんですけど、それをサンプリングして切り刻んで使ったらすごくよかったんですよね。同じ機材から鳴ってる音だから統一感があって。
柴田 よく考えたら僕たちは、ループを組んでDAWに取り込んで加工して曲にしているので、それってターンテーブルとサンプラーで作る音楽と近い感覚なんですよね。だからもし僕たちが80年代や90年代に活動してて、同じ機材で曲を作っていたとしても、作り方が違うから絶対にこういうふうにはならない。
西山 ああ、確かに。昔の人は音源モジュールを使うときに、MIDIに流し込んでマルチトラックで一気にレコーディングしていたと思うんです。僕らもMIDIで曲を流すんですけど、その音をDAWに取り込んで、プラグインのエフェクターでイコライザーやリバーブ、コーラスとかをかけて加工するので、やってることはサンプリングの感覚に近いかもしれない。
──サンプリングのネタを自分で作ってる、みたいな。
柴田 そうなんですよ。自家発電ですね(笑)。
──曲のモチーフだったり世界観に共通する部分があるので、パソコン音楽クラブをヴェイパーウェイブと同じような感覚で聴いている人もいるのかなという気がします。
西山 そうみたいですね。
──曲調だったりは別物だし、似て非なるものなのは明らかなんですけど、お二人はヴェイパーウェイブについてどう考えていますか?
柴田 自分たちが音楽を始めた頃にはすでにヴェイパーウェイブというジャンルは大人気だったけど、ヴェイパーウェイブをやろうとは思ったことは1回もないです。何をやっても二番煎じにしかならないので。ただ、ヴェイパーウェイブによって価値の転換が起きたというか、音楽の聴き方が変わった面はあって。
西山 どうでもいいBGM的として扱われてきた音楽、例えばスーパーマーケットミュージックとかに価値を付けてくれたという意味では感動しましたね。
柴田 あとヴェイパーウェイブの元ネタになっている音楽には魅力を感じていました。たまたま近い時期に、全然違う流れでヴェイパーウェイブが生まれて、その考え方とか好みとかが僕たちと同じ方向を向いていたのはあるかもしれないと思ってます。
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歳を取ったら消えちゃう感覚に、すがりつきたい気持ち