夜更けのリビング。メガネをかけた顎の長い男は、スマホで次の仕事の予定を確認していた。彼の名は稲田直樹。お笑いコンビ・アインシュタインのボケ担当としてブレイクし、今やテレビで引っ張りだこの人気芸人だ。出演が決まったバラエティ番組に提供する資料を探すため、稲田は押し入れからダンボールを取り出した。

ダンボールの中には稲田の高校時代の思い出の品々が詰め込まれていたが、彼の目に留まったのは1冊のノートだった。手に取ったノートをパラパラとめくった稲田は、そこに挟み込まれた1枚の写真を見つける。半分に折られた写真に映るのは、花火を手にした笑顔の女の子。時が止まったかのように写真に見入った稲田は、ベランダに向かうと窓を開けて涼しい夜風を浴びる。そして遠い夏の日に思いを馳せた。

夏休み、僕らは河原へ行き、花火で遊ぶ。パピコを頬張ったまま夢中で花火に興じる君の姿は、幻想的な光の中でいつも以上に輝いていた。

学校の帰り道、街を見下ろす丘で君と分け合ったパピコで乾杯した。キラキラと揺れる木漏れ日の下、パピコを頬張る君の横顔を眺めた。思い出が増えるたびに君への思いはどんどん膨れ上がっていた。

ある日の夕方、僕は河川敷に座って、君が来るのを待っていた。君と2人で食べるためのパピコを手にして。今日こそ思いを伝えよう。すぐ先の橋を歩く君を見つけた僕は立ち上がろうとして、君の様子がいつもと違うことに気付く。

君は先を歩く男子グループに向かって走ると、その中の1人に遠慮がちに声をかけた。向かい合ってお辞儀をする君が何を話しているのかはわからない。でも、その男子と並んで歩き出した君は心底うれしそうで、その笑顔はこれまで見たこともないような眩さに満ちていた。俯いた僕の手には誰とも分け合うことのできないパピコがあった。

稲田が半分に折れた写真を開くと、そこには高校時代の自分の姿が映っていた。あの夏の日に撮った唯一のツーショットだ。玄関のチャイムが鳴り、コンビニ袋を手にした相方の河井が部屋に入ってくる。ソファに腰かけた河合は、いつもと雰囲気の違う稲田を前に「いや、お前、なに暗い顔してんねん」と驚きつつ、買ってきたパピコを2つに分けて差し出す。

「ネタ合わせしようや」

パピコを受け取り、河井の言葉に頷くと稲田の表情がようやく和んだ。