大友良英|音楽だけでも成立する劇伴、“大きく包み込む音楽”でドラマを盛り上げる

大友良英が、大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~」のサントラ盤「大河ドラマ『いだてん』オリジナル・サウンドトラック」の後編と、これまでの劇伴作品やCM提供曲を集めたアルバム「GEKIBAN -大友良英サウンドトラックアーカイブス-」の2作目を同時リリースした(参照:大友良英「いだてん」サントラ後編&「GEKIBAN」第2弾を同時リリース)。

3月の「いだてん」サントラ盤前編と「GEKIBAN 1」同時リリース(参照:大友良英「『いだてん』オリジナル・サウンドトラック 前編」「GEKIBAN 1」インタビュー)から約4カ月を経て発表された今回の2作品。音楽ナタリーでは、今回もそれぞれの作品について大友にインタビュー。さらに前回の取材時に話題に挙がった「福島わらじまつり」の改革についても話を聞いた。

取材・文 / 加藤一陽 撮影 / タマイシンゴ

まだ制作は終わっていない

──「大河ドラマ『いだてん』オリジナル・サウンドトラック 前編」「GEKIBAN 1 -大友良英サウンドトラックアーカイブス-」をリリースされた際もお話を伺いましたが、今回は両作品の続編です。「いだてん」のほうから伺うと、まだドラマが終わっていない中でサントラ後編の完成となりました。しかしドラマが終わっていないということは、まだレコーディングは残っているんですよね?

大友良英

そうなんです。終わっていないからまだ忙しいわけなんですよ。最終回に向けてのレコーディングが7月末から8月にかけて。最終回の台本も6月末に草稿が上がってきて、今(取材は7月半ば)完成稿に向けてどんどん改訂版が上がってきているところです。

──これからまた曲も作るのですか?

うん、作る作る。「もうだいたいできたな」と思っていたんだけど、そんなことなくて(笑)。今の時点で最後の10話ぶんくらいが残っています。これから最後のレコーディング。大きな録音という意味だと次が4回目ですね。

──前回のインタビューで、「大河ドラマはサントラが4枚出ることが多いけれど、あえて前編と後編の2作品にまとめることにした」とおっしゃっていました。でもこの感じだと、もう1作くらい作れそうですね(笑)。

そうそう、実はもう1枚作りたくなっている(笑)。前編と後編で終わるつもりだったんだけど、後編が終わりじゃないから。

──そうなんですね。タイトルが難しそうです。

完結編。前後編のタイミングで作った曲でも、長さの関係で入れられていない曲もあるからね。だからそういったものも入れたいと思うし。そもそも“前後編”って言い方は、脚本からきてるんです。ただ最後の10話ほどはあきらかに違うフェーズにはいく……戦後の話になっていく。雰囲気もかなり変わる。あまりドラマのあらすじは言えないですけどね。なので、現状では脚本にあるわけではないけど、完結編って言い方をしてもいいかなと。

──いよいよ完結編、本当にリリースされそうですね。

ビクターが許してくれたらだけどね(笑)。まあ気持ちとしては出したいな、と思っています。

主人公を変えるための音楽

──改めてサントラ盤の後編について伺います。前編と大きく異なる点などはどういったところですか?

脚本的には、後編は田畑政治が中心に描かれていきます。前編は金栗四三っていう、ある種近代以前の人が初めて近代に触れるという話ですけど、田畑は近代の申し子のようなところがある。だから音楽の雰囲気も大きく変えました。前編では太鼓とか三味線とかを使って、和声的にはあまり複雑にしない素朴な感じが多めだったんですけど、後編からは和声的にも多少複雑にして。江藤直子さんによるオーケストレーションを付けたものも前編よりはるかに多いし、ジャズを取り入れたりしています。前編では太鼓といってもシンバルのような近代的なものじゃなくて、皮を鳴らすようなイメージ。人を集めて太鼓をボコボコやるような曲が多かった。でも田畑のほうでは、僕らが慣れ親しんでいるような音楽にグッと近づけている感じかな。

──サントラの前編からは、生命感のようなものが伝わってきます。

後編になると、どんどん近代……このドラマで言えばオリンピックがその象徴ですが。それがよくも悪くもガッと入ってくる。だから金栗四三編のあとの田畑編になっていくと、もう最初から今現在に通じるような匂いを感じさせるようにしていきました。金栗さんは、僕らとタイプの違う人間が異界から出てくるイメージ。田畑は最初から僕らの世界の人間。極端に言えば音楽的にはそういう分け方をしていましたね。

──そういった展開のさせ方は、脚本や台本を読んであらかじめ意識していたものだったのですか?

それはもう、最初から。まったく違った雰囲気に変えようと思っていました。井上(剛。 / チーフ演出)さんともあらかじめ話していましたし。取材で金栗さんの故郷の熊本に行ったとき、なんか東南アジアっぽい雰囲気があったんです。金栗さんが育ったあたり、今行っても日本じゃないみたい。ものすごく森深いところで。それを“のどかな田舎”って感じで描くのではなくて、いい意味で野蛮というか、ものすごくエネルギッシュな、近代に染まる前の雰囲気の音楽でグルーヴさせようと思ったんですよね。

──ドラマの雰囲気も大きく変わったように感じましたが、それは音楽が果たした役割も大きそうです。

田畑編になっても実は金栗さんも嘉納治五郎もちょくちょく出てくる。気を付けないと“前編に田畑さんが加わる”みたいに見えちゃうんで、バックに流れる音楽をガラッと変えることで、金栗さんをメインじゃないように見せるというか、ドラマを田畑色に染めていく。主人公を変えるための音楽、みたいなことも考えながら作りましたよ。

──そういった音楽的な技法を楽しめるのも、長くて多層的な「いだてん」の構造があればこそですね。

そうそう。ワンクールのドラマとかだとそういうことにはなりませんよね。長くやっているドラマじゃないと。「あまちゃん」のときも、アキが東京に出てきたときに、素朴な田舎の感じの音楽ではなくて、田舎が懐かしくなるような音楽にガラッと変えたけど、それとちょっと似ているかもしれないね。

「サンダーバード」にハマって

──今回のミュージシャンクレジットを拝見したところ、渡辺貞夫さんなどがいらっしゃって。とても豪華ですね。

はい、豪華ですよね。俳優陣も豪華だけど、負けないくらい豪華なミュージシャンを呼びました。そんなこともあって、録音していてすごく楽しかったです。前編はね、まだドラマがどっちに向かっていくか手探りだったからいろいろなタイプの曲を録っていて、そういう意味ではけっこう“産みの苦しみ”みたいなものがあったんです。でも後編の録音のときは方向が明確に見えていたから、すごく楽しかった。

──お作りになった楽曲は、録音時にミュージシャンにどう展開していったのですか? 

大友良英

「金の男」なんかはオーケストラだから完全に譜面に起こしてあって、即興とかは一切ない。最初からオーケストラ用に江藤さんと作った曲です。この曲、気付いている人は気付いているかもしれないけど、「サンダーバード」のイメージなんですよ(笑)。

──言われてみると、確かに。

逆に「闘う女子」の譜面は極めてシンプルなものの譜面を持っていって、録音時に発展させました。ストリングスは書き込んでいましたけど。だから曲によってメリハリを付けています。ほぼ即興なものもあれば、「孝蔵のブルース」のようにシンプルなメロディだけを書いていったものもあるし。「孝蔵のブルース」は本当にジャズみたいに、メロディだけ作って即興的に作っていったもの。大友良英ニュージャズクインテットで演奏していて。あとは、「焼け野原」はほぼ即興ですね。

──楽曲のタイプによって、さまざまな手法で作られているんですね。

「田畑のテーマ」は、ジャズのビッグバンドみたいな感じで作っていきました。佐藤允彦さんのピアノと山崎比呂志さんのパーカッションをフィーチャーして。CDには入れられなかったけど、この曲のスローバージョンもドラマでけっこう使われています。これなんか、阿部サダヲさんがすごい早口の演技をしているのを初めて観て、とにかくすごく速いジャズのような曲を作ろうって話してこの曲になったものなんです。せわしないやつ。

──阿部さんが演じる田畑のせわしなさが表現されていますね(笑)。

実はこれも、「サンダーバード」のテーマの出だしの「ファイブ……ジャーン! フォー……ジャーン! スリー……ジャーン!」って、あのコードを使って作っているんです。誰も気付いていないと思うけど(笑)。後編のレコーディングのとき、自分の中でちょっと「サンダーバード」が流行ったんだよね(笑)。

──改めてですが、同じドラマのサントラとはいえ、前編とは違った楽しみ方ができそうです。前編とのコントラストがはっきりとしていて、その意味での面白さも感じました。

そうかもしれませんね。後編はドラマを観なくても、ただの音楽アルバムとしても成り立つように作りたいって今回のCDの選曲や構成をやってくれたSachiko Mとも話していて、それに沿って彼女が構成してくれました。だからドラマを知らない人でも楽しめると思います。さっきも言ったけれど、そのうえでさらに音楽アルバムとしてもう1枚、完結編が作れればいいなと思ってます。