ナタリー PowerPush - 大友良英

狂騒のあとで

2011年、俺はまさに春子さんみたいで

──2011年の「プロジェクト FUKUSHIMA!」はすごく盛り上がったように感じましたけど、それでも届かない部分があったと。

1年目はあれでよかったって思うんです。音楽好きとか、カルチャー好きな人たちと問題意識を共有できたところはあったし。ただ2年目に入るにあたり強く感じたのは、わかっている者同士のつながりだけではなく、普段は全然つながらないような人たちも含めた土俵を作ることの必要性で。

──全然つながらない人たちにも届くような動きが必要だと。

“地方と中央”について考えたときに、東京で生活している自分では全然見えていないことがあるって気付いて。例えば「あまちゃん」の登場人物でいうと春子(小泉今日子)さんがわかりやすいかな……俺はまさに春子さんみたいで。最初福島に戻ったときに、東京から北三陸に戻ったときの春子さんと同じような戸惑いがあったんです。最初はね、今の地方都市って、どの都市も同じようなチェーン店で街が形成されているじゃない? 俺自身が東京で普通に利用しているコンビニとかも当たり前にあるし、ネットだってあるし。だからこっちとしては、それほど東京と地方って差がないと思っていたんです。でも震災後に福島に行ったときに、実は地元の人と自分の間のギャップがあって。

──その“差がない”と思ってしまう感覚、わかる気がします。

大友良英

そのギャップは、昔福島に住んでいたとき以上のものだったんです。入ってくる情報も違えば、物事の捉え方すら違いがあるように感じて。もちろんそれが悪いってことではなく、「あ、全然違うんだ」って思った。それで、価値観は違うままでいいから、それでも一緒になんかやれたらいいなって。決して“みんながひとつになる”みたいな話じゃなくて、ひとつにならないで一緒にやるような土俵作りをしたかったんですね。自分の理屈を人に押しつけるのも嫌だし、嘘をつくのも嫌だし。

──なるほど。

でも問題はもっとややこしくて。震災があった当初は、避難する人、しない人、何かに賛成する人、反対する人……っていろいろな考えを持った人がいて、それでみんなが日本中が1つになれないことにイライラしているようにも感じたんです。意見の違う人をやたら非難するような感じもあって、いろんなところに大きな亀裂が入っているみたいで。だから「ひとつになる必要もないんじゃないか?」って誰かが言ったほうがいいと思ったし、“本来人間なんて意見が違うのが当たり前”ってところに立ち返らないと、自分自身の居場所すらなくなっちゃうなっていう危機感もあったんです。

──確かに震災直後は、そんな状況でしたね。

だからこそ祭りをやることで、地元の人もそうでない人も、避難した人も、残った人も、それぞれに意見はあるだろうけど、祭りのときくらいは同じ土俵の中でいろいろやっていけたらいいなって思ったんですよ。でも簡単にはそうならなかったですねえ。結局、趣味を同じくした人たちだけが集まるみたいなね。まあ世間のことをそんなに知らない、音楽家のやることだしね。

──そうだったんですね。

でも、その欠落した部分に「あまちゃん」がすこーんとハマったというか。甲子園とかで応援団が「あまちゃん オープニングテーマ」を演奏しているのを聴いて、あ、こういうことでいいんだなって。実際「あまちゃん」って、本当に大きな祭りみたいな感じになりましたよね。「こうやって祭りの土俵を作っていけばいいんだ」ってことに「あまちゃん」は気付かせてくれたんです。「とりあえずいろいろあるけど、音楽の鳴っている間はわっと踊って、でもって踊りの時間が終わったらまた厳しい現実に戻っていく」みたいな。そして一瞬でも一緒に踊る時間があれば、厳しい現実の見え方が変わってくるんじゃないかって。甘いかもしれないけど、そんなことを考えたんです。

宮藤さんの脚本はそれだけで“作品か”っていうくらい面白い

──では、そんな「あまちゃん」の劇伴をやることが決定してからの話に移ります。劇伴の制作は音楽が付いていない映像を観ながら考えるわけですよね。

通常はそうだけど、「あまちゃん」の場合は、脚本や筋の段階で演出や音響のスタッフとともに、役作りと同時並行で「どういう音楽が必要か?」って考えました。だから、実は映像の前から音楽制作は始まってるんですね。昨年の夏の時点で「実はアキ(能年玲奈)の母親である春子が『潮騒のメモリー』を歌っていた」っていうドラマの筋はできていて、それをもとに作曲が始まりました。去年の年末はまだ映像もほとんどできていない状態だったんですけど、Sachiko Mさんにも参加してもらって、曲を作っては録ってという感じでデモを作り続けてましたね。だから多くは映像の前に曲はできていて、映像ができあがってからは音響や演出のスタッフがどの曲をどう当てていくか考える作業になるから、むしろ音楽家の手は離れる感じ。

──映像が上がる前に音を考えるって、すごいですね。

7月2日に東京・パルコ劇場で行われた大友良英 &「あまちゃん」スペシャルビッグバンドコンサートの模様。

宮藤さんの脚本がそれだけで“作品か”っていうくらい面白いですから、それをどうドラマにしてくかって……すごいプレッシャーですよ。脚本って、音楽でいう譜面みたいなものなんです。骨格っていうか。だからその譜面をもとに、演出、美術、カメラ、音響……ほかにもたくさんいるスタッフや役者さんと一緒に「どうドラマにしてくか」って考えるからこそ、あそこまでの作品ができたんだろうな。とにかく脚本をもとに、スタッフみんなが役作りするように音楽を考えるって過程が重要で。それで撮影の前の時点で「このシーンにも音楽が必要だよね」「こっちのシーンにはこういう音はどうだろう」みたいなものを、スタッフと会議しながら決めていきました。何回会議したかわからないくらい(笑)。録音もNHKのスタジオだったから、この1年は本当「NHKの社員証ください」って思うくらいNHKにいましたね。

──そうなんですね。

あとはなにより、脚本を読んだときに「これは絶対に面白くなるだろうな」って思えたってのが重要だったかな。最初に1週目の映像ができてきたときは、「これはすごいもんになる」って確信しましたよ。映像に関しては、最初に実際に放送されるよりも長めの尺の映像が送られてきたんですけど、そのシーンを2時間くらい続けたら映画になるんじゃないかっていうくらい素晴らしい映像で。でも、それをドラマの尺に合わせなくちゃならないでしょ? だから「どの部分が端折られるんだろう」と思っていたんだけど、編集された映像を観たら、宮藤さんの脚本の“らしさ”と井上さんの撮る映像の“らしさ”がどっちも出ていて……すごいなあって思った。あと自分で言うのもなんだけど、そこで音楽の果たした役割も大きかったと思います。

本当にみんなで作ったってことを知ってほしい

──レコーディングと作曲は並行して?

そうですね。俺がざっと書いた楽譜をスタジオでメンバーに渡して、それをもとにレコーディングしていくわけだけど。でも従来の劇伴のように譜面をそのまま演奏すれば曲になる、みたいなやり方じゃないですから。作業としては、“よく知っているメンバーたちとともに一緒に音楽を作っていく”っていう感じでした。とはいえ1日に何十曲も録音しますから、それぞれの方向を明確に、的確に、そして素早く示すことや、それも含めた段取りを考えておくこともものすごい重要で。それがないと今回みたいなレコーディングは無理ですね。作曲と同じくらい、ディレクションと段取りの調整にも時間をかけましたよ。

──その仕切りは全部大友さんが?

基本的な部分を俺がやったうえで、現場では制作の人と一緒に。いつもならそれでいいんだけど、今回は曲の数もものすごい量だったんで、やっぱり大変でした。俺、1回目の録音が終わったとき倒れたもん(笑)。で、レコーディングや作曲を進めていくうちにどうしても1人じゃ回らなくなるところもあったんで、ストリングスのアレンジなんかでも多大に尽力してくれた江藤直子さんや、「潮騒のメモリー」なんかを作曲したSachiko Mさんにも途中から劇伴会議にも入ってもらって。段取りの部分とかでも分業できるところはするようにしました。だから後半は彼女たちのアイデアもずいぶん入ってます。

12月5日に東京・NHKホールで行われた大友良英 &「あまちゃん」スペシャルビッグバンドコンサートの模様。

──レコーディングに参加したミュージシャンを見ると、あまちゃんスペシャルビッグバンドの中心メンバーにもなっているチャンチキトルネエドのメンバーの方々をはじめ、長見順さんやナスノミツルさんなど、本当にたくさん人が関わっています。

本当たくさん入っていますよ。ジャズ系の人もいればインド音楽の人もいるし(笑)、いつもの俺の劇伴に参加してくれているメンバーもたくさんいる。あとはクラシック系のストリングスの人たちもいますし。

──そういえば、大友さんは早い段階でレコーディングメンバーを発表してましたよね。ナタリーでは3月31日にメンバー発表の記事(参照:大友良英音楽担当のNHK朝ドラ「あまちゃん」参加メンバー)を出しています。これはドラマが始まる前日でした。

どうしても“音楽、大友良英”ってだけ書かれることが多いでしょ? まるで1人で作ってるみたいな。でも、「それはちょっと違うぞ」って言っておきたくて。ドラマにたくさんの役者さんが出ているように、俺の劇伴はいろんなミュージシャンが役者のようにそろってこそなんで、みんなで作っているってことをちゃんと出したかったんです。本当はドラマのオープニングロールにもみんなの名前を入れたいくらいだけど、15分あるドラマのうちの1分しかないわけですから。音楽家だけじゃなくて、美術の人だってカメラマンだって名前が出てこない人がたくさんいるわけで、だからせめて自分のブログで名前を出せればって思って。

──そういうところ、本当大友さんらしいですね。

自分のTwitterでもレコーディングの裏話を発信したけど、なによりもいろんな仲間と作っているっていうことを知ってほしいという意味もあったんです。あと、宮藤さんの出す小ネタなんかも紹介したいなって気持ちももちろんありましたよ。実際音楽だけじゃなく、例えば美術スタッフにしても、宮藤さんの脚本にはない小ネタをいっぱい作っていましたからね。そういう意味では制作陣はみんな大変そうだったけど、でも本当に楽しんでドラマを作っていたんだと思うな。

──確かに、ドラマで春子のデスクの張り紙に書かれた言葉とか、思わず笑ってしまうような仕掛けが多かったですね。芸が細かいと思う一方で、スタッフが楽しんで作っていることが伝わりました。

そうそう(笑)。ああいった小ネタみたいなものって、スタッフがノリで勝手に作っている場合も結構あって(笑)。それが面白いからそのまま通してしまうという懐の深さも現場にはあった気がしますね。

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大友良英(おおともよしひで)
大友良英

1959年、神奈川県生まれ福島県育ちの音楽家。主な演奏楽器はギター、ターンテーブル。1990年にGROUND ZEROを結成後、国内外で作品をリリースやライブを行う。GROUND ZERO解散後はフリージャズやノイズミュージックのフィールドで活動を続ける傍ら、DATE COURSE PENTAGON ROYAL GARDENなどさまざまな音楽プロジェクトへ参加する。加えてカヒミ・カリィの2010年のアルバム「It's Here!」でプロデュースを担当するなど、膨大な数の音楽作品に携わる。

劇伴制作にも定評があり、「青い凧」(1993年)や「アイデン&ティティ」(2003年)、「色即ぜねれいしょん」(2009年)といった映画、「クライマーズ・ハイ」(2005年)や「その街のこども」(2010年)、「とんび」(2012年)といったドラマのヒット作で手腕を振るう。さらに現代美術やメディアアートの分野でも評価が高く、音響機器を利用した展示作品「without records」「ensembles」などの展示を国内外で開催している。2011年には東日本大震災を受けて、自身が10代を過ごした福島県で「プロジェクト FUKUSHIMA!」を展開。野外音楽イベント「フェスティバル FUKUSHIMA!」の開催をはじめとした一連の活動が評価され、2012年度の「芸術選奨文部科学大臣賞芸術振興部門」を受賞し話題を集めた。

2013年には、NHK連続テレビ小説「あまちゃん」の音楽を担当。ドラマのヒットとともにその劇伴にも注目が集まり、サントラや劇中歌などが次々とCD化された。また「あまちゃん」のオープニングテーマと劇中歌である「潮騒のメモリー」の2曲で「第55回 輝く!日本レコード大賞」の作曲賞を受賞。さらに劇伴を実際にライブで披露する大友良英&「あまちゃん」スペシャルビッグバンドを結成し全国ツアーも行った。

主な著書に「MUSICS」「大友良英のJAMJAM日記」「シャッター商店街と線量計 -大友良英のノイズ原論-」。