アンダーグラウンドから駆け抜けた10年、大森靖子の「THIS IS JAPANESE GIRL」宣言 (2/2)

私は対話することをあきらめたくない

──2020年にベストアルバム「大森靖子」を発表したあとは、新型コロナウイルスの感染拡大によりライブ活動ができない期間に入りました。当時はライブの代わりに制作に集中していたそうで、年末にはアルバム「Kintsugi」も発表されました。

少し前になるんですが、2017年に道重さんが音楽活動を再開してから、提供曲をいっぱい作っていたんです。そのおかげで「自分でなんでも作れる人間になりたい」という気持ちが生まれたから、うまく切り替えられたんだと思います。

──2020年代に入ってからはZOC以外にもMAPA、はる陽。さんなど複数アーティストのプロデュース業も本格化しました。

たくさんの人に楽曲を提供していくうちに、プロデュースもできる人間になりたくなったんです。それから私個人の活動においても、いろんな子の感情を描くことでしか自分を肯定できなくて。私の感情は破綻しているから、他人を描くことでしか自分の輪郭を形成できない。だから音楽活動を止めてしまうと、女の子の人生を描いていない時期が生まれてしまいます。そういう期間は作りたくないし、全部芸術に昇華したい。

──その気持ちがソロ活動だけでなく、プロデュース業へとつながっていくんですね。プロデュースで意識していること、注意していることは?

メンバーの感情とギャップが生まれないよう気を付けています。アイドルグループの中には数世代も歳が離れた人が作詞していることがあるんですけど、2年くらい遅れた流行語を使っていたり、感情の描き方が漠然としたりしていて「リアルじゃないよな」と思うことがあって。彼女たちの感情の動きがどんなに破綻していてもいいから、私は対話することをあきらめたくないです。

大森靖子

──メンバーの方々とお話していて、どのような点でギャップを感じますか?

いわゆるZ世代の子たちは、SNSで躊躇なく発言することが多いですよね。何をされるかわからないけれど、私はどんなことを言われてもいい存在でありたいです。Z世代ならではの感情って絶対にあるので、その子たちと対話し続け、高い解像度でその感情を全部描きたい。だからこそ、若い子とは話し続けなきゃいけないですね。

──TOKYO PINKが設立され、多くのオーディションを実施していることは、若い世代の方たちと交流するきっかけにもなっていますよね。

そうですね。オーディションに来てくれる子の中には、パフォーマンスの才能がある子がいれば、人としてすごく面白い子もいて。両方が一致しているとは限らないので、メンバーにはなれなかったけど、その後も交流を続けているという子もいますよ。

顔出しして、恥もすべてさらして活動することに誇りを持っている

──大森さんはアイドルだけでなくソロ歌手、バーチャルシンガー、Vtuber、動画サイトを活動拠点にしている“歌い手”など、活動形態を問わず数多くのアーティストに楽曲を提供しています。さまざまなシーンの方々と交流することで、影響を受ける部分もありそうですね。

影響を受けたというよりは、私ができることとできないことが明確になった、というのはありました。例えばバーチャルシンガーだと顔出しできないからこその苦労があって、自分だったら耐えられないと思います。人として実在しているけど表に出せない、というのは。

──逆にバーチャルシンガーと、ライブで活動するタイプのアーティストの共通点はどこだと思いますか?

徹底的にビジュアルやキャラクターを作り込んでいて、ファンもそれを求めているのは昔のアイドルに近いかもしれないです。だけどバーチャルシンガーは長く続けるのは難しいみたいで、活動期間の短い方が多くて。その文化自体はなくならないと思うけど、「長く続けるにはどうしたらいいんだろう?」とはよく考えます。

──シーン全体の特徴として、活動を続けていく難しさがある。

私は顔出しして、恥もすべてさらして活動することに誇りを持っているので、バーチャルシンガーやVtuberの方たちとは真逆の存在だけど、当事者たちの気持ちや状況を何も知らないで意見を言うのはどうかと思うんです。ちゃんと向き合ってどんな方か知ってから判断したいので、「自分の得意分野じゃないな」とか「本当に自分が必要なのかな」と思っても、オファーがあれば引き受けています。そこから新しいものが生まれたら面白いですしね。

──だからこそ、大森さんが関わってきたアーティストも幅広くなったんですね。

……とは言ったけど、基本的に依頼された仕事は断っていないだけかも(笑)。スケジュールの都合で難しいこともあるけど、どれも楽しんでやっています。

──ソロ活動に話を戻すと、2022年に発表されたアルバム「超天獄」はsugarbeansさん、設楽博臣さん、千ヶ崎学さん、張替智広さんからなる“四天王バンド”とともに作り上げました。

四天王バンドのメンバーとは過去にも何度かレコーディングしたんですが、いいグルーヴが生まれ始めて、試しにこのメンバーでMAPAのアルバム「四天王」を作ってみたら手応えがあったんです。自分が成長できるだけじゃなく、お客さんにもいいものが届けられるんじゃないかなって。それを実現するために作ったのが「超天獄」でした。

──レコーディング期間が4日間というのも驚きました。あっという間に完成したんですね。

みんな演奏がうますぎて(笑)。でもレコーディングに入る前、各楽曲の音作りはかなり時間をかけました。作り込んでいないというわけではなくて、完成までの道のりがスムーズだった感じですね。

大森靖子

普通に生きていけない、若い人たちの感情は見逃したくなかった

──デビューから現在まで振り返ってからニューアルバム「THIS IS JAPANESE GIRL」を聴いてみると、これまで関わってきたアレンジャーが多数参加したことで「洗脳」のようなバラエティの豊かさを感じました。一方で「桃色団地」は提供者である向井秀徳さんの魅力が際立っていますし、つんく♂さんの提供曲「ミス・フォーチュン ラブ」は大森さんがつんく♂さんに影響を受けた部分が明確になっていて、10周年ならではの味わいもあります。

最近「マジックミラー」と同じくらいメッセージの強い曲をいろんな人に提供しているんですが、「大森さんが歌わないのはもったいない」と言われることが何度かあって。そんな中で10年間を振り返ってみて、みんなが求めている大森靖子像、「これを大森靖子に言ってもらいたい」という要望に応えた作品を作りたくなったんです。パンクでロックで少女なのが私らしさで、それを知ってもらいたかった。

──その思いがアルバムの制作につながっていった。

私の活動の基本はカウンターカルチャーで、今でも自分のことをアングラな歌手だと思っているので、私じゃないとできないことを意識しました。一番社会に必要なものは“変わり続けること”だから、それを踏まえつつ10年間avexで活動してきた証を示す意味を込めて「THIS IS JAPANESE GIRL」というタイトルにしました。

──先ほどお話したZ世代の方たちとの交流は、本作に生かされましたか?

はい。やっぱり若い人たちの感情は見逃したくなかったので、そこは意識しました。ほかの世代が見たら反社会的、犯罪だと思われそうなことも、普通に生きていけないからそういう状況になっているわけで。それは社会のせいだし、その中で生きている女の子たちの気持ちは大事にしました。

──参加されたミュージシャンはおなじみの方から新たに携わった方まで幅広いですが、どのようにオファーを進めたのでしょうか?

「もっといろんな人と制作しよう」という感覚はなくて、「この人のやっていることはカッコいいな」と心から思える方をお誘いした感じですね。向井秀徳さんはよくライブで競演していたので、直接相談しました。

──向井さんも大森さんと同じく、かなりの本数のライブをこなしていますよね。ZAZEN BOYSだけでなくソロ、少し前だとNUMBER GIRLとしての活動もありましたし。

以前これまでやってきたライブの本数を数えてみたら、何十年も活動している方の本数に匹敵するぐらい多かったんですよね。同じくらいライブの回数を重ねている、向井さんのような大先輩と競演するときは、遠慮せずに演奏できるからすごくやりやすくて。よく競演するのはそういうところもあるかもしれないです。

大森靖子

すべての感情を拾うのは、自分なりの誠実さ

──これまでの作品を振り返ってみて、大森さんの歌詞は初期から「これってどうなの?」といった疑問、「自分にとってこれが素晴らしい」というリスペクトを明確に示し続けていて、そこが大森さんがおっしゃった“パンクでロック”らしさにつながっているように感じました。

一番醜いものを一番美しいものとして描くことは常に意識していて、それを大事にすることで、私の曲を聴いてくれた方が「誰にも受け入れられなかった気持ちを受け入れてくれた」と感じてくれるのかもしれません。聴いてくれた人が「救われた」と言ってくれることで私自身も救われるし、「私も歌っていいんだ」という気持ちになれる。共依存のような関係だけど、美しいなって思います。

──もう1つ、先ほどアレンジャーさんから歌詞について「気持ちが破綻している」と指摘されたとおっしゃっていましたが、例えば恋愛では好意だけでなく、歯がゆさや不安などさまざまな感情が生まれますよね。大森さんはその感情の移り変わりを丁寧に拾ってきたからこそ、多くの方の琴線に触れることができたのではないでしょうか。

やっぱり全部描きたいんですよね。人間誰しも多面的な生き物なのに、いいところだけ見せるのは不義理に感じてしまうので。すべての感情を拾うことで人間が生きていることをありのままに表現できるし、それが自分なりの誠実さなのかもしれません。

──メジャーデビューから現在まで振り返りましたが、大森さんにとってこの10年間はいかがでしたか?

こないだ親に電話したとき、「よくこんな生活10年もできたね」って言われたんですけど、同じ気持ちです(笑)。メジャーレーベルでできることはやり切ったけど、これからやるべきことは頭の中に浮かんでます。あと、厄年が今年までだから早く終わらせたい(笑)。来年はよりいい年にしたいなと思います。

ライブ情報

大森靖子「THIS IS JAPANESE GIRL TOUR 2024」

  • 2024年11月9日(土)新潟県 GOLDEN PIGS RED STAGE
  • 2024年11月10日(日)石川県 金沢EIGHT HALL
  • 2024年11月24日(日)大阪府 GORILLA HALL OSAKA
  • 2024年11月30日(土)福岡県 BEAT STATION
  • 2024年12月1日(日)福岡県 BEAT STATION
  • 2024年12月14日(土)東京都 豊洲PIT
  • 2024年12月18日(水)愛知県 DIAMOND HALL
  • 2024年12月22日(日)宮城県 Rensa

プロフィール

大森靖子(オオモリセイコ)

愛媛県生まれのシンガーソングライター。2013年3月に1stフルアルバム「魔法が使えないなら死にたい」発表後、同年5月に東京・渋谷CLUB QUATTROでワンマンライブを実施し、レーベルや事務所に所属しないままチケットをソールドアウトさせた。2014年9月にavexからメジャーデビューし、同年12月にメジャー1stアルバム「洗脳」を発表。メジャーデビュー5周年となった2019年にはさまざまな記念施策を実施し、2020年2月にはベストアルバム「大森靖子」を発表した。さらに2023年からはメジャーデビュー10周年に向けた企画「大森靖子10周年プレミアム輪廻ガチャ10」を展開。その一環として2024年9月にニューアルバム「THIS IS JAPANESE GIRL」をリリースした。