ナタリー PowerPush - 鬼束ちひろ
タトゥーから暴力事件まで── 本人が語る知られざるエピソード
鬼束ちひろが帰ってきた。
しばしの沈黙を経て待望の復活を遂げた彼女は、4月6日にニューシングル「青い鳥」、4月20日に1年半ぶり6枚目のオリジナルアルバム「剣と楓」を連続リリース。さらに4月には本人の語り下ろしによる単行本「月の破片」も刊行。世間を騒がせた暴力事件の顛末や独自の人生観など、30年間の人生にまつわる知られざるエピソードや赤裸々な思いを明かしている。
そして、雑誌「papyrus VOL.35」では、計25ページにおよぶ鬼束ちひろ大特集を企画。単行本のうち6章分のテキストの先行掲載に加え、本人のプロデュースによる撮り下ろし写真も多数掲載している。
これらの動きを受け、今回ナタリーPower Pushでは単行本収録の「タトゥー」と題した章の全テキストを特別丸ごと掲載する。また「papyrus」の日野淳編集長がナタリー読者に向けて、この企画に込めた思いを綴ってくれた。鬼束ちひろの素顔に迫るこの2つのテキストを、まずはじっくりと楽しんでもらいたい。
大好きな街NYで、左腕の肘から下にタトゥーを入れた。トライバル柄に十字架のような模様、そして星も散らして。パワーをコントロールするという明確な目的があった。
(鬼束ちひろ単行本「月の破片」より)
私のタトゥーは、簡単に言っちゃえば『ドラゴンボール』のかめはめ波みたいなもの。体の中のパワーを一カ所に集中させてビームのように放出させる、子どもの頃にみんなが真似したあの技だ。ファッションのためのタトゥーとは違う。必要に迫られて入れた、しるし。
どうして刺青なんかってよく聞かれるけど、一番の理由は、私のこのありあまるパワーをコントロールしたいっていうこと。曲を書いたり歌を歌ったりすることに、パワーは必要不可欠。だけど、自分でもそれをうまくコントロールできなくなってしまうことがときどきある。不眠も、過緊張も、泣き上戸なところも、暴れん坊冬将軍なところも全部、パワーが溢れていることと無関係ではないと思ってる。
「才能の塊で苦しいんだろうね」
初めて会ったカメラマンさんに、こう言われたことがある。才能があるかどうかはわからないけれど、いつも苦しいのはその通りだった。だから拡散しているパワーを一カ所に封じ込める手段が必要だった。それが私のタトゥーの意味。
どこに入れるかっていうのは、直感で決めた。左腕の肘下から手首まで。理由を聞かれてもわからないけど、パワーを溜めるならここしかないと思った。そのへんはアルバムのタイトルを決めるときの感覚と一緒。私は歌うとき、左腕の動きが独特だって言われるけど、もしかしたらそのことも関係があるのかもしれない。
タトゥーは大好きな街NYで入れることにした。覚悟を決めてドキドキしながら行くっていうよりは、ちょっとしたノリで彫ってしまうほうが気分的には合っている。だから二回目にNYを訪れたとき、現地の人にお店を紹介してもらって、ショッピングをするような感覚で行ってみた。
女の子ってよく、ティンカー・ベルやキティちゃんみたいなキャラクターものとか、背中に天使の羽みたいなラブリーなタトゥーを入れたりする。そういうのを見てかわいいのはわかるんだけど、おばあちゃんになったときにどうするんだろうって思ってしまう。スズメやツバメみたいな小鳥を彫って、年を取ってから「何これ、カラス?」って言われるのもちょっと悲しいし。鳥獣戯画とか地獄絵図みたいな本格的でオドロオドロしいのも、絶対にパス!
イメージは最初から固まっていた。まずトライバル風の柄で、手首と肘下の部分をブレスレットみたいにぐるりと囲む。これはパワーを封じ込める、結界みたいな役割。ふたつのトライバルの間には、十字架のような模様とトゥーフェイスを入れて、手の甲から腕にかけて星を散らした。十字架のような模様は、キリスト教のモチーフが好きだから入れたのだけど、普通の十字架は嫌だったから自分でデザインした。トゥーフェイスには、全体で唯一ここだけ青とネオピンクの色を刺してもらった。星を入れたのは、ちょっとだけチャーミングにしたかったから。マイケル・ジャクソンが好きだから、「MJ」ってどこかに入れようと思ったんだけど、マーク・ジェイコブスに間違えられるのも癪だし、そうでなくても世の中にはいろんなMJがいるからやめといた。
「うわあ、かっこいい! でも、怒られるかも!」
タトゥーの入った腕を最初に見たとき、感動しつつも両親の顔を思い出して、ちょっとひるんでしまった。
「これ以上、増やさんといてね」
私の性格を知り尽くしている母は、何を言っても後の祭りと思ったのか、腕を見てひとことだけそう言った。
「あんまりいいことじゃねえけどなあ」
父もそれ以上は何も言わなかった。
昔からいろんなことをすぐに後悔してしまうタイプだけど、タトゥーは数少ない後悔しなかったことのひとつになっている。むしろ今は、スッキリしているくらい。なぜかっていうと、これでとうとう、普通のおばさんにはなれないことを余儀なくされたから。自分の中で、覚悟ができたっていうのかな。おばさんになってから、この腕で餅をこねていたりしたら、それはそれでかなりイケてると思うけど。
すごく気に入っていて、自分の一部になっていると思う反面、パッと目に入ったりすると、いまだに見なれてなくてドキリとすることもある。そして自分の体に刻まれた模様を、じっと見つめる。不思議な感覚。眠れない夜に不安に襲われそうなときは、服の上から触っていると、自然と気持ちが落ち着いてくる。タトゥーは私にとって、お守りのようなもの。
「一度入れたら、もっといろんなところに入れたくなるよ」
周りの人は言うけれども、パワーを一カ所に溜めるっていう目的は果たしたのだから、私のタトゥーはこれで完了。新たな模様を入れるつもりはない。
タトゥーの入った腕でステージに立つ私を見て、「こいつ、気が狂いやがったな」と思う人もいるんだろうな。もしかしたら「昔とは違う!」ってショックを受けて、離れてしまう人もいるのかな。「いいぞ、もっとやれー!」って逆に好きになってくれる人もいるかもしれない。いろんな人がいろんなことを思うだろうけど、これが今の私。
もう普通のおばさんにはなれない私。体だけが大きくなったガキのままの私。このままファンキーに行くしかないね。
[巻頭特集] 鬼束ちひろ 私のすべては私のもの
暴力事件の被害者となった顛末から、左腕に入れたタトゥー、10年以上苦しめられている不眠症のことなど、すべてをありのままに語ったロングインタビューを独占掲載。その存在すべてで歌に向かっている鬼束ちひろの実像がここに。セルフプロデュースによる撮り下ろしグラビアも収録した大特集。全25P。
[初回プレス分]鬼束ちひろ本人からのメッセージカード特典付き
愛する家族、全存在をかけた歌、不眠症との闘い、そして通り過ぎた恋……。「鬼束ちひろ」として重ねてきた30年の記憶を今、1冊に閉じ込める。
鬼束ちひろ(おにつかちひろ)
1980年生まれ、宮崎県出身の女性シンガーソングライター。2000年2月にシングル「シャイン」でデビューし、続く2ndシングル「月光」がテレビドラマ「TRICK」の主題歌に起用され大ヒットを記録。翌2001年リリースの1stアルバム「インソムニア」がミリオンセラーとなり、一躍トップアーティストの仲間入りを果たす。以後順調にリリースを重ね、2004年にレーベルを移籍。同年10月にシングル「育つ雑草」をリリースするも、体調不良を理由にその後の活動がすべて白紙に。約2年半にわたる活動休止期間を経て、2007年に小林武史プロデュースのシングル「everyhome」とアルバム「LAS VEGAS」で復活。その後は不定期に活動を続け、2011年4月に6枚目のアルバム「剣と楓」をリリース。