布団から出れる人間と出れない人間
──伊藤さんは自分が影響を受けた作家の先生と今のような関係性になったことをどう感じていますか?
伊藤 快挙ですよね(笑)。やはり最初は緊張しました。一緒に飲みに行くときは、先生の小説に出てくる行きつけの飲み屋に連れていってもらうんですよ。そのたびに「ここで飲むんだ」って少し緊張しますね。あと最初はもっと怖い人だと思っていましたね。
──西村さんの小説の登場人物である「北町貫多」は西村さんの分身だと思って読んでいるので、あのイメージが強いですよね。でも実際にお会いするととても優しい方だなと。
西村 小説と書いてる人間は乖離しますからね。音楽はどうなんですか? どれくらい歌詞と乖離しますか?
伊藤 20%くらいじゃないですか。恥ずかしい部分や情けない部分を歌詞に書いているつもりなんですけど、やっぱりどこかでカッコよく加工してしまっているので。本当にそのままを書くと歌詞として成立しなくなっちゃうんですよ。
──なるほど。では逆に自分をそのまま全部出したような曲はあるんですか?
伊藤 「月になんて」とかは特に自分のことを歌ってるわけじゃないんですけど、自分が思ってることを100%書けた曲だと思っていますね。昔の曲ですけど。
──「月になんて」と西村さんの小説はどちらも、過ちを繰り返す中でわかっているけどやめられない、でもそんな駄目な自分をも肯定する何かがあるなと思うのですが。
伊藤 先生の小説に出てくる、日雇い時代の話とか共感するんですよ。あれって経験者にしかわからないと思うんですけど、仕事に行かないといけないんだけど、行けないときってあるじゃないですか。全身で「行きたくない」って思ってると言うか。その解決策もわかっているんだけど行けない。
西村 行けばいいだけなんだけど行けないって言うね。寒いから布団から出れないとか。それで布団から出れる人間と出れない人間に分かれるんですよ。僕は出られなかったタイプなので。お金だってわずかな金額があれば生きれるわけですし。
伊藤 僕はお金がなくて行けませんでしたね。まず交通費すらなかったので(笑)。
西村 あははは(笑)。僕は交通費だけは残してました。だって仕事場まで何駅分も歩きたくなかったので(笑)。
伊藤は国民的歌手
──西村さんはOLEDICKFOGGYの歌詞に自分を投影することはありますか?
西村 僕と伊藤さんは年齢も離れていますけど、やっぱり歌詞に自分を重ねる部分はありますね。しかも若いときの自分ではなくて今の自分を重ねることがあります。「いなくなったのは俺の方だったんだ」とかはまさにですね。あの歌詞は刺さりました。今や私小説なんて誰も見向きもしないジャンルなんですけど、それにしがみついている自分をどこかで誰かに肯定されたいという思いがありまして。そういう気持ちがあるからこそ私小説を書き続けられるんですけど、その密かな肯定の歌が僕にとっては「いなくなったのは俺の方だったんだ」なんですよね。しがみついてる“僕”が、周りから見たら“いなくなっている”。私小説もですけど、何かにしがみついているばっかりに、しがみつかざるを得ない人に本当にすごい歌を作ってくださったと思います。そういう意味でもあの歌は僕にとっての決定打でしたね。
──「いなくなったのは俺の方だったんだ」を伊藤さんはどういう気持ちで書いたのですか?
伊藤 あれは知人の話で……。ずっとパンクをやっていて、刺青だらけでモヒカンにしてライブ会場にずっといるんですけど、昔パンクだった仲間がどんどん就職したり家族ができたりしてライブハウスからいなくなってしまって。「あいつらみんないなくなったな」って思ったらしいんですけど、実はそうやって生活する中で環境が変わっていくことが普通で、向こうからしたら「いなくなったのは俺のほうなんじゃないか?」って思ったという話を聞いて。
西村 深いですね。
──そのときに感じた孤独を歌っていると。
伊藤 うーん、孤独と言うか……そうですね、孤独ですね。
西村 不屈の精神って言うんですかね。僕はそう感じました。こういうふうに年齢が離れていても自分の思いを乗せて聴ける音楽なんてなかなかないので、伊藤さんはある意味、国民的歌手だなと思いますね。
伊藤 国民的歌手(笑)。
──たぶんあの曲が刺さる人って、いなくなった側の人だと思うんですよね。なので、語弊があるかもしれないですけど、いわゆる普通の生活を送っている人より、孤独を感じながらも何かにしがみついてる人にこそ刺さる曲だと思います。
西村 そうですね。
──そしてそれは西村さんの作品からも感じるんです。西村さんの私小説に共感する人は……言葉を選ばずに言いますとろくでなしだと思うんです。そこは西村さんと伊藤さんの世界観の共通点なのかなと。
西村 そういう共通点がなかったら、伊藤さんとか一番近寄りたくないタイプですからね。ヤバくて目をそらしますよ(笑)。
尊敬し合う2人
──初めて会ったときの印象はお互いどうでした? お二人が初めて会った映画館での写真をSNSで拝見しましたけど、あんなに小さくなっている伊藤さんを観たのは初めてでした(笑)。
伊藤 あははは(笑)。ただのファンですからね。例えば好きなミュージシャンだったら「イエーイ!」って写真を撮りますけど、小説家の先生と写真を撮るのにそんなテンションだとちょっとシャバいじゃないですか。それに「俺は普通のファンとは違うんだぞ」っていう感じを出さないとなって思ったので(笑)。だからポーズですよ(笑)。
──西村さんから見た伊藤さんの印象はどうでした?
西村 お洒落なホームレスだなと思いました(笑)。でもやっぱり変なオーラはありましたね。あえて“変”と言いますけど、僕もOLEDICKFOGGYの音楽が好きで会ったので、尊敬モードに入っているんですよ。だからそれを感じました。作品や音楽にリスペクトを感じない人ってオーラも感じないじゃないですか。そういう意味では僕はほとんど人にそういうのを感じないんですよ。でも伊藤さんに対しては、はっきりとオーラを感じましたからね。
──自身の作品を好きだと言ってくれるバンドマンというだけでなく、西村さんもアーティストとしての伊藤さんに尊敬の念があると。
西村 だからいまだに伊藤さんには敬語を使ってますからね。
伊藤 まあ24時を過ぎたらだいぶ変わりますけど(笑)。
西村 そういう伊藤さんも24時を過ぎると僕のことを「あいつを呼べ」って言うんですよ。どこが尊敬してるんだって言う(笑)。
──関係性が深くなる中で発見したことなどはありますか?
伊藤 優しい人だなと思いました。
西村 あははは(笑)。伊藤さんはイメージ通りの人でしたね。いい意味でも悪い意味でもバンドマンらしい魅力的な男です。繊細なところもあるし、女の子を見たら必ず口説くし、そういう部分をひっくるめて気持ちのいい男だなと思います。そうじゃなかったらサシで飲んだりできないです(笑)。
──お互いの距離が近付くことで作品の捉え方が変わったりしますか?
西村 それはないですね。音楽は音楽としてわけているところがあるので。でもライブのDVDを観るとMCもほとんどしないし、しゃべっても詰まったりして、普段の伊藤さんが出ていてそこは畏怖と敬意の中にも親近感を抱きますね(笑)。
伊藤 僕も先生の作品を読むときはただのファンなので何も変わらないんですけど、これ、音楽を作っている人同士だったら変わるかもしれなくて。仲良くなって普段からしゃべるような人のCDを聴いたら「ふーん。こういう感じなんだ」って思うかも。でもそこはやっぱり先生とは違う畑だから、知り合ったからと言って作品がどうっていうのがないんだと思いますね。
西村 それはそうかもしれないですね。
伊藤 もし僕が小説なんて書いてこようものならむちゃくちゃに言われますよ(笑)。
西村 いや、でも伊藤さんにはいずれ散文を書いてもらいたいですけどね。まあでも出てきたら潰そうと思っています(笑)。
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最高傑作と言わざるを得ない素晴らしい作品
- OLEDICKFOGGY「Gerato」
- 2018年3月7日発売 / DIWPHALANX
-
[CD]
3240円 / PX333
- 収録曲
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- Gerato
- 昔日
- さよならが言えなくて
- KUNG FU VACATION
- mud puppets me
- アステマ
- 矛盾 / 葛藤 / 憎悪 / 滑稽
- don't touch me
- 汚れた詩情
- flexible
- 薄荷煙草とギムレット
- ベターエンド
- OLEDICKFOGGY「Gerato TOUR 2018」
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- 2018年3月18日(日)東京都 新宿LOFT(※ワンマンライブ)
- 2018年3月23日(金)秋田県 秋田LIVE SPOT 2000
- 2018年3月24日(土)岩手県 盛岡Club Change
- 2018年3月25日(日)栃木県 HEAVEN'S ROCK Utsunomiya VJ-2
- 2018年3月31日(土)岡山県 津山K2
- 2018年4月1日(日)和歌山県 和歌山CLUB GATE
- 2018年4月6日(金)青森県 Mag-Net
- 2018年4月7日(土)福島県 Out Line(※ワンマンライブ)
- 2018年4月8日(日)埼玉県 HEAVEN'S ROCK Kumagaya VJ-1
- 2018年4月14日(土)徳島県 club GRINDHOUSE
- 2018年4月15日(日)奈良県 奈良NEVER LAND
- 2018年4月21日(土)高知県 CARAVAN SARY
- 2018年4月22日(日)兵庫県 fab-space
- 2018年4月27日(金)愛知県 豊橋 club KNOT
- 2018年4月28日(土)静岡県 沼津POCO(※ワンマンライブ)
- 2018年4月29日(日・祝)大阪府 CONPASS
- 2018年5月3日(木・祝)東京都 下北沢BASEMENT BAR / 下北沢THREE
- 2018年5月4日(金・祝)岐阜県 yanagase ants
- 2018年5月5日(土・祝)三重県 MUSIC SPACE 鈴鹿ANSWER
- 2018年5月11日(金)山口県 Organ's Melody
- 2018年5月12日(土)島根県 アポロ
- 2018年5月13日(日)鳥取県 MOON&SPOON
- 2018年5月18日(金)滋賀県 B-FLAT
- 2018年5月19日(土)兵庫県 MUSIC ZOO KOBE 太陽と虎(※ワンマンライブ)
- 2018年5月20日(日)静岡県 FM STAGE
- 2018年5月26日(土)群馬県 高崎clubFLEEZ(※ワンマンライブ)
- 2018年5月27日(日)千葉県 千葉LOOK
- 2018年6月2日(土)宮崎県 SR BOX
- 2018年6月3日(日)鹿児島県 SR HALL
- 2018年6月8日(金)福岡県 小倉FUSE
- 2018年6月9日(土)福岡県 Queblick
- 2018年6月10日(日)福岡県 久留米GEILS
- 2018年6月16日(土)愛媛県 Double-u studio
- 2018年6月17日(日)香川県 DIME
- 2018年6月23日(土)京都府 KYOTO MUSE
- 2018年6月24日(日)三重県 club chaos(※ワンマンライブ)
- 2018年6月29日(金)山形県 LIVE ARB
- 2018年6月30日(土)新潟県 GOLDEN PIGS BLACK STAGE(※ワンマンライブ)
- 2018年7月1日(日)福島県 clubSONICiwaki
- 2018年7月7日(土)福井県 HALL BEE
- 2018年7月8日(日)長野県 the Venue
- 2018年7月13日(金)熊本県 Django
- 2018年7月14日(土)佐賀県 SAGA GEILS
- 2018年7月15日(日)長崎県 Studio Do!
- 2018年7月16日(月・祝)大分県 club SPOT
- 2018年7月20日(金)神奈川県 F.A.D YOKOHAMA
- 2018年7月21日(土)宮城県 enn 2nd
- 2018年7月22日(日)茨城県 mito LIGHT HOUSE
- 2018年8月4日(土)三重県 M'AXA
- 2018年8月5日(日)島根県 松江B1
- 2018年8月6日(月)広島県 TO FUTURE
- 2018年8月10日(金)岩手県 KLUB COUNTER ACTION MIYAKO
- 2018年8月11日(土・祝)岩手県 KESEN ROCK FREAKS
- 2018年8月12日(日)宮城県 石巻BLUE RESISTANCE
- 2018年8月18日(土)愛媛県 niihama Jeandore
- 2018年8月19日(日)岡山県 PEPPERLAND
- 2018年8月24日(金)京都府 STUDIO FARM
- 2018年8月25日(土)静岡県 Shizuoka UMBER
- 2018年8月26日(日)静岡県 G-SIDE
- 2018年9月1日(土)愛知県 名古屋CLUB QUATTRO(※ワンマンライブ)
- 2018年9月8日(土)福岡県 Queblick(※ワンマンライブ)
- 2018年9月9日(日)広島県 福山 Music Factory
- 2018年9月14日(金)福島県 Karan堂
- 2018年9月15日(土)新潟県 小千谷市山本山高原山頂広場
- 2018年9月16日(日)富山県 MAIRO
- 2018年9月17日(月・祝)石川県 vanvanV4
- 2018年9月21日(金)北海道 livehouse mosquito
- 2018年9月22日(土)北海道 帯広Rest
- 2018年9月23日(日・祝)北海道 北見夕焼けまつり
- 2018年9月24日(月・振休)北海道 KLUB COUNTER ACTION
- 2018年9月29日(土)大阪府 梅田CLUB QUATTRO(※ワンマンライブ)
- 2018年10月5日(金)沖縄県 Output
- 2018年10月6日(土)沖縄県 宮古島YUM YUM
- 2018年10月12日(金)山梨県 KAZOO HALL
- 2018年10月13日(土)福島県 LIVE STAGE PEAK ACTION
- 2018年10月14日(日)栃木県 CLUB South BBC
- 2018年10月20日(土)山形県 酒田hope
- 2018年10月21日(日)宮城県 仙台MACANA(※ワンマンライブ)
- 2018年10月28日(日)東京都 日比谷野外大音楽堂 (※ワンマンライブ)
- OLEDICKFOGGY(オールディックフォギー)
- 伊藤雄和(Vo, Mandolin)、スージー(G, Cho)、TAKE(B)、四條未来(Banjo)、yossuxi(Key, Accordion)、大川順堂(Dr, Cho)からなるラスティック・ロックバンド。エモーショナルでポリティカルな日本語詞と1960年代後半~70年代前半の日本のフォーク、ニューミュージック的な温かいメロディー、そして時にはハードコア・パンクな側面を見せる独特なサウンドが特徴。2003年に結成されて以来、さまざまなジャンルのバンドと競演を重ね、年間平均100本のライブで知名度を上げてきた。2012年「京都大作戦2012 ~短冊に こめた願いを 叶いな祭~」に出演後、活躍の場を広げ、2014年には映画「クローズEXPLODE」の挿入歌として代表曲「月になんて」が使用された。2016年3月に5th新作アルバム「グッド・バイ」をリリース。全国縦断63会場ツアーを敢行し、ツアーファイナルの東京・渋谷TSUTAYA O-EASTワンマンを大成功に終わらせる。2016年8月には川口潤監督によるドキュメンタリー映画「オールディックフォギー / 歯車にまどわされて」が劇場公開された。2017年3月にベストアルバム「オールディックフォギー名作撰 破戒篇」「オールディックフォギー名作撰 絶海篇」を2作同時リリース。2018年3月に6枚目のフルアルバム「Gerato」を発売し、レコ発ツアーのファイナルとして10月に東京・日比谷野外大音楽堂でワンマンライブを行う。
- 西村賢太(ニシムラケンタ)
- 1967年7月12日生まれの作家。私小説の書き手として知られる。2007年「暗渠の宿」で第29回野間文芸新人賞を、2011年「苦役列車」で第144回芥川龍之介賞を受賞。最新作は2018年1月発売の「夜更けの川に落葉は流れて」で、同書にはOLEDICKFOGGYの伊藤雄和が帯コメントを寄せている。