いい言葉はクサくない
──「風船メモリー」は僕にとってアルバム後半のハイライトでした。最初から最後までドラムが歌い続けていますね。
高橋直希くんという若いジャズドラマーに叩いてもらいました。最初は自分で叩いてたんですが、技術の問題でもう少し間のある感じだったので、ちゃんとうまいやつに叩いてもらったほうがいいかなということで。
──これはジャズドラムと言っていいんですか?
ジャズではないかな。聞いたことない感じになったらいいかな、っていう感じですかね。スネアの2拍と4拍のアタックを外すことは、大橋トリオではわりと初期からやってるんですけど、聴きやすくまとめるのがだいぶうまくなったと思います。昔は意識しないとできなかったけど、自然にやれているという。サポートドラマーに伝えるのも、その人の中にもともとはない要素だったりすると、しっかり理解しながら表現してもらうのが難しくて。直希くんの中にもここまでの“外し”はなかったみたいなので、レコーディングでわりと細かく詰めました。
──「薤露青」は宮沢賢治の詩にメロディを付けた曲ですが、詞先はもしかして初めてですか?
いえ、矢野(顕子)さんとの「窓」という曲でやってますね。それまで詞先はうまくいったことがなかったんですけど、矢野さんがせっかく書いてくれたから、うまくいかなきゃ絶対ダメでしょというプレッシャーの中でできた、僕の中では名曲です。
──では「薤露青」は大橋さんの中で名曲になりましたか?
映像ありきで作った曲だから性質が違いますけど、いい言葉はやっぱりいいな、と思いました。クサくないんですよね。元はもっと長い詩で、自分でこの部分をチョイスしたわけではなくて、エディットされたのを番組サイドからもらったんじゃなかったかな。いや、「長すぎるからつまんでくれ」って僕がリクエストしたのかもしれないです。
──最後は耳元で歌っているみたいなボーカルになりますね。
そうするとドライになりますね。たぶん僕はこういうのが得意なんでしょうね。メロディがそんなに重要じゃない、語りかけるような感じが。
──なるほど。大橋さんの歌は質感で聴かせている部分が大きいんでしょうね。
だからしっかりしたメロディの曲を歌うと、録音に苦労しますね。「意外と声に合ってなかったな」みたいな。今回もけっこうそういう曲が多かったですよ。
──自分で書いた曲でも?
はい。それには1つ理由があって、「ラララ」で作るからデモではハマりがいいんだけど、歌詞が付くと急に歌いにくくなるんです。音楽を作るプロとして何年もやってるけど、いまだに詞が付いたときの計算がうまくいかないことがありますね。
“終わり”を見据えて思うこと
──ラストの「巡(めぐる)」は楽器の出入りが面白かったです。
これは最後まで苦労した曲ですね。でも、完成してからしばらく聴いてないな(笑)。元はもっともっとシンプルな、ピアノと打ち込みだけの曲だったんです。しかもワンコーラスしかなくて、フルで完成させるとなったときに「その構成じゃ持たんな」ってことでガラッと変えました。
──アンサンブルの設計がソロアーティストらしいというか、バンドだとこういうふうにはあんまりならないだろうなと。
実験的ではありますよね。そういう意味で“アルバムの中の1曲”だなと思います。これまではいわゆる捨て曲みたいなものは絶対に作っちゃいけないという意識がめちゃくちゃ強くあったんですけど、まあこれが捨て曲とは言いませんが「全部メイン曲のつもりで」という意識をちょっと外して作ったというか。心残りは少しあるけど、ギリギリの時間でよく作り上げたなとは思います。
──僕は面白く聴けましたよ。「lullaby」や「カラタチの夢」のようなポップな曲と、「巡(めぐる)」のような攻めたタイプの曲のメリハリが効いて、アルバム全体として楽しめました。作者としてはいかがですか?
そうですね、メリハリは意識したところです。曲順も苦労して決めました。まあでも、詰め切れなかったのは結果オーライというか、いつもそうですけど(笑)、次へのバネにはなってます。「もっとこうしなきゃいけない」みたいなイメージはあるので、今後は曲作りを日常的にやっていこうかなと思ってます。要はアルバムに向けて作り始めるんじゃなくて、ライフワークとして。年齢も年齢なんで、アルバム制作のたびに苦労して「うーん」と唸ってるようじゃちょっと、という(笑)。アーティスト人生の終わりに向かっていってるわけなんですよ、もう何年も前から。今こうしてインタビューしてもらってるのも奇跡だと思ってるので、ちゃんと上げていかないとな、気持ちも作品のクオリティも、と。
──「angle」とか「ミルクとシュガー」とか、今までも大橋さんの中で「やったったぞ!」という曲があったと思いますが、今回のアルバムでそれにあたるのはどれですか?
「季節によせて」はそうですね。あと「空とぶタクシー」はだいぶポップに仕上げられた手応えがあります。あと「lullaby」はキャリアにおいていい位置の作品になったと思ってます。
──現在ホールツアー中ですよね。アルバムが出るのは東京のファイナル(11月16日、昭和女子大学人見記念講堂)直前ですが、収録曲はすでにいくつか披露されているんですか?
お客さんはEPで先行配信した4曲(「エトセトラ」「Universe」「季節によせて」「薤露青」)しか知らない状態で、「誰も聴いたことない新曲やります」と言って「風船メモリー」と「空とぶタクシー」をやってます。「空とぶタクシー」にシンセのアウトロが入っているんですが、あれはライブで最後にやると余韻が残っていいんじゃないかな、っていう理由で入れたんですよ。
──なるほど。ライブのイメージが先行しているんですね。
ライブではもうちょっと延ばしてますけど。それをちゃんと味わえるのはライブに来たお客さんだけという演出です。
──最後になりますが、アルバムタイトルにはどんな意味が?
これはもう“聞こえ”でしかなくて。「GOLD」とスタッフの誰かが言って、いいけどGOLDだけじゃアレだなと思ってたら、今度は誰かが「HOUR」を付けた。「『GOLDEN HOUR』だと意味がありすぎちゃうから『GOLD HOUR』にしましょうか」ということで、こうなっただけなんです(笑)。そこにあえて意味を付けるとすると、アルバムを聴いてるときとか、ライブを観てるときが、GOLDのように輝いた、かけがえのない時間(HOUR)みたいな。
──大橋トリオの音楽で“GOLD HOUR”を味わってほしい、という願いを込めた……。
はい。こじつけた(笑)。
──僕からはこんなところですが、最後に大橋さんから言っておきたいことがあればお願いします。
えーと、末永く大橋トリオをよろしくお願いします。
──こちらこそ。というか、そういう方向ですか(笑)。
いや、もういい歳なんでね、お願いしていかないと。終わりも考えてますから。僕はいい曲を作るしかない。だから日常的に曲を作っていこうと決意したわけで、ほかのことはスタッフの皆さんにしっかり考えていただきたい。普通のことを提案されても、もう僕は首を縦に振りません。だって終わっていくんだから、今までと同じじゃ満足できないですよ(笑)。
公演情報
ohashiTrio HALL TOUR 2024
- 2024年10月5日(土)愛知県 Niterra日本特殊陶業市民会館 フォレストホール
- 2024年10月13日(日)北海道 共済ホール
- 2024年10月17日(木)宮城県 日立システムズホール仙台
- 2024年10月19日(土)東京都 かつしかシンフォニーヒルズ モーツァルトホール
- 2024年10月27日(日)大阪府 NHK大阪ホール
- 2024年11月4日(月・振休)岡山県 倉敷市芸文館
- 2024年11月8日(金)福岡県 福岡市民会館
- 2024年11月10日(日)長崎県 とぎつカナリーホール
- 2024年11月16日(土)東京都 昭和女子大学人見記念講堂
ohashiTrio & THE PRETAPORTERS 2025 ~new year party~
- 2025年1月22日(水)東京都 NHKホール
- 2025年1月31日(金)福岡県 福岡市民会館
プロフィール
大橋トリオ(オオハシトリオ)
2007年にアルバム「PRETAPORTER」でデビュー。テレビドラマ、CM、映画音楽の作家としても活躍しており、代表作には映画「余命1ヶ月の花嫁」「雷桜」「PとJK」の劇伴や、NHK土曜ドラマ「探偵ロマンス」の音楽などがある。近年は上白石萌音やlily(石田ゆり子)らの楽曲のプロデュースも担当。2022年2月にデビュー15周年を記念したベストアルバム「ohashiTrio best Too」、2023年1月にはコラボベストアルバム「ohashiTrio collaboration best -off White-」をリリースした。2024年2月に大橋トリオ & THE CHARM PARK名義で1stアルバム「Trio & Charm」を発表。同年11月に、ドラマ「きのう何食べた? season2」のオープニングテーマ「カラタチの夢」やlily「ちいさなうた」のセルフカバーを含むオリジナルアルバム「GOLD HOUR」をリリースした。2025年1月、ビッグバンド編成のワンマンライブを東京と福岡の2都市で行う。
大橋トリオ ohashiTrio Official Website
大橋トリオ_Official (@ohashitrio_official) | Instagram
撮影 / 平野タカシ(MEMENT)
衣装 / i'm here :
靴 / SAKAGUCHI TAICHI
ヘアメイク / 本條愛奈